第3話

 幼馴染の中村千秋が死んだのは中学3年の冬だった。


「有原光は幼馴染を失ったんだ。原稿を見て欲しいと幼馴染に頼んで彼女は有原光の家に向かう途中、車に轢かれた」


 僕が小説を書いていなければ、原稿を読んでくれと彼女に頼んでいなければ、千秋は死なずに済んだのに。


「有原光は人殺しだ」


 小説で誰かを喜ばせる?

 幸せな気持ちにさせる?

 ふざけるな!

 何が有原光だ。光どころかお前は幼馴染に死という闇を与えただけだ。


「僕は有原光が大嫌いだ」


 今まで誰にも言えなかったことを僕はよく知りもしないクラスメイトに話していた。


「違うよ。有原光は人殺しなんかじゃない。読んだ人に光を与えてくれる凄い作家だよ」


 大好きな作家を侮辱されて怒っているかと思ったが甲斐望美の表情は柔らかかった。


「私ね、生まれつき心臓が弱くてね。高校生になれないとまで言われてたんだ」


 唐突に彼女は語り始める。


「だけど、適合するドナーが見つかって。手術を受けられることになって。奇跡的に元気になって高校生になれたの」


 作家でなくてもこの先の話は見えるはずだ。

 だけど、僕は黙って彼女の話を最後まで聞くことにする。


「私のドナーになってくれたのは同い年の女の子、有原光という作家のファンだったんだって。それだけは教えてくれたの」


 千秋はよく鞄に僕の小説をしのばせていた。多分、あの交通事故の日も。


「有原光の小説がなかったら私は今、生きていなかっただろうし、有原くんと話すこともできていなかったと思う。だから、私にとって有原光は命の恩人なんだよ」


 ただのバッドエンドを無理やり続けたような話だった。

 嘘だと思いたかった。だけど、嘘ではないと思ってしまう。


「有原くんが有原光なんだよね」


 何で知っているのかという疑問などどうでも良くなった。


「ああ、そうだよ。僕が有原光だ」


 甲斐はふっと笑い、口を開く。


「初めまして。貴方の大ファンの甲斐望美です」


 僕はこの日、有原光の一番のファンと再会した。






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小説なんか書かなければ良かった。 楠木祐 @kusunokitasuku

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