第31話 葉月の理由

 ティーノーンのピンクのガネーシャが魔力のピンハネもとい中間搾取の件は、誰に相談していいのか、とりあえず姫にこの仮説を伝えてみる。


「ね、なんかさ、ニホンジンが仕掛けた戦争の後のティーノーンの神々の神託すら怪しく感じてしまうよ。もう、神様不信になりそう……」


「ティーノーンのガネーシャによると、犯罪ではないとのことだから、この魔力の中間搾取も、仲介料とでも言うのだろう。今のところ、妾ではどうにもできない。それに、ティーノーンの神々が受け入れているということは、送り出す地球の神々も了承しているのであろう。妾の様な、面倒くさい者はあまりいない様だったからな……」


 葉月と姫は後味の悪さを感じつつも、一旦この問題を放置することにした。


「弥生だったら徹底抗戦して、組織解体までしちゃうんだろうなー」


「葉月の妹のことか? 葉月が妹から逃げて妾に異世界転移を祈願したのかと思っていたが。嫌いではないのか? 」


「うん。嫌いじゃない。大好き。すごく頭が良くて、スタイルも良くて、顔もきれいで、非の打ちどころがない感じ。ファンタジー小説だったら、高位貴族の悪役令嬢がピッタリかな。苛烈な性格だけど憎めない感じ。可愛いところもあるんだよ。あーでも、私はあの家に必要ないから……」


「それは、葉月がそう思っているだけではないのか? ちゃんと話し合ったのか? 」


「え? 動揺して聞いてない。でも、私なんて幼少期から弥生に守ってもらうばっかりで。ずっと家事手伝いしかしていないし。色んなことで家族の負担になるだけだったから。ちっとも家の役に立ってないし、私に家族の資格なんてないよ……」


「……葉月の母君はずっと病気でせっていたのだろう。家族とは思っていなかったのか? 家族の資格は無いと? 」


「え?! そんなんで家族じゃないって思ったことないよ。看病、大変だなー。他の子は遊んでるのに、私は家事してるのなんでかな。お母さん、治って欲しいな。授業参観日に来てほしいな。お弁当作って欲しいな。運動会の応援してほしいな。そんなことは色々考えてたけど、家族の資格がないなんて思ったことも無いよ。うん」


 姫は黙って葉月の頭を抱いてくれた。いつの間にか涙が出ていた。もう40年近く経っているのに、幼稚園の遠足に持って行ったコンビニのおにぎりが映像になって頭の中に浮かぶ。


「小さい葉月も頑張り屋だったんだな。たくさん我慢して、沢山頑張ったのだな。母君も葉月に感謝されているだろう。でも、家事をしたり、看病をしてくれたから葉月の事を家族と思っていたわけではないと思うぞ」


 葉月は、いい大人が泣くのはおかしいといったリミッターを外し、泣いてみた。案外泣けなくて、冷めている自分もいた。いつもなら感情が高ぶると涙がこぼれ、頭が支離滅裂になるのに、いざ、さらけ出して泣いてみると意外に昇華できていたのかもしれない。


「……あのね、私の部屋が無かったの」


「? 葉月の部屋?」


「うん。来年ね、ウチの双子が大学卒業できそうだから、古い家をリフォームしようとしてたの。松尾家は昔は庄屋でね、敷地も広いし、蔵とか倉庫とか色々建ってるの。それでね、米蔵をこうのスタジオ兼カフェにして、農機具小屋を駐車場にして二階に弥生の会社を持ってこようとか、道具蔵をはるの撮影スタジオにするとか言って、建築士さんに設計図をお願いしてたのね。そしたら、どの図案にも、私の部屋が無いの」


「それで。家族に必要ないと思われていると……」


 葉月はゆっくりと頷いた。時間が経ってみると、大したことでもないように感じてきた。何で私、執着してたんだろう。私の部屋無いんだけどって言うだけだったし、もし本当に出ていってほしいなら、弥生なら言っていただろう。部屋なら、松尾家が所有してるアパートやマンションの空き部屋に住んでも良いし、何なら自分で家を建てても良いのに。


「すまぬ。もう戻れぬ……。妾のせいだ」


「もぉ、案外楽しく過ごしているんだから、大丈夫だよ! ねえ、姫が現れてくれたの、手鏡の前に、清い乙女の髪を捧げて強く願ったからだよね? 知ってた? 私さ、清い乙女って思ってなかったんだよー」


 葉月は、もう会えなくなった家族を思い出し、自分のことで思い悩まないでほしいとだけ願った。


 ※ ※ ※ 


「葉月はまだ見つかっとらんと? 」


 葉月の唯一の女友達のらんから聞かれた。弥生は憔悴しきっていた。隣の恵一郎は眉間に深い皺を作っている。


「……うん。まだ。何の手掛かりも無かと……」


 葉月が失踪して約2週間が経とうとしていた。大人の失踪はあまり事件として取り扱ってもらえない様だ。探偵にも依頼してみたが、葉月が夕方忽然こつぜんと自宅から消えた事実しかわからなかった。


「案外さ、ひょこって出てくるとじゃなかと? そいか、神隠しとか! 」


 恵一郎が視線だけで蘭を制している。蘭は構わず言う。


「あのさ皆、知っとーて思うばってん、葉月、見える人やったやん。竜神様とかオーブとか。だからさ、神様に連れて行かれたとじゃなかとかなーって思ったと。お母さん、鏡神社の直系の巫女さんやったとやろう? 髪の毛も、魔力が宿るとか言うやん。儀式ばして、神様呼び出しちゃいましたー的な感じだったのかも? 」


「えー。私も巫女の手伝いしたとやけど、みそぎとか色々手順が必要かとよ。簡単じゃなかとさ。もし神事ばするんやったら、ちゃんとした服着とーよ。毛玉だらけのスウェットとか着たらいかんけん。祭壇とか作らんぎんいかんし。違うと思うとけど……」


 恵一郎が、突然顔を上げた。


「いや、待て。前、鏡神社の記録読んだ時、乙女の髪の毛ば供物としてあげたて書いてあったような」


「恵兄ちゃん! 本当に? そがんとのあったと? 」


「うーん、文献を読むのは趣味やっけん、記録はしとらん。もう一度確認してみっけん」


「さーすが! 県の遺跡発掘の学芸員! 頼むよ! 」


 今まで、何の手掛かりも無い葉月の行方に、物語の様な不確かな手がかりであってもすがりたいと思ってしまう3人であった。



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