第2話 いつもと違う勉強会

夏の大会が終わって3週間ほど経った。


蒸し暑さが少し残るものの、あの時にような灼熱地獄は感じられない。


夏休みも終わり、高校では早くも2学期の中間テストが始まろうとしていた。今日のホームルームで、テストの日程表が配られた。中間試験なので、音楽や保健体育といった実技科目はない。その分、国語や数学などの受験で重要な科目に注力できるので、期末試験と比較して確実に点を稼いでいきたい。


定期試験が近づくと、愛(めぐみ)と一緒に勉強するのが毎回の恒例行事である。


愛より私の方がテストの順位が上なので、基本的には私が教えることが多い。一見、私にはメリットが無いように思えるが、人に教えることによって、自分の頭の中で知識が整理され、理解が深まり、結果として成績向上につながる。したがって、毎回私も進んで付き合っているわけだ。


HRが終わった後、今回も例に漏れず、愛が話しかけにきた。


「みのりー!中間試験始まるらしいから、いつもの勉強会ねー」


「そうね。 いつから始めた方がよさそう?」


「今日早速やろうぜ!」


「え?早くない?」


「最近成績落ち始めて、親からもちゃんとしろって言われたし。早めの対策ってことで!」


「そういうことね。でも、今日うちは無理なんだけど。」


「じゃあ、あたしの家でやろっか!ちょっとだけ部活に顔出しに行くから、先に校門前に行ってて!」


そう言い残して、足早に教室を出ていった。


夏の大会以降、愛は涙を見せたものの、翌日には気持ちを切り替えていた。


あのとき珍しく泣いてたねと話したら、最後、自分のせいで負けてしまって申し訳なくてと言っていた。3年生との最後のプレーだっただけに悔しさ、悲しさが抑えきれなかったようだ。でも途中まではむしろ活躍してたし、悲しむ必要ないじゃないと励まそうとしたが、あえてやめておいた。


一方で、私はというと、あの時の愛の涙が頭から離れない。


あの涙を見た時、私は彼女を守りたくなった。


悔しくて泣いているのに、美しいと思ってしまった。同時に誰にも見せたくないと思った。


涙を見せたのは、あの一度っきりだが、それ以降、愛の顔を見る度にそのことが頭に浮かぶ。


きらりと光る涙と、その瞳、紅潮した頬、汗や涙でぐちゃぐちゃになった顔。


思い出すと、胸が締め付けられるように心拍数が上がるのだ。


だから、さっき愛と話した時は目をそらしていた。


普段から別に目を見て話すタイプではないのだが、むしろ見たい気持ちを抑え、意図的に視線を外していた。多分は愛にとっては何とも思っていないだろう。そうあってほしい。


— ◇ —


校門で待ち合わせた後、愛の家へ向かった。


高校からは自転車で約20分かかる。坂はほとんどないため、20分でもそれほど疲れないが、歩くのにはしんどい。有効なバスもないので、日差しの強い日や雨が降っているときは過酷な移動となる。ちなみに、私と愛の家は歩いて1分も満たない場所だ。


愛の家に着いた後、私は先に2階にある愛の部屋に向かい、愛は麦茶を持ってくると1階の台所へ向かった。20分くらい待ったので、あまりにも遅いと思ったら、どうやらシャワーを浴びてきたらしく、髪の毛が少し湿っており、私服姿で現れた。幼馴染の前だからだろうか、白シャツに、ハーフパンツだけというとてもラフな格好だ。メグもシャワってくる?と聞かれたが、着替えも持っておらず、私は大して汗をかいていなかったため、お断りしておいた。


「さあ、みのりさん、何の映画見ますしょうか?」


「メグ、あなた勉強するんじゃなかったの?」


「へいへい。すみません。」


このやり取りももはや定番になってきている。


この部屋には勉強机があるが、2人で一緒に勉強するには適さない。


長方形型のちゃぶ台を出してもらい、床に直で座る。


長方形における向かい合う辺ではなく、隣合う長辺と短辺に座る。この方が教えやすいからだ。


ちなみに長辺に愛が座り、いろんな教科書やノートを平げていた。


各自個別で勉強するときはそれぞれ辺の中点にいるが、みのり、教えてーと愛からの号令があると、辺の交わる角にお互い寄っていき、私が教えてあげるのだ。


「どの教科からやる?」


「メグがしたのからやれば?」


「じゃあ、体育やろっかなー。100点取れるかもしれないけど」


「…ふざけるなら帰るわよ。」と言ったものの、内心帰りたくない。


「ごめんごめん。怒らんでって。 じゃあ、1番ヤバい数Ⅱからで」


「了解。別に怒ってないわ。確かテスト範囲は三角関数からだよね?」


勉強開始して5分、早速、愛からお呼び出しがかかる。


「ねえ、みのり。サイン、コサインって何?」


「メグさん、授業全然きいてないのね?」


呆れつつも、愛が長方形の角にずるずると行く。私もそちらに向かったが、お互いに足を伸ばしていたせいか、つま先がぶつかった。


「っ、あ、ごめん。」


「わりい、わりい。バレー部最強アタッカーの足は長いからね」


いつもの愛の冗談に私は返すことができなかった。それどころではなかった。


足先が触れただけなのに、やけに心臓の鼓動が早くなる。さっきまでは何ともなかった汗がでるほど、熱くなる。


「なんだよ。無視かよー」


「まあ、別に嘘ではないから、黙っただけ…」


愛の脚は確かに長い。シャワーを浴びた後で、ハーパンで裸足の愛はその長さがより顕著に現れる。運動部だが、バレー部の活動はほぼ室内であるため、私と同じ白っぽい肌色をしている。だが、筋力が違うのか、太ももやふくらはぎなどは筋肉がしっかりついており、私より一回り大きい。それでも余りある脚の長さによってスレンダーな印象はあるのだ。


「何だよ。私の脚をじろじろ見て。そんなに美脚かい?」


「生意気な脚わね。」


といって、軽く蹴ってやった。愛は大人しくその長い脚を折りたたんだ。


ようやく、sin、cosの説明をする。正直、その後の記憶はなく、うまく説明できたか分からなかったが、愛は「何となく分かったわ!ありがとう!」と言って、また長方形の辺の中点まで戻っていった。この日はあと5回ほど角と中点の往復を繰り返した。


結局、タンジェントの概要を理解してもらえたところで、2時間ほど過ぎ、タイムリミットとなった。いつもは勉強会の後、夕飯も一緒に食べるところだが、今回はテストよりだいぶ前であるため、ここで解散となった。


愛はぺたぺたと裸足で階段を降りるのに続き、玄関へと向かった。さきほどぶつかった、脚に目がいってしまう。普段学校では見せない裸足になぜかドキドキしている自分がいた。ちょっとキモいなと思い、すぐに平常心を取り繕った。


ローファをはき、また明日ねと分かれる。いつもと同じ勉強会だったが、私はいつもより動揺してしまい、あまり頭に入らなかった。切り替えて集中しなければならない。明日は私から勉強会誘おうかな。

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愛とみのり YK @YKmaster

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