最終話

――帰り道――


 翌日の夕方、私とカミールは、帰路きろいていた。

 セドリックは、部隊と共に村に残り、しばらくの間、様子を見ているとの事だ。


 日は、ほとんど沈んでおり、空は、青黒くなり始めていた。昼時は、かすかに暖かく感じていた陽気も、今では、すっかりりをひそめている。

 

 私とカミールには、小さくはあるが、村の人が手配してくれた箱馬車が用意されていた。それは、村人達からの感謝のあらわれでもあった。


 私は、その箱馬車の中で側壁そくへきに寄りかかり、ぼーっと外をながめていた。

 カミールも私の対面に座り、横を向いている。


 しばらくの間、会話の無い、ゆったりとした時間が流れていた。


「どうして、貴女は、私達の元を去ろうとしたのです?」

「急にどうして?」


 私は、直球の質問に少しだけ戸惑とまどっていた。

 しかし、カミールの目は、いたって真剣だった。

 私は、そんな彼を見て、正直に答える事にした。


「私がこの世界の人間じゃない事は、伝えた通り」

「ええ」

「だから、当たり前と言えばそれまでなのだけど、貴方達が皆、アーサーさんの事を見ている気がしたの。その……、私ではなくて……」

「それはつまり――」

「私も上手うまくは言えないけど――」

「…………」

上手うまく言えないけど、さびしかったんだと思う」


 私のほほを熱い何かが伝う――笑顔を作っているつもりなのに……。


「だって、仕方しかたないじゃない。この世界に知っている人は誰もいないし、私の事を気に掛けてくれる人もいない」


 何故なぜだろう――頭で考えている事と言葉に出て来る事が違っている。

 涙も止まる気配がない。

 私は、カミールに感情をぶつけてしまっている。でも、どうする事も出来ない。


「だから――、だから、思ったの。こんな事なら、こんな事なら、全くしらない土地に行った方が良いのかなって。所謂いわゆる、リセットっていうやつよ。アーサーという人物を知る人間がいない……そういう場所の方がましかなって……」


 私は、失言しつげんした。

 カミールだって、アーサーさんを失って傷付いているはずなのだ。なのに、私は――。


「申し訳ありませんでした」


 その時、私は、強くせられた。


「私は……、私は、自分の事ばかりで、孤独な貴女を気遣きづかえずにいました」

「貴方があやまる事じゃないでしょう? だって、貴方だってアーサーさんを失って傷付いているのだから……」

 私は、カミールに、これ以上泣き顔を見られないよう、彼の胸に顔をうずめている。


「そうだったとしてもです」


 カミールは、そう言って私の肩をつかんで強引にがすと、顔を向き合わしてきた。


 その時の彼の瞳は、わずかにうるんでいたと思う。


「これからは、私がの真の従者になります。盾となり、剣となり、貴女をおまもりします。貴女にさびしい思いもさせません。ですから……」

「ですから?」

「二度と私の元を去らないで下さい。お願いです」

「なら、もう二度と、私をはなさないで」


 彼は、力強くうなずくと、もう一度、私を抱きしめた。


             *


 私は、この日の事を思い出すと、しばしば、そのずかしさで身悶みもだえる。

 まくらに顔をうずめ、足をバタつかせながらベッドを転げ回る。それほどずかしい台詞セリフを言ってしまった。

 でも、後悔こうかいはしていない――何故なぜなら、この世界で私だけの従者をたのだから。


――アーサーの屋敷――


 翌朝、私は、再び屋敷に戻って来た。


「お帰りなさいませ」


 久しぶりの我が家で私が見た光景は、屋敷の前で一列に並んで頭を下げている使用人達の姿だった。

 中央にいる執事の名は、セバスチャン。執事としていかにもな名前である彼が、両サイドに六人のメイドをしたがえて出迎でむかえてくれた。その中には、勿論もちろん、パトリシアさんの姿もあった。


 カミールの他に執事がいる。私は、従者と執事の役割の違いをこれ以降に知った。


 そして、この時、私は彼らが新たなわざわいをもたらそうとは、思ってもみなかった。


 でも、それは、また別のお話……。

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桜色の王子と空色の従者 善江隆仁 @luckybay

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