第1話

侯爵家令嬢ジェニエル・フィンガルドには幼い頃から仲の良い婚約者がいた。

沢山いる候補者の中でもジェニエルは頭一つ抜きんでていた。

王家に忠実な家臣の一人を父に持ち、生まれた時から美しいジェニエルにとってセオドール第一王子との結婚は約束されたも同然だった。


1歳しか年も違わないせいか、ジェニエルとセオドールは小さい頃は兄妹のように遊び、年頃になると周りの貴族達がお似合いだと噂をするそんな関係を築いていたジェニエルは自分が王妃になると信じて疑わなかった。


16歳になると、セオドールも本格的な剣術や戦に赴くようになった。

毎日顔を合わせていた日々から、週に1度、月に1度と会える頻度は少なくなっていった。

ジェニエルはもちろん彼の為にとハンカチに刺繍をしたり、王妃教育にと忙しい日々を過ごすようになった。

いつの間にか、お互いに本気で笑う事もなくなり、それが悲しいと考えるよりも国の行く末を真剣に話し合うようになった。

国の為に出来る事をしたいという気持ちはセオドールを支えたいという思いに変わりジェニエルの行動原理になっていった。

ジェニエルは朝も夕も王妃教育に励み国母となるための努力をした。

そして20歳になった時。

ジェニエルはセオドールと結婚した。

国で1番の美貌を持ち、才女であり続けたジェニエルにとってセオドールとの結婚は当然の事だった。


同性の令嬢達に憧れられて、異性には誉めそやされる。

パーティーに赴けば誰よりも注目を浴びる。

ジェニエルは理想の女性としてセオドールの隣に立つ為にそれ相応の努力と自信を持って彼の隣に居た。


そんな決められた式を終えて3年。

国のよき母であり続けようとしていたジェニエルに一つの噂が立ち始める。



――お世継ぎが生まれないのはジェニエル様に問題があるらしい。


その声は何処からともなく現れて、ジェニエルの傷一つなかった王妃像を簡単に打ち砕いた。

1度傷がつけば後から後からジェニエルに関する嫌な噂と陰口が聞こえるようになり、噂は尾びれや背びれ、身体までついて世間に広まると止まるところを知らずに一周回ってジェニエルの元に帰ってきた。


「ジェニエル様に問題があるだなんてぇ!!」


身支度を手伝うメイド、エレナが声を荒げて怒りを露にする。

ジェニエルがセオドールと結婚した際に、新しく侍女としてつきたいと志願してきてくれたまだ18歳になったばかりの彼女は少々気性が荒かった。


「気持ちはわかりますが、ジェニエル様の前ですよエレナ」

「あっ、申し訳ございません。ジェニエル様!」

「いいのよ、いつもありがとうエレナ。貴方達が真実を知ってくれているだけで私は十分よ」


嗜める言葉を発したのは、ジェニエルが小さい頃からずっと世話をしてくれているメイラードだった。

彼女は一人で王宮に行くジェニエルを心配してついてきてくれた心優しい女性で、エレナとは親子のようなやり取りをしてジェニエルを癒してくれる。


「私に問題があるのは間違ってはいないもの……」


そう言ってジェニエルは窓から見える所で親し気に女性と庭の散策をするセオドールにため息をついた。

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陛下を捨てた理由 甘糖むい @miu_mui

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