第14話

「誰か、誰か手伝ってくれんか?」


 集会所の外からおじいさんの声が聞こえてくる。

 私とカミールは、互いの顔を見合わせた後、うなずいてそちらの方へと向かった。


 私とカミールが表へと出ると、集会所の前の広場に村の人達が集まって来るのが見えた。

 中には、ひどい怪我をしている人も大勢いた。


「だれか、怪我人の治療をたのめないか?」

「はい」


 私とカミールは、怪我した人達の治療をする事となった。


             *


 二、三時間の時がち、ようやく一通りの治療を終えた頃、私の中にある疑問が浮かんだ。


「でも、何故なぜ、ああも簡単に敵は撤退てったいしていったの?」

「もしかしたら、偵察部隊ていさつぶたいだったのかもしれませんね」


 カミールがひたいの汗をぬぐいながら答える。


 ――汗をぬぐ仕草しぐさだけでも、こんなにも絵になるものなのか。


 私は、ほんの一瞬、目をうばわれていた。

 カミールに手当てをされていた奥さんもうっとりと彼を見つめている。

 私は、それを見なかった事にして話を続けた。


「だとしたら、まだ、危険が去った訳ではないと?」

「可能性だけの話であれば――、そうですね」

「そう簡単には、終わらないという訳か……」

「いえ、情報が無くてどちらとも言えないというだけです。あれで終わりかもしれませんし、そうでないかもしれません。ただ、危機にそなえておいた方が、いざという時にあわてなくてみます」

「そう……だね」


 その時、私の視線の先に悲しんでいる家族がいる事に気付いた。


「あれは、くなられた方の家族ですね……」

 カミールが私の元に歩み寄り言う。


「まだ、分からない」

 私は、その家族の元へとった。


「お気持ちは、分かりますが――」

 カミールが、私の後を追いながら、心配そうに声を掛ける。

「違うの。私は、この世界で魔法について本を読んで学んだ。そこには、失った物を復元する事は出来ないが、切り傷等は復元出来る。肉をつなぐ事は出来るが、骨はつなげられない。そう書かれていた」

「ええ、その通りですが――」

「それって、られたり、された場合なら、何とか出来るって事じゃないの?」

理屈りくつは……そうですが……。死者の蘇生等そせいなど、本当に出来るのでしょうか?」


「失礼します」

「ちょっと、何ですか?」


 私は、悲しんでいる家族の間にり、死者の状態を調べた。


されてくなったようですね」

「そうです。私の主人は、この村の門番で、それで蛮族ばんぞくに殺されたんです。それが何かっ!」


 奥さんは、少し興奮していた。それは、そうだ。悲しみの最中さなかに土足で見ず知らずの人間がって来たのだから。


「まだ、間に合うかも知れません」

 私は、回復魔法で彼の傷をふさいだ。しかし、反応がない。

「少し離れていて下さい」


 ――ええい、ままよ。

 私は、魔力をおさえながら、電撃の魔法をはなった。


「何をしてるんですかっ!」


 奥さんの悲鳴にも似た声が聞こえて来た。カミールがおさえていなかったら、私に飛び掛かって来ていただろう。


「ぐぶっ」

 その時、彼がいきなり生き返り、胃にまっていた血を吐き出した。

「あ、あなた!?」

「お、お父さん?」

「まだ動かさないでっ! 私――、僕は医者じゃない。どこがなおりきっていないのか判断しきれない」

「は、はい」

 さすがに奥さんも、今度は、私の言葉にしたがっていた。


「お、お前……。私は、一体……」

「少し前まで、貴方は死んでいたんですよ。それをあの人が――」

 私の後方で彼ら家族の会話が続いていたが、私の意識は、もう一人の方へと向いていた。


「そちらの方も――」


             *


 さいわいな事に二人共、無事に蘇生そせいする事が出来た。

 

「お見事です。アーサー様」

 カミールが私に微笑ほほえみかける。相変あいかわらず綺麗きれいな顔だ。


「失敗していたら、なぐられていたかもね」

「次からは、ご家族の了承りょうしょうてからにしましょう」

「だね。少しあせっちゃって」

 平和な日本では、死が身近なものではないのだ。あせるなと言う方が無理な話なのだ。

「しかし、何故、電撃の呪文を?」

「ああ、あれね。電気ショックで心臓を動かすの」

「そんな事が出来るのですか……。それも本の知識で?」

「いえ、向こうの世界での知識よ」

「なるほど」

 カミールは、あごに手を当てて感心していた。


 ――なるほど、傷をふさぐ技術があるのに蘇生そせい浸透しんとうしていなかったのは、こういう事か。

 私は、一人、合点がてんがいった。


 しかしながら、上手うまくやれた。自分で自分をめてあげたい、そう思っていた矢先――。


「奇跡じゃ……」

「ありがたや、ありがたや……」


 騒ぎを聞きつけ、周りで私の蘇生そせいを見ていた村の老人達が大げさに私をおがたてまつる。


 ――私をめてくれる人は、大勢いたか……。


 私は、自分のほほがピクピクと引きつるのを感じていた。


             *


 村人達の握手攻勢あくしゅこうせいが一段落ついた頃、事件は起こった。


 爆炎と共に木片もくへんの雨が降る。

 再び、村の粗末そまつな防壁が破壊されたのだ。


「次は何!」

「敵の本陣ほんじんのお出ましのようです」


 カミールの視線の先に立ちはだかっていたのは、この集団の『かしら』と呼ばれる存在だった。

 彼は、人狼じんろうであり、たけは、三メートル近くある巨体で、他の人狼達じんろうたちと比べても、はるかに大きい。

 そして、その顔は、ゴツく、巨大な牙をむき出しにしている。身体からだ付きも、他の個体と比べても、筋骨隆々きんこつりゅうりゅうと言った感じである。


「『かしら』、あいつらです。殺っちまって下せえ」

「アイツめ、再び戻って来るとは――」

 『かしら』の横には、先程、両腕りょううでを失ったあの男が立っていた。


「マズい。このままおそってこられたら、避難が間に合わない」

「皆さん、落ち着いて行動して下さい」


 しかし、カミールの言葉は、村人達の耳には届かなかった。

 村人達は、パニック状態となり、蜘蛛くもの子をらすように逃げ出した。


「こうらばってしまっては、全員をまもれない」

 カミールは、少し苛立いらだっていた。


 そんな中、『かしら』が私達目掛けて突進を始めた。

 私達のすぐそばには、蘇生そせいしたばかりで動けないあの家族もいる。


折角せっかく、助けたのに無駄になっちゃう。そ、そうだ。防御魔法、防御魔法で時間をかせいで――」

「アーサー様、それは危険過ぎます!」


 私は、カミールの言葉を聞く前に動き出していた。

 その時既ときすでに、大きな鉄槌てっついを振り下ろそうとしている『かしら』が目前もくぜんせまっていた。


 ――お願い! 攻撃をふせいで!


 私は、全力で魔法を展開した。


 ガキーン!


 私は、その金属音を聞いて、おそおそる目を開けた。

「カミール?」

 いつの間にか、カミールが私の前に立っており、防御魔法を展開していた。


まもってくれたの?」

「ち、違います。攻撃をふせいでいるのは、貴女の盾です」

「え?」


 カミールにそう言われ、前方を見てみると確かに二重に光の防御壁が展開されている。


「『勇者の盾』とは、やるじゃねぇか、殿下」

「セ、セドリックさん?」

「遅れた分は、取り戻させてもらうぜ」


 彼は、そう言いながら、私達の横を颯爽さっそうけて行った。


 そして、『かしら』の巨体におくする事なく、即座そくざ股座またぐらに飛び込み、その足元へとすべんだ。

 巨体の下で地面を滑走かっそうするセドリック。

 彼の二本の剣が『かしら』の両足の内腿うちももとらえ、その肉をくと、わずかなときをおいて、そのささえを失った巨体が前方へと崩れ落ちた。

 股座またぐらすべけたセドリックは、すぐさま反転し、その崩れ落ちた巨体の背中を踏み台にし、飛び上がると、『かしら』の首筋目掛けて急降下した。

 そして、その首筋にクロスさせた二本の剣を当てると、それを一気に両側に開き、その首を斬り落とした。


「狼の分際ぶんざいで、人様ひとさましたがえて良い気になりやがって」


 彼は、仕留しとめた巨体の上でそうはなつと、二本の剣を血振ちぶるいした後、そのさやおさめた。


 ――つ、強い。

 私は、少し呆気あっけに取られていた。


「チ、チキショーッ! 『かしら』がられちまった」

「おい、応援部隊も来ているぞ!」

「て、撤退てったい撤退てったいだ!」


 村人を追い立てていた彼らだったが、セドリックと彼が連れて来た部隊の登場により、完全に形勢が逆転。

 一転、今度は、彼らが追われる身となった。


「さて、追撃するか」

 セドリックが、敗走はいそうする敵兵を見ながら言う。

「その必要はない。アーサー様は、無益むえき殺傷さっしょうを望んではおられない」

「フン。お優しい事で」

 カミールは、この時、少し不機嫌ふきげんそうにも見えた。

「だが、奴ら、また来るかもしれないぞ」

「わた――、僕はそうは思わないな。今の戦いぶりを見て、彼らもまた来ようとは思わないだろう」

「それもそうか」

 セドリックは、納得なっとくした様子でそう答えた。


「もしかして、見せ場をセドリックに持ってかれてねている?」

 私は、小声でカミールに問い掛けた。

「まさかっ! そんな訳ないでしょう」

 カミールは、軽くほほふくらませていた。

「ふふ」

 私はこの時、少しだけ好きな子に意地悪いじわるしてしまう男の子の気持ちを理解した。


 こうして、村の危機は去った。


 しかし、逃走した蛮族ばんぞく残党ざんとうが、北の領地で討伐とうばつされた事を私達が知るのは、この何カ月も後の事だった。

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