第23話 葉月の存在意義

*架空の病気の表現があります。現実にある病気の症状に似ている所がありますが、創作のための架空の病気です。苦手な方は飛ばしてお読みください。



「雨の日に焚き付けが湿ってるときとかよさそうだよね」


「さすが私の弟子だよ。何か異国の詠唱はカッコいいんだね! 空気まで綺麗になった気がするよ」


 女性陣のフォローが入る。優しい……。


 魔法が発動した事より、それまでの必死な行動が急に恥ずかしくなって、頭から布団をかぶってゴロゴロ転がってしまいたい衝動に駆られる。首まで赤くなり、その場で俯いて動かない葉月に男性陣からも声がかかる。


「な、なあハヅキ。俺、もっと魔法が見てみたい。ほら、ね?」


「うん。俺もー! ハヅキ、真っ赤だね? ポーズが変だったから恥ずかしかったの? あ、俺も一緒にしてあげようか? 」


 ドウはシリに口をおさえられてしまった。

 

「次、次に行くのじゃ。やってみないとハヅキの能力が分からないのじゃ」


 葉月はまだ顔を赤くしたまま頷いた。


はらえたまえ、きよめたまえ、かむながら守りたまえ、さきわえたまえ」


「心願成就!! ウインドウ!! 」


「心願成就!! ウォーター!! 」


「心願成就!! 土壌改良!! 成長促進!! 」


 洗濯物はカラリと乾き、台所のかめの中には水がなみなみと満たされており、畑の土はふんわりと柔らかく、作物は鮮やかに葉を揺らし一回り実が大きくなった。


 裏庭に面していた階段の上で皆が立ち上がる。心からの感嘆の声を上げて喜んでくれている。


「「「ハヅキ、すごい!! 」」」

 

「ハヅキは、連続で魔法を利用してもどうも無いのじゃろうか? 極小と判定されていたんじゃがの? 」


「うん。大丈夫そう! 魔力判定の時の方が気持ち悪かった位」


「どれくらい使えるかも見ていかないといけないから、このまま休まずやってみるのじゃ」


「ねえ。ハヅキは治癒魔法も使えるんでしょ? ペーンさんとハーンさん、治るかな? キックとノーイ、抱っこできるようになる? 」


 ドウの無邪気な質問にその場の空気が固まる。


 葉月も何故か返事も動くのも躊躇ちゅうちょしてしまった。ムーに言った様に自分が役立つ事に喜びを感じていた。それに治癒魔法が加わる。ショボい葉月の魔法に、失望されたら?皆に役立たずと思われてしまったらどうしよう。こっちの世界で家族になったのに。これからもっと仲良し家族なっていくはずだったのに。


「……ハヅキ。ワシたちは、ハヅキが治癒魔法を使えなくても誰も責めたりはしないのじゃ。ドウもハヅキの魔法に興味があるだけじゃよ。それに、ハヅキは魔法ができてもできなくても良いんじゃ」

 

 タオはそう言ってくれた。多分、ここにいる皆もそうだろう。なのに、不安が募る。


「……どうかな。どれくらいできるか分からないし、ほかの人の身体に干渉かんしょうするの、ちょっとだけ、怖い。物語の聖女様みたいにはできない事だけはわかるけど……」


「そうじゃのう。世話をしながらならどうかのう?まぁ、ハヅキは魔力極少だったし、身体強化でお世話するのが楽になる位じゃろうて。金貨1枚の元奴隷に聖女様の役割りは求めとらんのじゃ」


「ハヅキのお世話の仕方はスゴイよ。軽々と向きを変えたり、座らせたり、アタイ達からしたらそれこそ魔法みたいさ」


「ハヅキがお顔拭いたりするの、優しくて、ペーンさん達もキック達も気持ちよさそうだよ。だから、魔法も優しい魔法だと思う! 」


 皆の言葉で少しだけ気分が上昇した葉月は、ムーとシリに手を引かれ、ペーンとハーンの所に来た。2人は荒い息をして、目線だけで葉月を追っている。


 普通にお世話するのは自然にできていたのに。突然、本当に魔法が使えて身体の状態を改善できるかもと思うと緊張する。ほんのちょっと前ならポンコツな自分ができる事なんて誠実にお世話をする位だからと思っていた。


 祝詞は正直略式のものしか知らない。お正月に母の実家の神社を手伝う時「家内安全」とか「商売繁盛」とかの願い事一覧があった。あれを組み合わせたら有効な治癒魔法にならないだろうか。ダメ元でやってみよう!


 まずは女性のハーンからマッサージを始める。

「ハーンさん、ハヅキです。マッサージしながら、ちょっとだけ魔法を使いますね。いいですか?良かったら瞬きしてください」

 

 ハーンの瞼が開閉する。ハーンは痩せていて筋肉も落ち皮膚も乾燥している。タオの年齢から推測すると30代後半か。双子の丸い瞳とふっくらした唇はハーンに似ていると思う。呪いにかかるまでは宿屋や食堂の看板奥さんだったんだろう。


「ハーンさん、じゃあ、始めますね」


 葉月は39歳で亡くなった美しかった母を思い出す。


 葉月の母は実家の神社で巫女をしていた。父は神社の氏子で母が高校を卒業すると猛烈にアタックし、28歳と18歳で結婚した。父は10歳年下の妻を溺愛できあいしていた。母は20歳で葉月を出産した。


 そんな母は葉月と弥生を出産後、難病を発症した。徐々に筋力が落ちていく難病だ。葉月が小学校に上がる頃には介護用ベッドで寝起きをしていた。体調の良いときはベッドサイドに葉月と弥生を呼んでお揃いの手鏡を見ながら柘植つげくしで髪をいてくれた。


 今ならばヤングケアラーと言われていたかもしれない。家事や介護の一切を担っていた葉月は、母が亡くなった時、自分の役割が終わってしまった様に思った。弥生が18歳でシングルで出産したはるこうが居なかったら母を追っていたかもしれない。あの時は日々が忙しくて深く考える時間も無かった。まあ、家族の為と身を粉にして尽くしても、結局は利用価値が無くなったら家族の絆なんて脆いものだ。


 誰かの役に立ちたい。誰かに必要にされたい。私はここにいる理由が欲しい。

 

 お願い! 良くなって欲しい! ペーンさんとまた手が握れたり、キスできるようになって欲しい。キックとノーイを抱っこして、追いかけて笑ってほしい。お願い!

 

「かしこみ、かしこみ」

はらえたまえ、きよめたまえ、かむながら守りたまえ、さきわえたまえ」

大願成就たいがんじょうじゅ!! 悪病退散あくびょうたいさん!! 病気平癒びょうきへいゆ!! 」 

 

 おへそから臓器がバキュームされている。吐き気がする。あ、自分が無くなる……そう感じながら葉月の意識は無くなった。



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