第2話 びわ問答
「びわもぎにいく?」
彼女は驚きながら振り向いて、目を丸くした。
彼女さっとペンを出し
「(ごめんなさい。)」
と幅いっぱいに書いたノートを立てたまま、逃げるように帰って行った。まるでアニメで足がぐるぐる回るようなスピードだった。
1人になった教室にパタっとノートが倒れる音がして正気に戻る。
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ここ須本高校は平凡な立地にある。校内には多少の緑もあるし、歩いて5分もないところにコンビニもある。都会でも田舎でもない実に過ごしやすいといっていい環境だ。
地元ではいわゆる進学校という位置付けだが、全国的に見れば別にどうということない平凡な学力高校であくまで地域の中でという話である。まぁそもそも近くにはヤンキー校が一校しかないので比較になってるかと言えば微妙なところだ。
そんな事情で小中と同じ学校だったやつが大勢いる。
今僕の横で一緒に下校しているこいつもそのうちの1人である。
五色海里
小学校から高二の今になっても付き合いのある腐れ縁である。
僕と五色は性格や趣味などまるで真逆だ。
文芸部の僕と、サッカー部の五色。
静かな場所を好む僕と賑やかな場所を好む(というよりこいつがいるところが賑やかになる)五色との関係がうまく行っているのは奇跡なんじゃないかと時々思う。
家が近所というのはクラスとか部活とかそういうレベルじゃない切っても切れない関係が付き纏うのである。
今日はたまたまサッカー部が休みらしく珍しく下校を共にしている。
「転校生きたんだろ?どんな子?ちょっと見たけどめちゃ美人さんだったよな!」
淡路さんが転校してきて1週間がすぎていた。
彼女の美貌はたちまち噂になり休み時間など覗きにくる男子がちらほら見受けられた。
顔がいいとはすごいなと実感した瞬間だった。
「どんな感じって、うーんそうだな。静か?って感じかな」
この言葉に嘘偽りはない。あれからまだ淡路さんは喋らない。静かの度を超えている気はするがまぁいいだろう。
「席隣なんだろ?何話すの?」
質問はまだ続く。そんなとこまでもう知っているのか。
「べつになんにも。」
「そんなことはないだろー。」
そんなことあるのだ。しかも思ってる喋ってないとは違うレベルで喋ってない。
「まぁいいけど。あ、そうそう。淡路さん果物好きらしいよ。特に柿が。家になってるんだって。もぎに行かせてもらえるか聞いといてよ。」
なんで僕がと思い口から出そうになったが飲み込んだ。淡路さんの情報はそんなに流れてるのかという気持ちと僕は何も知らなかった隣なのにという嫉妬にも似た何かが湧き立ったからだ。
「そうなんだ。」
と愛想のない返事だけをして家に帰った。
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次の日
放課後の教室。残っているのは僕と淡路さんだけだった。僕は文芸部からなすりつけられた部活の報告書をまとめていた。
外を見る淡路さんの視線の先にはびわの木があった。
昨日のあいつの言葉を思い出し、僕は咄嗟に言葉が出てた。
「びわもぎにいく?」
彼女は驚きながら振り向いて、目を丸くした。
彼女さっとペンを出し
「(ごめんなさい。)」
と幅いっぱいに書いたノートを立てたまま、逃げるように帰って行った。まるでアニメで足がぐるぐる回るようなスピードだった。
1人になった教室にパタっとノートが倒れる音がして正気に戻る。
「(ごめんなさい。)」
言葉の意図が掴めない。何かまずいことでも言ったのだろうか。
すれ違いざまの彼女の顔は少し赤みがかっているような気がした。
それが僕の発言のせいなのか春の暖かさからなのか僕にはわからなかった。
家に帰った僕は五色に今日あったことを連絡した。
すると五色から「柿の木問答」とだけ送られてきた
僕は検索を掛けるとそれはいわゆる大人の告白の比喩表現とでもいうやつで僕は一気に青ざめた。
五色はしかもそれを知っててわざと言わせようとしたのだという怒りにもかられた。
明日説明しよう。それだけ考え、五色からの「それでどうなった?w」という返信を返さずに布団に入った。
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僕は次の日、いつもより朝早く家を出た。淡路さんよりも早く学校につくために。
クラスにはまだ誰もいなかった。
僕はノートをちぎりペンを走らせた。謝罪の言葉を口で説明するのも恥ずかしかったし
「(ごめんなさい)」の返事は僕も書いた方がいいと思ったからだ。
「(昨日は驚かせてごめんなさい。家に帰って僕の言葉の意味を初めて理解しました。軽率な発言だったと思います。以後気をつけます。淡路さんの綺麗で意志の強さを感じる文字好きです)」
読み返してみると、まるで告白にも感じるような手紙だが本当のことだからと僕は淡路さんの机の中に入れた。
僕は淡路さんがいつどのタイミングでこれを読んだか知らない。
でも僕は手紙を出してよかったと思った。
「(こちらこそ急に出ていってごめんなさい。文字褒めてくれてありがとう。これからもよろしくお願いします。)」
この文章を読めたのだから。
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