第2話 備忘録
数週間前のこと。
キノが魘されて、ベッドから転げ落ちたのだ。
体を打ち付け痛みに唸りながら起き上がろうとした時。
自分のベッドの下で、何かがチカチカッと光った様に見えた。その光は、すぐに消えてしまったため、ネズミか何かの瞳が光って見えたのかと思い、ベッドへ戻ろうとした。
しかし、妙に気になったキノは、気になる事をそのままにするのは気持ち悪いと、再びベッドの下へ寝転んで、光が見えた方へと恐る恐る腕を伸ばした。
指先に触れた硬いものは、明らかにネズミや何かの生き物では無い。箱や本の様な物だと分かると、キノは勢いよくそれを掴み引っ張り出した。
埃の被った黒色の表紙で、手触りが皮によく似た、一冊のノートだった。
教科書よりも小さめな手帳の様なノート。裏も表も何も書かれていない。
キノは少し考えてから、ノートを開き見た。
そこのには印字された文字では無く、誰かの筆跡であると分かる文字が。
『カイルの森にて、彼等の記録』
その文字を見て、キノはハッと息をのむ。
更にページを捲ると、そこには【魔女祭り】に行った少年達が残した『記録』が書かれていた。
キノは、これが【備忘録】だと気が付いた。
ノートには、筆跡の違う複数人の文字。そこに書かれているのは、まるで思い思いに描いた夢のような物語であった。
キノは急いでグレンを叩き起こし、備忘録を読ませると、グレンが何も書かれていな白紙のページをじっと見つめたまま、動かなくなった。
「グレン、どうしたの?」
そう訊ねれば、グレンは「うん」と唸り難しい顔で何も書かれていないページを摩った。そして、少年達が書いたであろうページも、同様に摩る。
「なぁーんか、気になるんだよ」
「気になる? 気になるって、備忘録が? それとも、誰かが僕らにイタズラをしたってこと?」
「いや、恐らく誰かのイタズラでは無いと思うけど、僕が気にしているのは、この何も書かれていないページだ」
「え?」
グレンから手帳を受け取り、白紙のページを見つめる。しかし、部屋が薄暗いせいか、特に何も見えない。
「何も無いけど……何が気になるんだい?」
「これは、他のページにも言えることかも知れないけど。まず、誰かが書いたにしては、筆圧がなさすぎるんだよ。ほら、触ってみてよ。全然、ボコボコしてないだろ? 裏移りもない」
万年筆で書いたなら、筆圧によっては筆跡が後ろのページに移りやすい。
「このノートの紙質からすると、手触りがスルスルしているし、そんなに厚手の紙ではないから筆圧でボコボコするだろうし、インクが乾きにくい。そうすると、インク溜まりが隣のページに移りやすいはずなのに、それもない。まるで、印刷されたものみたいだ」
グレンの言葉にキノは、なるほどと頷きノートの各ページを指先で触った。確かに、グレンの言う通り全くボコボコしていない。
「印刷された本って、ことかな……?」
「こんな中途半端な印刷物があるか?」
「ほら、見本版みたいな」
「うーん。その線は無いと思うけど」
グレンとキノは窓際に移動し、【備忘録】を読み返した。
まん丸のお月さんが天井高くに鎮座して、部屋の中を普段よりも明るく照らす。月明かりの下なら、もう少し何か見えるかも知れないと思ったのだ。
「今夜はよく晴れているせいか、月明かりが眩しいくらいだ」
グレンが出窓に腰を掛けていえば、キノが同意の頷きを返し、グレンの隣に座る。
「そうだね。……え、グレン! ちょっと!!」
「ん? なんだよ、突然」
突然、キノの顔が慌てた様子でグレンの手元を見ている。
グレンはキノの視線を辿り自分の手元を見れば、白紙のページに、ぼんやりと文字が見て取れたのだ。
「キノ!! これ!!」
「うん! グレン、もっと月明かりに当ててみて!」
「あ、ああ!」
グレンが慌ててノートを窓に寄せ、月明かりが当たる様に翳す。
すると、文字が徐々にハッキリと浮かび上がってきたのだ。それはまるで、レモン水で内緒の手紙を書き、蝋燭で炙って浮かび上がる文字のように。
ハッキリと浮かんだ文字をキノが読み上げる。
「『十二月の満月が、天井高く昇った時。その素質を持つ者だけに、扉は開かれる。』」
「素質を持つ者……? 扉?」
二人は首を傾げたが、すぐにキノが何かに気が付いた。
「グレン、この扉ってのは、カイルの森にあるという廃墟の屋敷のドアのことかな? もしかしたら、そこで魔女祭りがあるんじゃないのかな?」
キノの解釈に、グレンの瞳がキラキラと輝いた。
「キノ! それだ!」
思わず声を上げてしまい、二人は慌てて口を押さえ、ヒューイとライアンを見る。
起きそうにない二人にホッとしつつ、キノとグレンは、もっとヒントが出ないかと、ノートを月明かりに照らした。
翌朝、ヒューイとライアンに話をすると、二人は「僕らも一緒に行く!」と、満面の笑みを浮かべたのだった。
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