99の思い出

下東 良雄

思い出に包まれて

 ――真っ暗闇だ。


 僕は暗闇の中にいた。何も見えない。何の音もしない。身体を横たえていることは分かる。でも、身体を動かすことはできない。一体ここはどこなんだろう。少なくとも毎日行っている小学校、ではないよね。


「こんにちは」


 困惑する僕に誰かが声をかけてきた。女のひとの声。おばさんって感じの声だ。


「聞こえてるみてぇだな」


 今度は男のひとの声。こっちもおじさんって感じの声だ。


「うんうん、良かったのぉ」


 お年寄りもいるのかな? おじいちゃんって感じの声。

 でも、暗闇に包まれていて、三人ともその姿は見えない。


 あなたたちは誰?


「オレたちは……なんて言ったらいいんだ?」

「もう、しっかりしてよ!」

「ワシらは、ハジメくんの……そうじゃな、家族みたいなものじゃ」


 家族?


「おぉ、ジイさん、イイ例えだ!」

「そうね、私たちはハジメくんの家族よ」


 でも、お父さんとお母さんの声とは違うし、お祖父ちゃんは随分前に死んじゃったよ。


「あぁ……確かにそういう意味では家族ではないわね……」

「でも、間違いなく家族だぜ!」

「そういうことじゃな」


 えー、よく分かんないよ。


「オレたち、ハジメくんしか知らないことを知ってるぜ?」

「ふふふっ」


 僕しか知らないこと?


「例えばじゃな、三十点のテストを机の奥に隠しているとか」


 えっ!?


「同じクラスのナオミちゃんの写真も引き出しに隠しているわよね」


 ちょ、ちょっと!


「あと、一年生までおねしょしたり……」


 わ、分かったってば! 家族です! 三人は間違いなく家族です!


「えぇ~、もっと色々知ってるのになぁ」

「オレも、オレも!」

「これこれ、ハジメくんをイジメたらダメじゃぞ」


 なんで秘密にしていたことを知っているんだろう……家族にも内緒にしていることまで……。


「深く考えんで良いぞ。まぁ、ワシらを家族だと思っておいてくれ」


 うん、分かったよ。

 真っ暗闇の中で突然出来た三人の家族。

 もう僕は『家族』であることに納得するしかなかった。


「ハジメくんのお父さんやお母さんのこともよく知ってるわよ」


 お父さんとお母さん?


「おう、知ってるぜ!」

「ハジメくんのお父さんは、昔悪ガキでのぉ……」


 お父さんの子どもの頃のことまで知っているの?


「うん、よく知っているよ!」

「オレたちは家族のたくさんの思い出を持っていてな」

「ワシらはハジメくんたちの家族の思い出を99個持っているんじゃよ」


 へぇ~、スゴいね!

 あっ、お父さんとお母さんの話を聞きたいな!


「いいわよ! すっごく面白いわよぉ~」


「……よぉ、ジイさん。どんな具合だ?」

「……頑張っているんじゃが……何とかするからもう少し時間をくれ」


 ん? どうしたの?


「な、なんでもないわ! さぁさぁ、じゃあ何の話をしようかしら?」


「……ジイさん、すまねぇ。頼むぞ」

「……分かっとる、大切な家族のためじゃ……お前さんも頼んだぞ」


 怪しいおじさんとおじいちゃんの会話は気になるけど、僕はおばさんの話に耳を傾けた。


 それはとても面白い話ばかりだった。

 屋根裏に上がって、天井をぶち抜いて落ちてきた小学生のお父さん。

 家の中でカマキリの卵を孵化させちゃって、大パニックを起こしたりもしたらしい。大笑いしちゃったよ。

 でも、お父さんは単なる悪ガキじゃなくて、とっても優しい男の子だったんだって!

 女の子をイジメから守るために大勢とケンカした中学生のお父さん。

 ボッコボコにされたらしいけど、それからお父さんにケンカを売るようなひとはいなくなったらしい。

 その助けた女の子が、なんとお母さん!

 高校を卒業してからもずっと恋人同士。

 びっくりしたのがお母さんの方からプロポーズしたこと!

「大好きです。私をお嫁にもらってください」って!

 そしたら、お父さんは嬉しすぎてワンワン泣いたんだって!

 お父さんとお母さん、いっつも仲良しだもんなぁ。なんだか納得のお話だな。

 そして、ふたりが愛し合って、僕が産まれた。

 この時もお父さんは大泣き! 何だか嬉しいな。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 楽しい時間は過ぎるのが早い。もうどれくらいの時間が経ったのだろう。でも、楽しいな。眠くなるのも忘れておしゃべりしてたよ。


「これで99個の思い出話はおしまいね……おじいちゃん、どうかな?」

「ジイさん、イケるかい?」

「あぁ、きっとイケるじゃろう」


 何の話をしているんだろう。


「なぁ、ハジメくん。これからワシがスゴい手品を見せてやるぞ」


 えっ、手品!? うわぁ、楽しみだなぁ!


「おじいちゃんの手品はスゴいんだから!」

「オレたち三人にとっては、百個目の思い出になるな」


 僕との思い出が百個目なんだね! 嬉しいな!


「ハジメくん、私たちのこと、忘れないでね」

「オレたちはいつだって側にいるからな! ジイさん、頼むぞ!」

「まかしておけぃ!」


 何が始まるんだろう。わくわく。わくわく。


「この暗闇の中からハジメくんを出してあげようぞ! ゆくぞ!」

「頼むぞ、ジイさん!」

「さようなら、ハジメくん! 大好きだよ!」


 えっ、さよならって、どういうこと。ねぇ、何を言ってるの?


「いくぞ! 光よ、暗闇を引き裂け! ワン、ツー、スリー!」



 ぽっぽー ぽっぽー ぽっぽー ぽっぽー



 えっ? ナニコレ? 鳩の鳴き声?

 でも、どこかで聞いたことがあるけど、どこだっけ……



 ぽっぽー ぽっぽー ぽっぽー ぽっぽー



「お願い! 届いて!」



 おばさんが声を震わせながら叫んでる。

 暗闇の中で響き渡る鳩の鳴き声。


 僕は気がつく。

 これって――


 暗闇にポツンと小さな光。

 その光が大きくなっていく。


「おい、誰かいるのか!?」


 オレンジ色の服を着て、ヘルメットをかぶったお兄さんの顔の一部が見えた。


「……はい……います……」


 僕は声を絞り出した。


「生存者発見! 男の子だ! 少年一名、生存確認! ハイパーレスキューを呼べ! 早く! もう大丈夫だからな! よく頑張った、偉いぞ!」


 鳩の鳴き声も、三人の声も、もう聞こえなかった。


 ハイパーレスキュー隊が到着。

 レスキューのひとたちが必死に僕を助けようと頑張ってくれている。

 光の穴はどんどん大きくなっていった。


 僕は思い出した。

 家のキッチンにいたら、ものすごい地響きがしたんだ。学校での避難訓練を思い出して、慌ててテーブルの下に隠れて、テーブルの脚と椅子の脚を握っていた。揺れに身体は振り回され、棚が倒れ、食器も割れ、そして壁に掛けていた古い鳩時計が僕の眼の前に落ちたんだ。そして、何かが壊れるような、崩れるような音が――


 ズンッ ゴゴゴゴゴ……


「余震だ! デカいぞ! 退避、退避! 隊長、退避を!」

「……ちくしょう……ちくしょう! もう少し、もう少しなのに! 必ず戻るからな! いいな、頑張るんだぞ!」


 また地震だ。周囲で何かが崩れる大きな音がする。

 でも、全然怖くない。なんでだろう。不思議だ。

 家が潰れて、瓦礫の中にいるはずなのに……


 おじさん、おばさん、おじいちゃん。


「よし! ボク、身体に痛いところはあるか!? これから手を引っ張るから、少しだけ我慢してくれ! よし、手を伸ばすんだ!」


 救出のための穴に身体を捻り込んだハイパーレスキュー隊の隊長。彼は、ヘルメットにくくりつけられたヘッドライトの光に映った光景に驚愕する。


「ウ、ウソだろ……こんなの……奇跡だ……」


 何トンあるかも分からない家屋の膨大な瓦礫から少年を守っていたのは、古びた木製のテーブルと、同じく古びた木製の椅子だった。その側には、壊れた年代物の鳩時計が転がっていた。


「よし、ゆっくり引っ張るからな……よし! 担架と毛布を持ってきてくれ! 急げ! もう大丈夫だからな!」


 僕は、瓦礫の山の中から助け出された。

 その直後――


 ……メキ……メキメキメキ ズズンッ…………


 テーブルと椅子は砕け、鳩時計と共に瓦礫に飲み込まれた。


『地震発生から九十九時間、奇跡の救出劇』


 翌日の新聞やニュースのWEBサイトにはそんな言葉が並んだらしい。

 僕を救ってくれたのは、ハイパーレスキュー隊のひとたちだけじゃないんだ。暗闇の中の『家族』が僕を救ってくれたんだ。みんな夢や幻覚を見ていたって言うけれど、唯一ハイパーレスキュー隊の隊長さんだけは僕の言葉を信じてくれた。

 おじさん、おばさん、おじいちゃん。僕を救ってくれて、本当にありがとう。みんな、大好きだよ。




「あれは奇跡です。古ぼけたテーブルと椅子、そして年代物の鳩時計があの少年を救ったのです。少年の話を笑っていた記者がいたようですが、私は実際にそれを見ています。科学的に説明などできません。きっとあの少年や家族は、テーブルや椅子、鳩時計を大切にしていたのでしょう。それによって何か神秘的な力が働いたとしか思えないのです」


(20✕✕年✕月✕日、朝読新聞による大震災の救援活動に従事したハイパーレスキュー隊隊長へのインタビュー記事より)



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ――付喪神つくもがみ


 長い年月を経た道具などが意思を持ち、妖怪となった物。または、そういった道具に宿った精霊や霊魂を指す場合もあります。

 その昔、長く使用してきた道具は付喪神つくもがみとなることから、立春前に捨てていました。いわゆる「煤払すすばらい」です。そのため、付喪神つくもがみは自分を捨てた人間に恨みをもっており、人間に敵対する存在であるといいます。


 一方で「神」という言葉がつくように、長い年月を経て神格と意思を得た道具を指すという説もあるようです。煤払すすばらいで捨てずに、長い間、世代を超えて大切にされてきた道具は、神格を得て人間を助けてくれる存在になる……のかもしれません。


 なお、付喪神つくもがみは『九十九神つくもがみ』と表す場合もあります。



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