第4話 文芸部
淡路さんから突然
「(文芸部に入部したいのだけれど)」
と書かれた時は胸が高鳴る音がした。
けれど文芸部はこの学校の超人気部活であり、それほど浮かれることでもないとすぐ心を落ち着ける。
入部にあたり特に必要なものもないと記憶していたので入部届を渡してあげた。
そこに書かれた
淡路華凛
の文字は何度見ても芸術的だなと感じる。
入部届を確認するにしては長い時間紙を見つめていた僕に首を傾げる。
「顧問の先生に渡しておくよ」
と言い紙を預かった。
顧問の先生は1学年上の国語の先生で、文芸部に来ることは滅多にないので渡すのは職員室しかない。
何回来ても慣れることはないだろうなと思える職員室の空気に気圧されながら僕は入部届を提出した。
5月のその日の放課後から淡路さんは文芸部の部室にふらっとやってくるようになった。
読んでいる本は人間失格だった。
僕が勧めたものをこんなにも真剣に読んでくれると言うことがこんなに嬉しいことなのかと初めて感じた。
1週間も経たないうちに淡路さんは人間失格を返却しにやってきた。
「(面白かった。何より文がすごく綺麗で引き込まれた。)」
短く簡潔にまとめられた感想だが、僕が感じたものとほとんど同じだった。
その時僕は、淡路さんと人間失格が似ているなと思った。
整った文体に少し危うい内容がうまく捉えどころのないぼんやりとした輪郭を見せる。
それと似ていると感じた。
「(また、お勧めを教えて)」
「また考えとく」
そう答えると彼女は去って至った。
あれから二日たった今日も、僕は彼女の問いに対する答えを迷っていた。
意気揚々と考えとくと言ったものの普段読んでるのはラノベが多いし、大衆小説もミステリーが多い。
人を選ぶ作品が多いなぁと頭の中の僕が嘆いている。
「佐野、聞いてるか」
その声で頭の中の机の上から現実の机の上に戻される。
「15番お前だろ?あとで取りにこいよー。」
15日だから15番。安直な指名であり、31番以降の人は一生当てられないのかと不満のある指名の仕方である。
どうやら先生が職員室に忘れた課題プリントをわざわざ僕が取りにいって配っておいてくれと言うことらしい。
忘れたものくらい自分で配れよという正論はこの学校という大人絶対主義の箱の中では通用しない。
大人しく返事をして了承した。
授業終わりに職員室に向かう。4時間目の終わりなので先生達も自分の机で昼ごはんを食べていた。当たり前のことだが大人でも僕たちと同じ時間にお腹が空くんだなと思った。
お目当ての先生に呼ばれてプリントをもらう。
「悪いね。行っていいよ。」
それだけだった。
職員室を出たところで、腐れ縁の五色とばったり遭遇した。
「何。なんかやらかしたの?」
にやけ面で問いかけてくる。
「みりゃわかんだろ。呼ばれてプリント取りに来たんだよ」
なーんだというつまらなさそうな顔を見せる。
「お前こそ何してるんだよ。」
「ん?購買だよ。早弁しちゃって昼なくなったんだよ。」
そう言ってパンを見せてくる。
「朝練した時点で腹がもたなさそうって思ってたんだよ。案の定だったわけ。」
朝練とはご苦労なことだなと心で労った。
そんなたわいもない会話を5分くらい続けた時に五色から
「そういえば淡路さんって・・・」
その名前が出た時僕は
「(あれ今日何曜日だ。)」
そう思い話を遮って尋ねる
「あれ今日何曜日だ?」
五色は少し上を向いて考えた後
「水曜だ。今日走り込みだわ。最悪だ」
尋ねた時には理解していた。
認めたくないだけだった。
「悪い。俺図書室行かなきゃ。」
相手の返事を待たずに体を動かした。
職員室で鍵を借り走って教室に向かい、教壇にプリントを置く。
誰に言ったわけでもなく配っといてと言い残し教室を出ようとした時、自分の机の上に紙が置かれてるのが見えた。
「図書室、待ってる」
心音が速くなる。それが走ってきたからか置き紙のせいなのか考える間もなく図書室へ走り出す。
最後の曲がり角を曲がったとき人の姿がなかった。
淡路さんは教室にいなかった。なので僕は図書室にの前に待たせていると思ったがそうではなかった。
安堵と不安が同時に襲ってきた時、隣の文芸部の部室が空いていることに気づいた。
そこには本を読む淡路さんがいた。
僕は滑り込むと同時に頭を下げて謝罪をした。
「本当にごめん!」
そう言うと彼女は慌てて紙に書き記す
「違うの。本を返せなくて困ってる子がいたから」
ページをめくり、続けて
「怒ってるわけじゃないの」
と綴る。
僕は部室に入って初めて淡路さんの顔を見ると怒りの表情ではなく、困惑といった顔をしていた。
本当にそうなのだろう。
だが、僕自身は淡路さんに謝りたい気持ちでいっぱいになっていたのでもう一度謝罪をした。
「それでも本当にごめん」
「(いいよ)」
返事まで少し間があったが謝罪を受け入れてくれた。おそらく淡路さんは僕の気持ちを汲み取ってくれたのだろうと思う。
遅ればせながら図書室を開け、残り少なくなった昼休みを淡路さんと僕二人で過ごした。
いつも人が少ないといえど二人ということはなかったので何かむず痒いような緊張感があった。
それは向こうも同様でチラチラとこちらを見ていた。
二人の間の沈黙の会話は図書室という元より静寂な空間において脈拍、呼吸、布の擦れる音、全てを相手に届かせるような気がする。
「(友達になってくれる?)」
唐突な真っ直ぐな問いに胸の奥が熱くなるのを感じる。
僕は友達という概念が未だに分からない。
誰かがここから友達だと決めてくれればいいのになと思う。
だが僕以上に淡路さんはもっとそれを感じてるのではないか。会話という友達作りのツールを使わない彼女は僕以上に作り方が分からないんだろうと想像する。
だからこそ不器用なまでの真っ直ぐな言葉だったのではないか。そんな彼女を僕は羨ましいと思った。
「(ぜひ)」
簡単なひらがなの2文字を今までこんなに丁寧に書いたことは無かった。
紙を見た彼女は少し俯きながら頬を緩めた。
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