第1話 寄宿舎の子供たち
チクタク チクタク チクタク チクタク
月明かりが差す暗い部屋。規則正しく響く時計の秒針の音。
あと少しで、学校の時計台から零時を報せる鐘が鳴る。その音をベッドの中で待っていると、それより先に声がした。
「キノ、起きてるか?」
二段ベッドの上から訊ねる声。辺りに響かないように、ひそめられた声は、真夜中の静まり返った部屋には効果はなく、やけに良く響く。
「グレン、起きているよ」
二段ベッドの下。キノと呼ばれた少年は、ベッドに備え付けられたカーテンを捲り上を見上げれば、上段から顔を覗かせる少年と目が合う。
満月のせいか、月明かりがいつもよりも明るく部屋の中を照らし、お互いの顔はランプが灯っていない中でも見る事が出来る。
「準備は出来てるか?」
「もちろん。点呼が終わってから、すぐに着替えていたよ。あとはコートを羽織るだけさ」
「僕もだ」
グレンはベッドから出て来ると、短い梯子を降りてきた。
ここは、十一歳から十八歳までの子供達が住まう、寄宿学校。
十一歳から十五歳までは四人部屋、十六歳から十八歳になると、二人部屋になる。
彼らは現在、十二歳。キノとグレンは入寮した時から、クラスも部屋もずっと一緒だ。
そして、彼らが十二歳ということは、この部屋には、もう二人の少年がいるのだが……。
「ヒューイ、ライアン、お前達も起きろ!」
グレンがぐっすりと眠る二人の少年をそれぞれ揺さぶり起こすと、ヒューイと呼ばれた少年が「うぁ〜?」と言葉になってない声を上げる。二段ベッドの上から寝惚けた声。
「もうあさぁ?」
「違うよ、ヒューイ。まだ夜だ」
すると、下段に寝ているライアンが「もう、お腹いっぱいだよぉ」と、言いながら枕を抱きしめて、幸せそうに目を瞑っている。
「おい、ライアン寝ぼけるな。起きろよ」
グレンにおでこをペチリと叩かれたライアンは、重たそうな瞼を開けて「ふぇ?」と声を上げる。
「お前達、忘れたのか? 今夜はカイルの森で魔女祭りが本当に行われているのか、確かめに行くと約束したろ?」
その言葉に、二人はハッキリと目を覚まし、勢いよく起き上がった。
「そうだった!」
「忘れてないよ、覚えてたさ!」
起き上がった二人の服装は、しっかりと外出用の服装だ。
どうやら本当に忘れていた訳では無いようだと、キノはクスリと笑った。
♢
【魔女祭り】
それは、寄宿学校で代々少年達の間で密かに言い伝えられている、謎の祭りだ。
その祭りを見た者には、この先の未来の幸運が約束されるという。
ただし、誰もが見られる訳ではない。
その祭りが行われる場所は、カイルの森。そこは、学校裏にある小さな森だ。
それも【立ち入り禁止】の。
その昔、カイルの森には竜が棲んでいたといわれ、神聖な森とされている。だからこそ、その辺の森とは違い危険も多く【立ち入り禁止の森】となっている。と、教師達が言った。
だが、学校の真裏にあるのだ。行くなと言われたら、行きたくなるのが子供という生き物。
毎年、入学早々、新入生の生徒数名が森へ入って行くのだ。いわゆる【度胸試し】として。
他の生徒達はこぞって何があったかと彼等に訊ねるが、森へ入った彼等は「面白味も何もない、ただの森だ」と答えた。
その話を聞いて、殆どの生徒が森へ行くことはしなかった。瞬時に、興味を失ったからだ。
何より、学校裏にこんな【立ち入り禁止】というほど危険な森があるというのに、保護者達が誰も何も言わない。という事は、本当に何も無い森なのだ、と。
そして、そんな事に無駄な時間を割くよりも、紳士たるもの、常に冷静に、凛とし、優雅に在らねばならぬ。と、自身の【紳士魂】に磨きをかけることに向き合うのだった。
それにも関わらず、カイルの森の噂話は後を絶たない。その中でも【魔女祭り】の話は、代々引き継がれている。その事に疑問を持ったキノとグレンは『何かある』と思っていた。そして二人は、入学してからこの半年【魔女祭り】について調べたのだ。
すると、過去に『実は、魔女祭りを見た』という上級生達が、少なからず居たのだ。しかし、それは『夢を見ていただけだ』と、いっときの笑い者になって、何事も無かったかの様に終わるという。
だが……。
真しやかに囁かれている噂がもう一つ。
魔女祭りを見た者だけが綴る【備忘録】があるというのだ。
しかし、魔女祭りを見たという上級生からは、その【備忘録】について証言は得られなかった。覚えが無いと言うのだ。しかも『魔女祭りを見た』記憶があるにも関わらず、その祭りの具体的な様子も、備忘録についても記憶が無い。
祭りについて思い出そうとすると、どうも上手く思い出せないのだという。ただ『とても楽しく、とても刺激的で、なんとも幸せな夜だった』とだけ、笑顔で答えた。
そんな曖昧な記憶だけなのに、【魔女祭り】の噂はずっと以前から消える事なく代々口伝えられている。その不思議に、キノとグレンは疑問を抱いた。
「一体、誰が何のために、噂を伝え続けているのだろう」
噂が気になった二人は、まず備忘録探しを行うことにした。
厳しい紳士教育を受けていようが、年に数名は必ず現れるイタズラ好き。
備忘録探しは、イタズラ好きのキノとグレンには、もってこいの暇つぶしとなった。
そしてキノが【備忘録】を見つけたのは、数週間前の満月の夜。
ほんの偶然。まさか、こんな所に、と言うところから出て来たのだ。
どこからかだって?
それは、彼らの部屋の、ベッドの下からだった。
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