第22話 魔法を使ってみよう

 役場等の手続きから帰り、留守番のムーに報告する。


「皆まとめて自由民になりましたよ。タオは子ども達の祖父になる手続きをしたかったみたいだけど、役場で子どもにはできるけど、孫にはできないんだって言われてました」


「自由民かい。おめでとう。アンタはタオじいさんに拾われて良かったね。めったに自由民にしてもらえるモンじゃないんだよ。それにしてもタオじいさんは、なんで孫にこだわるんだい。金目のモノを引き継がせたいなら養子縁組なんだろうけどね。年が離れてるから恥ずかしいのかね」


「さぁ?『これからは心の孫じゃ!』って言ってたから大丈夫なんじゃないですかね」


 奴隷では無くなった事が思っていた以上に快適だ。バーリック様の御屋敷から放り出されてからは、奴隷らしい事はしていないし何も言われなかったけど、心理的負担は軽くなった。 


 神殿からの帰り道、年甲斐も無くスキップをしたりして、シリに「踊ってるみたいに進める!」と大絶賛だった。シリとドウがすぐできるようになったのに対しカインは足を負傷し引きずっている人にしか見えなかった。自分だけできないのが悔しいのか「早足の方が早い」と言う主張をして三人が競争し、早々にタオの店に着くことになった。

 

 帰り道の子ども達の攻防を思い出し、ふふふと笑っていると、ムーが聞いてきた。


「自由民になった以外にも良い事があったのかい。ハヅキ、アンタ帰ってからタオじいさんの事『タオ』って呼んでるの自覚あるのかい」


「えっ。あ、成り行き上です。子ども達もそう呼んでるんで」


 意外にもムーはちゃんと話しを聞いてくれていたようだ。


「アタイは幼馴染だからね、タオじいさんの行く末を心配してんだよ。若い頃はタオじいさんも好きに生きていりゃ良かったけどさ、もう年だろう。それなのに、病人や小さい子どもも抱えて……。ハヅキもさ、自由民にしてもらった恩義ってもんもあるだろう。もし、良かったらタオの近くに居てくれないかね」


 ムーの思ってもみないお願いに葉月は居酒屋の返事の様に、やや食い気味に笑顔で答える。


「ハイ。喜んで。私は今は必要とされるのが嬉しいんです。タオだけでなくタオの店の皆に必要に思われる人になりたいです」


「そうかい、そうかい。でも、長く家族をやっていくには気負わない方がいいよ。家族はね、頑張るもんじゃないからね」


「はーい」


 あまり考えずに返事をしている葉月を、ムーは少し気遣わしげな表情で見ていた。その視線をとらえて葉月は自信ありげに言った。


「師匠。私、大丈夫ですよ。母の介護だって、私が物心付いてから、十九歳の時まで続きましたから。父も最期まで自宅で介護してたんですから」


「そう。ハヅキがそういうなら大丈夫なんだろうね。それに、何かあったらあたいに真っ先に相談するんだよ。ハヅキはアタイの弟子だからね!」


「はい」


「そしたらかまどでもつけてみようじゃないか。ハヅキは生活魔法が使えるんだね」


「はい。まだ何も使ってはいないんですけど」


 竈の中に小さい薪と乾燥したわらを準備した。さあ、初めての魔法だ。


「……あの、どうしたらいいんですか」


「あぁ。そこからだったね。私も種火の生活魔法位は使えるがね、人族じゃないし、あんまり上手ではないけどね。まあ、見てな」


 そう言うと、ムーは竈の中に向かって小さな声で歌いだした。三十秒位すると藁が煙を出し始め、ようやく燃え始める。


「こんなもんさ。はー、疲れたよ。火打石ならば、多くても十回で火が着くからね。アタイは火打石を使ってるよ。それに種火を取っていて消さないようにしてるからね、普通は使うことはまずないね」


 高級奴隷商人のグロンからあまり必要ない能力と言われたことを思い出す。いや、マンガや小説であるじゃないか。魔法はイメージが大事。授業中や作業中、空想や白昼夢の中で過ごすことが多かった葉月はイメージトレーニングはばっちりである。皆に裏庭に集まってもらう。危険だからと裏庭に降りる階段で見学してもらう。


 さあ、魔法のお披露目会だ。


「ファイヤー!!あれ?ファイヤーボール!!あれ?」


「ウィンドウ!!あれ?ウィンドウカッター!!あれ?」


「ウォーター!!あれ?ウォーラー!!発音でもないか……。ウォーターボール!!……でもない」


「ストーンバレット!!ストーンウォール!!はっ!夏休みに再放送であってた森の主はたしか……」


 葉月は畑の前に行き、しゃがみ込み力を込めて空に伸びるイメージで伸びあがり天にてのひらを向ける。


「んーー!!んあっ!!あれ?違う……」


 後ろの皆がざわざわしているのが分かる。ダメだ、集中力も大事!! 集中、集中、集中……。


「身体強化ー!!」


 葉月は裏庭を全速力(当社比)で走っているが、顔だけ全速力の感じを出しているが、遅い。とにかく足が交差されるのに時間がかかっている。裏庭を一周した所で、がっくりとうなだれ四つ這いの姿勢になって動かない。


 思わずシリが駆け寄ろうとするのを葉月は手で制し、手元の雑草に向かって叫ぶ。


「鑑定ーー!!」


 何も浮かばない。何故だ。姫も頭の中に浮かぶって言ってたのに。


 それに、せっかく教会で魔法を発動できるようにしてもらったというのに。タオがお布施を金貨一枚出そうとしたのを、銀貨一枚にしたからだろうか。だって「お気持ちで……」って神官様が言ったんだもの!


「のお、葉月よ。地球には魔法発動時の呪文や詠唱は無いのじゃろうか? ワシらはティーノーンの古代語で詠唱をしておるのじゃ。生活魔法ならば、略式の詠唱で『神様、お力を貸してください』と唱えているんじゃ。先のニホンジンも家門に伝わる呪文を繰り返して言っていたらしいのじゃ。葉月の家に伝わる呪文とかは無いのじゃろうか? 」


 ある。松尾家は神道だ。母の実家である鏡神社で祝詞のりとを覚えた。略式で良いというので略拝詞りゃくはいし奏上そうじょうする。


はらえたまえ、きよめたまえ、かむながら守りたまえ、さきわえたまえ」


 一陣の風が吹く。一瞬にして空気が清浄になったのをそこにいた全員が感じた。葉月は、強く願う。


「心願成就!!ファイヤー!!」


 ポフン。葉月の力強く前に突き出した手の平からマッチ大の炎が出て消えた。葉月の魔法が発動した瞬間だった。



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