ジョセフ先生と魔女の森

藤原 清蓮

プロローグ


 暗い暗い、真っ暗な夜の森。


 森の中でも一際背の高い木の上。

 黒マントを纏った男が一人、空を見上げていた。


 樹々の隙間から見える空には、月はない。

 月がないせいか、いつもよりも星が騒がしく瞬きを繰り返している。

 いつだったか、星の輝きをダイヤモンドに喩えた者がいたが、ダイヤモンドが気の毒に思えるほどの輝きを放ち、こちらへ語りかける。


「シヨン」


 声のする方へ視線を向ければ、黒猫が機敏な動きで木に登り、瞬く間に男の隣へ座った。


「シヨン、今年の一年生は、随分とイキの良いのが入ったな!」


 声を弾ませて言う黒猫に、シヨンと呼ばれた男は小さく笑い、その頭を柔らかく撫でる。

 

「イキが良いって……。まるで新鮮な魚が揚がったとでもいうような表現だな」


 その言葉に、撫でられて気持ちよく目を細めていた黒猫は目を開いた。金色に見えるその瞳が、シヨンを見上げる。


「ここ数年は、おとなしい子供ばかりだった。シヨンだって、つまらなそうだったじゃないか」

「……確かに」


 小さく微笑み返し、シヨンは空を見上げた。星々まで、この黒猫のいうことに賛成とでも言いたげに、輝きを増したように見える。


「好奇心を押し殺すことが【美学】とされてからは、子供達への教育は紳士教育に特化し、好奇心を押さえつけ、冒険を楽しもうとする子供は少なくなった。本来、子供とは好奇心の塊だ。知らない事は想像力で補い、見た事もない世界の夢を見る。その夢たるや、なんと素晴らしいものか……。大人になると忘れてしまう。ならば、私がその夢をしたところで、誰に迷惑をかけるわけでもあるまい」

「今回の子供達は、紳士教育を受けながらも、子供心そのままで、なんとも楽しい夢を見せてくれそうだよ」

「非常に楽しみだよ」

「しかも、四人もいるんだから!」


 声を弾ませていう黒猫の声に、シヨンは空に向けていた瞳を黒猫へ素早く移す。


「四人も!? どのクラスの子供達だろう……」


 と、顎に手を当て考えれば、


「シヨンが受け持ってないクラスだよ。会ってからのお楽しみ」


 と、黒猫が三日月の様に目を細め笑う。


「ふふ。確かに、それも楽しみを膨らませるスパイスだな。よし。カール、キミの観察眼を信頼して、このノートを託そう」


 そう言いながら、シヨンは何処からともなく一冊のノートを右手に現した。

 ノートを開き、サラサラと何かを書き加える。


「これで良いだろう。さて、カール推薦の子供達は、このメッセージに気付くだろうか」

「好奇心旺盛そうだからな。きっと気が付いてくれると信じているよ」

「ならば、私も君を信じよう」

「楽しみだな! 幸い、四人とも寄宿舎が同じ部屋だから、四人の部屋に隠し置いてくるよ」

「ああ、頼んだよ」


 シヨンの言葉にひとつ頷くと、黒猫はノートをカプリと咥える。

 シヨンが右手を一振り。すると、黒猫の姿は、いつの間にやら木の下へ。

 ノートを咥えて走り去る姿を見送ると、シヨンは再び夜空へと顔を上げた。


「さて。今回の子供達は、どんな夢を見せてくれるのかな?」


 青年にも見えるし、壮年にも見える不思議な男は、両の口角だけを持ち上げて、星達の瞬きを見つめたのだった。

 

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ジョセフ先生と魔女の森 藤原 清蓮 @seiren_fujiwara

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