第3話 図書室
僕、佐野拓真が文芸部に入っているのは昔から本が好きだったから、とかそんな立派なものではなく単に学校の決まりの絶対入部という縛りがあるからで別に何も入るつもりはなかった。
入部率100%という学校の見栄のための入部に腹立たしさもあったが、入部率100%は今の時代には逆効果なのではとも思う。
そんな中で文芸部は実質的な帰宅部的な役割を果たしており学校もそれを黙認している。
最初にそれを知った時は、そこまでして入部率が大事か?と驚いた。
僕も入りたい部活もなく帰宅部志望だったので、幽霊部員製造部こと文芸部に入部したのだった。
部員数は約50人という異例の人気を博している文芸部の部室は図書室の横にある。
もしあの幽霊達が全員来たら箱詰めになってしまう程の部室には毎日3人こればいい方で、大体は1、2人ぽつぽつといるだけだ。
その数少ない優秀な部員が僕である。
学校の心霊スポットたる部室に通う理由は静かな教室が好きだからだ。だから本を読まない日だってある。ただぼーっと窓の外のグラウンドを眺め、同い年達が現在進行形で進む青春の香りの残り香を楽しむのだ。
たが、そんなことを知らない人たちは僕が本をこよなく愛し、寝る時も本と寝る異端児だと思っているらしい。
そんな文芸部のエースたる僕だからこそ図書委員の話は当然のように振られる。
僕は断るのも面倒だし承諾した。
図書委員の仕事は本の貸し出し、返却、新しい本の仕入れなどがあった。
僕はその中で本の貸し出し、返却に立候補した。
理由は昼休みにいつも文芸部で食べていた昼ごはんを横の図書室に移って食べるだけだからだ。
静かな教室が好きな僕にとってそれは雑務でもなんでもなかった。
それはそんな日常が続いていたある日。
淡路さんが転校してきて早1ヶ月が経とうとしていた。
最初こそ物珍しさから淡路さんを取り囲んでいた学生記者達も今では興味をなくしている。
今だに僕は淡路さんと会話したことがない。
他の人と話してるとこも見たことがない。
5月初めの昼休みから図書室に淡路さんがくるようになった。
向こうは僕が図書いいんだということを知らなかったらしく、少し慌てていた。
淡路さんは本を借りるわけではなくご飯を食べ、本を読むだけ。
なので会話をする機会もないが、その空間、その雰囲気が僕は好きだった。
僕は月水金担当だっだが木金も図書室に行くことにした。横の文芸部で食べてるところを隣に引っ越しをしたのだ。
火木は僕と淡路さんは向かい合った斜めの席に基本座っていた。
会話することもなければ目が合うことすらないがお互い決まった席に座り同じ静かな時間を過ごしていた。
ある時淡路さんから
「(面白い本ある?)」
と一度だけ尋ねられたことがある。
僕が人生で読んだ中で一番好きだったのは太宰の『人間失格』だったが内容が内容なのでお薦めするか迷っていると
「(一番好きなのでいいよ。)」
と心を読まれたように書かれた。
なので人間失格を薦めることにした。
次の日、水曜日だったので僕は図書室のカウンターにいた。
いつものように淡路さんはやってきて、弁当を食べていた。
僕は他の人の返却など対応をしてからご飯を食べ始めた。
食べ終わり窓の外からグラウンドの様子を見ていた。隣から見ていた景色とさほど変わらないはずなのに1人で見る時とは違った感じがした。
そんな時前から人の気配がして顔を向けると淡路さんが立っていた。僕は何か気の抜けた感じで見つめていたが、淡路さんの手を見ると太宰の人間失格が握られていた。
その人間失格を突き出した手と淡路さんの顔を見た。少し恥ずかしそうな顔をしながら渡してきた本を受け取り貸し出しのバーコードを通す。
ピッとなった機械音が淡路さんとの初めての会話な気がして嬉しくなった。
淡路さんが去り際に
「(感想またいいます。)」
という置き書きを残していった。
僕はその時を楽しみに待つことにした。
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