夏に綻ぶ

田辺すみ

夏に綻ぶ

 日差しが濃い陰をつくる畦道を、ひたすらに歩く。パーカーは滲んだ汗で肌にくっつき、ザックの中でぬるんだ水がちゃぷちゃぷと鳴る。営業の外回りも夏場はきついが、ここには目下冷房の効いた建物なぞない。

「いっちゃん」

「……よう」

 青々と茂る葉っぱが延々と続くような景色から、突然ひょっこりと現れた。白い肌からはぽたぽたと雫が滴って、足元の乾いた土に黒い染みをつくっては、すぐに蒸発して消えていく。俺は呆れてザックからタオルを取り出すと、幼馴染みのへらりと笑った顔へ押し付けた。


 要領は良いほうだと思っていたが、どうも単に当たり障りの無い仕事をしているだけと気づいたのは2年ほど前だ。社交的に見えて実際のところは他人の事情に深入りしないことに長けているだけ、表層的なことしか理解できない。新人のうちはいいが、次第に周りにも漏出するもので、難しい折衝の必要な取り引きやプロジェクトメンバーにも選ばれることがなくなった。別に昇進願望や承認欲求が強いわけではない(と思う)ので構わないのだが、歪んだ人間関係に巻き込まれるとどうしていいか分からなくなる。先月とうとう何もかも嫌になって辞職届けを出し、祖父母の家へ転がり込んだ。アパートは解約、実家へ帰れば父と母の小言が待っているだろうし、居候させてもらう代わりに、祖父母の手助けができるというのが言い訳である。しかしてじいちゃんばあちゃんは、俺よりもカクシャクとしている。

「別に人手なんぞいらんわ」

と無下に無情に言い渡され、もうすぐ三十に手が届く男が一人部屋でだらだらすることになりかけたのだが、ヒマならぎっくり腰やっちまった隣りの中山さんを手伝え、とじいちゃんに蹴り出された。

西瓜すいか泥棒が出るんだと」

 隣りの中山さんは西瓜農家だ。子どもの頃夏休みは毎年祖父母の家で過ごしていたため、中山さんのところの西瓜は何度も食べたことがある。フェンスもネットも駄目みたいでなあ、器用にいでいくんで、動物じゃなくて人の仕業だと思うんだわ。だから見回りに行け、ということである。炎天下、あの広大な西瓜畑を歩き回るなんて殺生な、と思うが、悲しきかな居候の身である。1リットルの水をかつぎ、帽子にパーカーは一応日焼け防止なのだが、その前に干上がっちまいそうだ。暑い。

「いっちゃん! オレ、ソウタだよ。久しぶり」

 ゆだった頭でふらふらと歩いていると、声をかけられた。だだっ広いすいか畑の中、さっきまでは俺一人だけだったはずなのに、まるで蜃気楼が立つみたいに現れたその男は、“そうた”と名乗り、毎年夏休みに一緒に遊んだろう、と青白い頬を緩ませる。思い出せない、が、小学生の頃のことだし脳みそは半分溶けている。俺の微妙な反応を見て、ソウタは苦笑した。

「この先に小川があるの覚えてる? 涼みに行こう」


 それからソウタは俺が畑にいればやってくるようになった。すいかの呪いか知らないが、畑の真ん中では携帯の電波も届かない。だから話し相手がいるのは有り難かったし、小川へ立ち寄ったり、烏瓜やグミを採ったり、トンボやカナブンを捕まえたり、キャッチボールだけでも結構楽しいものだった。ボールがすいかの葉に紛れると一苦労なのだが。

「そんで、上田のおっちゃんが縁の下見たら、栗実狸くりだぬきがいた」

「化けて出たって? 上田のおっちゃん酔ってただろ、それ」

百猪ももい神社にも竜灯があるの知ってる?」

 ソウタは地元の怪談話に妙に詳しく、でもどの話も怖いというよりどこかおかしい。野良犬をいじめた大村の次男が人面犬に追いかけられたとか、塩野さんがバーで見かける美女に一目惚れしたけれど、バカンス中の雪産女だったとか、広岡さんの家の古い松の木は喋るとか、釜吹かまぶき山では新月の夜に真っ白に光る牛が駆け回るとか、そんなかんじである。俺は呆れ、げらげら笑い、ついには信じそうになった。

「一緒に肝試し行ったじゃん」

 ソウタは薄い唇を尖らせる。千珠寺の墓地にさ。みんなが寝てからこっそり家を出てくるのに成功しただけで浮かれてたんだよね、墓地の手前まで来て二人して尻込みしてたら、火の玉が出たんだよ。

「マジ?」

「オレ怖くて動けなくなってさあ……」

 いっちゃんに引っ張ってもらって、オレが転んでも絶対に手を離したりしなかった。ソウタはまたへにゃりと笑う。俺は思い出せない後ろめたさと歯痒さで、ソウタの濡れた髪をタオルでごわごわと拭いた。ソウタはいつも濡れている。暑いから水被ってくるんだ、それに汗っかきなんだよ、と本人は言うが、ちょっと濡れすぎじゃないだろうか。じいちゃんばあちゃんの家に寄って飯食ってけよ、と誘っても『びしゃびしゃにしちゃうから』とのらりくらりする。肌に触れればひんやりするくらい体温は低めなので、どうしてそんなに汗をかくのやらと疑わしい。


「明日は百猪神社の夏祭りだね」

 草笛を鳴らしながらソウタは言った。そうだっけ、と俺は曖昧な返事をする。知ってはいたが、行く気はなかった。都会での仕事に落ちこぼれて祖父母の地元に引きこもっているなど、外聞が悪すぎる。ここいらには親戚も多いし、みんな噂話が好きなので、人の多いところへなど出かけたら、よってたかって有ること無いこと言われるに決まっているのだ。

「いっちゃん行かないの?」

「お前こそ、彼女誘って行けばいいだろ」

 苛ついて皮肉めいた口調になってしまう。こんな歳になって毎日野郎とつるんでいるなんて、ソウタだって面白くないだろう。ソウタは大して気にも留めないように痩せた肩を竦めた。彼女なんているわけないじゃん、と呟くのも直視できない。

「そうだ、佳代ちゃん結婚したの知ってる?」

「佳代ちゃん?」

「オレ、佳代ちゃんはいっちゃんのことが好きなんだと思ってたんだけどなあ」

 知ってる。竹原佳代だ、一つ年上でしっかり者だけど時々頑固な竹原医院の娘。いつだったか夏祭りで鉢合わせた時の浴衣姿は意外で可愛かった。そうじゃない、竹原はソウタが好きだったのだ。俺は羨望と嫉妬混じりで二人を見ていた記憶がある。何かおかしい。なぜ竹原も、竹原があんな顔して笑いかける奴がいたことも覚えているのに、ソウタ自身のことは思い出せないのだろう。

「花火やろうよ、いっちゃん」

 強烈な日差しに浮かび上がる影が、どこかふらつく。袖を引っ張られて我に返った。

「お祭りの夜はみんな出かけてるからさ、賀巳手かみて沼のとこで花火やっても見つからないよ」

 濡れて冷えた肌、ラムネのビー玉みたいな目が笑う。俺は頷くしかなかった。


 花火をやるのもいつぶりだろう、とスーパーの棚を覗き込む。ついでにスナックも何種類か買い物カゴに放り、あいつ酒飲むのかなと、立ち止まるが、ソウタは携帯電話を持っていない。俺が畑にいればやってくるので、ケータイで連絡も約束もしたことがないのである。

「市ヶ谷くん」

 溜め息混じりにばあちゃんから頼まれた食パンを見繕っていると声をかけられた。ワンピースに肩までの髪をまとめた“佳代ちゃん”だ。

「竹原、さん、じゃないのか、今は」

 しどろもどろになる俺に、佳代ちゃんは朝顔みたいに笑う。

「竹原でいいよ、仕事の時は旧姓使ってるの」

「帰省中?」

 隣りに立つと甘い匂いがする。こちらはここ暫く汗まみれでこんがり日焼けしているので、なんとも不釣り合いな気がしてしまう。

「親に孫の顔を見せるっていうけどね……3時間毎の授乳とか夜泣きとか、もうくたくたで、親に頼りにきちゃった」

 隈の浮いた目元と、ふやけて擦り切れたような白い肌にやっと目が届いて、俺は低く応えた。

「別にどれだけ手をかけたかで愛情が測れるものでもないだろうし」

 竹原は潤んだ睫毛を瞬かせ、それから俺の肩をばしりと叩いた。

「そういうところ」

「どういう意味」

「市ヶ谷は人を逃すのが上手いんだよね、だから弱音が吐きたくなっちゃう」

「今無職なんだけど」

 逃げてたら、何かを達成することも成功もできないって、それはそうなんだろうけど、感謝はされるよ。感謝してる。『つるの恩返し』みたいにさ。ソウタくんだって、と言いかけて竹原は黙った。眉を寄せて考え、こちらを見て首を傾げる。

「……ソウタくんと、いつも一緒だったよね?」

 やっぱりおかしい。俺は夏休みにしかここにいなかったが、ソウタと“佳代ちゃん“は同じ地元で同級生で、竹原が結婚を機に引っ越すまでご近所だったはずだ。どうしてその質問になるのだろう。

「あいつ、毎日ふらふらしてるけど大丈夫なの」

「ええ? だってソウタくん、市ヶ谷が来なくなって暫くして、転校したんだよ?」

 俺はぽかんと突っ立った。中学に入って部活や塾に忙しく、祖父母の家からは次第に足が遠のいてしまった。その頃“ソウタ”もこの街から出ていったのだとしたら、すいか畑でいつも待ってるのは誰なんだ。竹原が慎重に言葉をつなぐ。

「ご両親が離婚して、お母さんについていったんだって、聞いたの。それっきり。変だけど、うまく思い出せない」

 二人でお城跡で遊んで石垣から落っこちた、とか、ロケットを作ろうとして火傷した、とか、よく覚えているのに、ソウタくんがどんな表情をしててどんな笑い声だったのか、思い出せない。竹原は少し泣きそうな顔で呟く。

「父親の実家の方へ戻ってきたんじゃないかな、今度二人で会いにいくよ」

 赤ちゃんの機嫌が良い時に。俺は努めて平静に、おどけて言ってみせたつもりだったが、“佳代ちゃん”には震えた唇がばれていたかもしれない。


 賀巳手沼は街中からは少し離れているが、周囲に公園と遊歩道が整備されているので、普段は親子連れや運動をしにくるいろいろな年代の人々が行き来している。しかし今夜は百猪神社のお祭りでみんな出払ってしまい、静まり返っているようだった。

「変わったな」

 こっちに戻ってきてからは訪れてなかったが、知らぬ間に柵とコンクリ堤が縁を覆っていた。以前は草むした水敷からそのままざぶざぶと水に入って、おたまじゃくしやヤゴなんかを獲ることもできたのに。

「うん……水の事故があってね」

 薄明かりの中やってきたソウタは、小玉の西瓜を抱えていた。俺はギクリとしたが、お前毎日西瓜見てんのにまだ食うのかよ、と軽口を叩いてごまかした。


「賀巳手沼には河童が住んでるんだ」

 薮に囲まれている辺りの、子どもにはちょっと難しいであろう柵を乗り越え、舗装を免れている土の上にロウソクを立てる。生暖かい空気はほとんど墨色に染まってしまったが、まだ西の地平は朱金にけぶっている。買ってきた花火を広げると、ソウタは屈託無く破顔した。何を疑っているのか馬鹿らしくなるような、懐かしい瞳がちかちかと瞬いてこちらを見る。俺もつられて笑い、スパークや噴出花火に次々と火を点けた。巻き上がる火花に二人して歓声を上げ、最近の花火は色もいいし持ちもいいし、変わったのもあって凄いよな、とひとしきり興奮し、ネズミ花火を水面まで滑らせてみたり、噴出花火を揺らして残像をつくったりと相変わらずあまり褒められないことを試し、やっぱり最後には線香花火が残ってしまう。二人でしゃがみ、しぱしぱと小さく弾ける線香花火を覗き込んでいると、ソウタが呟いた。

「河童って、あの頭に皿のある妖怪?」

 またいつもの怪談話かと思って聞き返すと、ソウタは少し驚いたようにこちらを見た。

「悪いことはしない」

「うん? なんだっけ、キュウリが好物で、シリコダマ? を取るんだっけ」

「……尻子玉は“たとえ”だよ、本当は」

「おにいちゃんたち」

 こちらは適当に返したのだが、ソウタの白い頬は一層青ざめているように見えた。言葉を続ける前に、小さな人影がソウタの背後に立って、俺は息を呑む。

「ボクも入れて?」

 足音は無かった。男の子はにこにこと俺に近づいてくる。ロウソクの明かりだけなのでよくは見えないが、切り揃えた髪もTシャツも濡れているようだった。背格好は五つか六つだが、この時間に一人で出歩いているとは、どういうことだろう。

「……いいよ、線香花火しか残ってないけど」

「やった」

 黙ってしまったソウタの代わりに、俺は一本火を点けて、気を付けてな、と言って男の子に渡してやる。男の子は喜んで受け取り、俺の隣りにしゃがんだ。親が探しにくるまで見てないとな、とソウタに目配せしようとしたら、こちらはあるまじき渋面で男の子を見下ろしていた。

「西瓜、あるけど」

 ソウタが持ってきた西瓜は、西瓜割りの結果いびつに砕かれてしまったが、それでも大半は俺とソウタの腹におさまっている。俺が何でそうなるとツッコミを入れる前に、俯いたまま男の子が笑って言った。

「ボク、このおにいちゃんがいい」

「ごめん、だけど、もうちょっと待って」

 線香花火の溶けた先がぽとりと落ちて、男の子は透けるように白い顔を上げた。

「ずるいよ、ソウタくん、約束したのに」

「いっちゃん、先に帰って。後片付けはオレがしとくから」

 ソウタは俺と男の子の間に仁王立ちになった。いつもへらへらとしているくせに、子ども相手に何を言っているのだろう。思わず肩越しに男の子を探すと、小さな影は踵を返し沼へ駆け出していた。ざぶざぶと暗い水を割って、深みへと進んでいく。慌てて追いかけようとする俺を、ソウタは痩せた背中で押し戻した。俺は焦りと怒りで声を上げた。

「あの子が危ない」

「大丈夫、河童だよ」

 ひやりとするほど落ち着いた声で、俺はぞっとすると同時に、怒りが沸点を超えた。

「河童とか関係ないだろ、目の前にいる奴のことなんだから! お前、訳分かんないぞ」

 とぷん、と静かな水紋をつくって、男の子は沼の闇間に消えてしまった。ソウタはこちらを見ずに、さよなら、いっちゃん。とだけ言って、ロウソクの火を踏み潰した。


 家に帰り着いたのはもう真夜中近くだったが、開け放たれた縁側に蚊取り線香を焚き、ばあちゃんは座椅子で本を読んでいるようだった。じいちゃんはまた友達と飲みにでもいっているのだろう。俺は混乱してむしゃくしゃもしていたので、冷蔵庫からチューハイ缶とグラスを持ってばあちゃんの隣りに胡座をかいた。グラスに注いで、この家の影の実力者へ差し出す。

「友達と花火しにいったんじゃあないの」

 ばあちゃんはのんびりと言い、グラスを受け取る。二人で乾杯して飲み干すと、庭の草木の匂いに混じって、甘く親しい胡乱な香りが漂っていることに気がついた。仏壇に供えられた西瓜だ。俺が余程情けない表情をしたせいか、ばあちゃんはやれやれと本を閉じる。

「もうへばったのかい」

「違うよ。ばあちゃん、賀巳手沼の河童知ってる?」

 ばあちゃんはゆるゆるとうちわをあおぎながら考える。チューハイ缶がじっとりと汗をかく。

「会ったの」

「うん……分からない。小さな男の子に見えた」

 ばあちゃんは老眼鏡を外して膝に置くと、そうかい、お花を持っていってあげようかねえ、と呟いた。

「どういうこと」

「この辺じゃ河童は、溺れて亡くなった子どもなれの果てだって言われてるの」

 俺はソウタが賀巳手沼で何年か前に水の事故があった、と言っていたのを思い出して、缶を握る手に力を込めた。ソウタは河童になってしまった子を知っている。それはソウタも河童だからだ。濡れて白い身体、河童になったことで、みんなの記憶からも消えてしまった。

「親より先に亡くなった子どもは、成仏できんのよ」

「その子たちのせいじゃない」

 そうね、成仏できん奴のほうが多いの、この世はね。でも河童は、誰かの尻子玉を取れば、その人の子どもに生まれ変わることができるんだそうだよ。ばあちゃんの言葉が耳の奥でこだまする。ソウタ、もう一人じゃない、もう忘れない。火花に焼かれたせいか、ひどく目が痛んで俺は、ぬるい闇にうずくまった。


 それからソウタはすいか畑にも来なくなった。俺はといえば、流されるまま手入れや収穫も手伝うようになり、中山さんのギックリ腰が大分よくなって、畑も閑散としてくる頃には、再就職のための面接にも何度か呼ばれるようになった。

「夏だけのものだからね」

 中山さんは収穫した西瓜を丁寧に箱詰めしながら教えてくれた。

「西瓜の原産は乾燥地帯でね、動物や人の乾きを癒す神聖な果実なんだよ。ここいらでは施餓鬼棚にもお供えするし」

「盗んだのは河童です、って言ったら、どう思われます」

 中山さんはそうか、と言って遠くを見るように笑った。子どもはみんな好きだからね、家族と会えなくなってしまった子どもの精霊が食べたがるんなら、そのくらいはね。うちも伯父が戦時中幼くして亡くなっていて、祖父母が西瓜栽培を始めたのは食べさせてやりたかったんだろうし、子どもみたいに西瓜に触れていた。俺は改めて西瓜を抱える。大きさと重さと丸っこさと、脈打つみたいな赤い果実と果汁は、まるで赤ん坊を抱っこしているみたいだ。抱っこされたいんだろうなあ、あの子も。と思う。でも残念ながら俺の尻子玉をとっても、近い将来結婚して子どもを持てるかは危ういところなんだけど。


 西瓜を携えて、再会したその日に涼んだ小川までやってきた。木々は色づき、落ちた葉が川面に絡みあって流れていく。鳥の声がよく響くのも、空気が澄んできた証拠だろう。

「ソウタ、俺、再就職決まったから」

 声を張り上げても、応えるのは静寂だけだ。

「引っ越すけど、近くだから。また来る。また一緒に遊ぼう」

 水音がして、岩陰からずぶ濡れの頭がのぞいた。ごめんね、いっちゃん。と小さな声がたどたどしく言う。お前、と俺は喉が詰まった。河童は化けるって、本当なんだな。そんな歳で河童になったのか、ごめんな、何も知らなくて。

「オレ、街の学校でも浮いてて。独りになった母さんにも邪魔だったろうし……」

 だから、跳び込んだ。河童になって、川をさかのぼって泳いでいけば、ここに帰れると思ったんだ。いっちゃんや佳代ちゃんに会いたかった。俺は近づいていって、水草のように柔らかな髪を撫ぜた。子どもは恐縮して膝を抱える。

「見てるだけでいいと思ったんだ、だけど、いっちゃんが帰ってきてくれたから」

 夢中になって、サトシくんとの約束を忘れそうになった。

「サトシくんって、賀巳手沼の河童?」

「うん。オレは生まれ変わらなくてもいいんだ。ずっとここにいられればいい。だけどサトシくんはまだ小さいし、オレが尻子玉を取るのを助けてあげる、って約束した」

 幸せになって欲しいから、オレみたいになって欲しくないから、頑張って相応しいカップルを探したけれど、なかなか上手くいかなかった。サトシくん、オレがいっちゃんと会っていることに気が付いて、なんで仲間に入れてくれないの、って。だから、花火見せてあげるから、って言っちゃって。

「直接会ったら、サトシくん絶対、いっちゃんがいい、って言うと分かってたし」

「別にそれは構わないんだけど、俺結婚する予定は全く無いぞ」

 縮こまっていた首を伸ばし、ソウタはがばりと振り向いた。

「それは駄目、いっちゃんはオレの」

 やっと目が合い、俺は初秋の夕日が木々の合間から差し込んで、きらきら濡れ輝く幼馴染の顔をまじまじと見た。思い出した。木登りも缶蹴りも林の探検も虫取りも水遊びも魚釣りもサッカーもイタズラがきもロケットの実験も石垣攻めごっこも佳代ちゃんの噂話も夏祭りの屋台も、みんなお前と一緒だった。あとは笑ってくれれば完璧だ。俺はソウタの小柄な身体を抱え上げる。中学生だってなんとかいける、西瓜を運んでついた筋力はダテではない。

「来年も再来年もずっと、夏になったらまたくる」

 そんで、西瓜畑でまた会おう。

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