第21話 ガネーシャの企みと姫の失意

「チッ!!」


 姫が葉月との通信を終了すると、ガネーシャから舌打ちが聞こえた。あからさまな嫌悪の表現に戸惑いながら尋ねてみる。


「ガネーシャ様。妾はあなた様に何かしたのだろうか」


「いやぁ。何か、使えねーと思って」


 ラウェルナが慌ててフォローを入れる。


「ガっちゃん!ちょっと、タイミングが悪かっただけでしょ?それに、私も事前に打ち合わせもしてなかったし、手続き間違っていたから。今から葉月が奇跡を見せたらいいんでしょ?オッキーが制限解除して、葉月がなんか特大魔法使ったり、疫病を治療して聖女になったら良いんじゃない?」


 ガネーシャが不満げな顔で体勢を変え、息長足姫とラウェルナにズイッと近付き圧をかけるような距離で話し始めた。


「えー。最初のインパクトが大事なんだよ。それに、チラッと見えたけどさ、大女でデブスのおばさんじゃないか!やっぱ、美幼女か、美少女か、シワッシワの小さいばあさんじゃないとビジュアルがねー。なんか、ありがたみって言うの?足んないんだよねー」


「妾は、ガネーシャ様は『聖天』で、困難や障害を取り除き福をもたらすとされる、豊穣や知識、商業の神様だと思っておったのだが、違ったのだろうか」


「それは地球のガネーシャだね」


「では、ティーノーンのガネーシャ様は?」


 姫の強い黒曜石の瞳が射るようなまなざしでピンクのガネーシャを見据える。


「はぁ? 僕はねピンクのガネーシャ!三倍速で願いを叶える事が出来るんよ。そして『ティーノーンのトップリーダー』なの!ティーノーンの神々に転生者を提供して、奇跡を起こして信者を増やすお手伝いをしてるんだよ。犯罪じゃないよ。信者を増やし、神気を増やし、神位を上げる。お金のやり取りじゃないからね。みんなハッピーになれるビジネスなんよー! 


 余計なお世話かもしれないけどオッキーも、もう少し信者さん増やしたらどう? 信者さんも日本のごく一部の地域でしょ?地球のガネーシャも欲がないけど、世界規模なのは知ってるっしょ?雑貨屋にもガネーシャのプリントされたTシャツとかもあるし。だから、願いを叶える力もあるんだよね。


 オッキーも、もっとさぁ僕とかラウェルナに出会えたご縁に感謝して夢を持って毎日をワクワクした気持ちで過ごせば成功するし、そのハッピーオーラに引き寄せられて更に幸運がやってくるんだよ。


 オッキーさぁ、神気が足りなくて声だけの通信でもギリギリだよねー?コレじゃぁ信者さん達も可哀そうだよ。僕を通してくれたら、こっちから地球に転生させて、オッキーが守護神になって小さいときに『神様とお話しできる子ども』として売り出せば、オッキーのカツカツの神気もこれからは爆上がり間違いなしよ。らうるんにもリベートの神気行くし。


 これからの時代、神々もネットワークビジネスで成り上がらないとね!あ、もし、僕の事を批判するならば、僕より神位を上げてからするんだね! 」


 ガネーシャは細い眼をにんまりと弓の様に細めて、ピンクの鼻を揺らす。姫は悔し気に眉間に深い皺を作っている。


「……葉月が気を付けるように言っていた奴ではないか。妾は、たとえ犯罪ではなくても信者を遊戯の駒の様に扱うのはごめん被る。ラウェルナには悪いが、ティーノーンのガネーシャ様とは妾は相容れぬようだ」


 ラウェルナと仲が良いガネーシャを批判はしたくない。犯罪ではないと言っているが、実際、葉月が奴隷になりかけていたじゃないか!暴れまわる心を必死で押さえる。ティーノーンの神界で暴れてしまうと、ティーノーンの神々だけではなく、地球の神々にも迷惑が掛かる。落ち着くために丹田呼吸法で集中する。


「らうるん。いつもつるんでる友達と違う感じの子だね?めんどくさいのはちょっとねー?今月順位下がってたから手ぇ出しちゃった感じ?ノルマに焦っちゃった?」


 ガネーシャの言葉が耳に入る。途端にカーッと全身が熱くなるのを感じる。まずい。もう、ここには居たくない。


「失礼するっ!!」


 息長足姫は地球の神界を目指して走り出した。後ろは振り向かない。


 初めてできたと思った友達に裏切られた。いや、ラウェルナにとっては友人でもなかったのだろう。顔が汗ではないもので濡れている。いつの間にか日本の神界にある自宅にたどり着いていた。


 裏山の滝に着物も脱がず飛び込んだ。冷たい滝の飛沫が顔に当たる。温かだったラウェルナの小さい可愛い手を思い出す。柔らかで、苦労を知らない手だった。ガネーシャと同じ手だ。誰かに苦労させて、自分は甘い汁を吸う。やはり盗人や詐欺師の守護神だ。自分を陥れるために、ふりまかれた蜂蜜の様にとろける笑顔。その笑顔を向けられることに喜びを感じていた自分を殴り倒したい。


 冷たい水の中に潜る。深く潜る。滝つぼの対流にわざと身を任せる。浮いたり沈んだりしながら死を感じる。意識が朦朧もうろうとしてきた。神は死んで、また生まれ変わる。ラウェルナの事をけがれとして払ってしまいたかった。それなのに、ラウェルナの柔らかく細い体を思い出す。神となって長い長い間、誰にも触れられない高貴な者として振舞っていた。ラウェルナとの抱擁は怒り狂う武の女神の気持ちを一瞬で凪に変えてしまった。一度知ってしまうと、忘れられなかった。いつの間にか底流に流され、浅瀬に打ち上げられていた。


 息長足姫はのろのろと起き上がり、水に濡れて重い着物をそのままに、母屋に行き使用人に湯あみの準備をさせた。数人の使用人が心配げに手拭いで濡れた髪や身体を拭いてくれる。


 湯につかり自分の白い絹の様な肌に湯をかける。まだまだ若く美しく艶やかだと自分でも思う。神になって久しい夫や子どもの事を思い出す。誰かと触れ合ったのはいつぶりだったのだろう。ラウェルナに依存するように信頼したのは、自分が寂しかったからなのかもしれない。

 

 夫や自分の血脈は脈々と受け継がれ繁栄の礎になっている。今は、人々の安寧あんねいを願い、祈る日々だ。出かけるのは、日本神話支部に呼び出しがあった時位だ。


 久しぶりに強い力で祈祷され引っ張り出されたのが、葉月だった。アレは長く仕えてくれている巫女の末裔だろう。ガネーシャが言うように、信者を増やす努力が必要なのかもしれない。だが、ラウェルナの事もある。今は新しい人脈や知り合いを増やすより、堅実に今の繋がりを大切にしよう。今までの様に、できることをひとつずつやり遂げよう。


 葉月は見ていて楽しい。突拍子の無い事ばかりするが、裏も悪意も無い。今日、葉月と手鏡で話すのが楽しみになってきた。まずは、食事をして、薬湯を飲んで、仮眠を取って少しでも神気を溜めよう。

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