第20話 ガネーシャとラウェルナ

 息長足姫おきながたらしひめはピンク色を基調にした極彩色の部屋にいた。熱い風に乗ってみずみずしい果物の香りを集めたような香がたかれている。

 

 部屋の中央には、金色に輝く豪華な長椅子にしどけなく寄りかかるピンクの象がいた。


「……ガネーシャ様? 」 


 姫は地球で見かけたことのある神の名前を思わずつぶやく。


 ピンクの象はゆっくりとこちらを見た。象の頭と4本の腕、太鼓腹と人間の体。どこからどう見てもヒンドゥー教のガネーシャ様だ。

 

 ラウェルナが親しげに話しかける。


「ヤッホー! ガっちゃん、お邪魔するねー!」 


「ヤッホー! らうるん、元気してた? 急に訪問するって聞いて心配してたよー。何? トラブルとか?」


「あー。うん。また、追々話すね。それより、この子日本神話支部の息長足姫。オッキーって呼んであげて」


 二人はハグをしている。ラウェルナは小柄なため、すっぽりと覆われている様だ。ガっちゃんと呼ばれたガネーシャ様は、姫と目線を合わせ自己紹介をする。


「こんにちは。初めましてー。ティーノーンで神様やってます。ガネーシャだよ。地球のガネーシャの分身体。よろしくっ」


 差し出されたピンク色の手と握手する。ガネーシャ様は男性だが、ふんわりと柔らかく、思わずやんわりと握る。常に剣や弓を持って鍛えていてタコやマメがある大きく硬い息長足姫の手だと傷つけてしまいそうだった。見た目は全然違うのに、ガネーシャ様とラウェルナの手は大小の差はあるがそっくりだった。


「あのねー、あ、ここに座るね。オッキー、ほら、絨毯に上がって、このプフに座ったらいいよ。絨毯に正座の方が落ち着く? それで大丈夫。うん」


 ガネーシャが長椅子に座り、ラウェルナはプフに座り正座した姫の両手を優しく撫でて落ち着かせる。ラウェルナから話を始めた。


「あのねー、ちょっと言いにくいんだけど。転生者をね、地球から送ったんだけど、詐欺なんじゃないかなーって疑いがあってね、その誤解を解くためにここに来たの。ガっちゃんを疑っているわけじゃないんだけど、はっきりさせた方がお互い良いかなって思って」


「そうか。らうるん、どこが詐欺みたいに思われてるのかな? 」


「そうね『親』とか『子』がいて神位が上がるってトコかな。確認したけど、転移させたら神位が上がることは無いっていわれたのぉ」


 姫は俯いてぎゅっと握った拳を膝に押し付ける。自分が悪いわけではないのに、責められているような気分だ。ガネーシャは、長い鼻をゆったり揺らし笑った。


「あー、それな。転移させただけでは神位は上がらない」


「なっ! そんな! 妾はもう転移させてしまったのだ!! 地球に帰してやることはできないのか?! 」


「オッキー。落ち着いて。ガっちゃんのお話を最後まで聞かなくちゃ。大丈夫。私が付いているわ」


 ラウェルナは姫の肩を抱き、背中を擦ってくれる。じんわりと伝わる体温が姫を少しづつ解していく。


「転移させただけではって言ったっしょ。転移して、ティーノーンの神々の信者を増やす事が大事なんよ。後さ、転移してしまったら地球には帰れないよ。研修で習わなかった? 」


 姫は衝撃の事実に首を横に振るだけだった。


「えー? 私は覚えてなかったな。戻れなかったら、どうしてあげたらいいのかしら? 」


「そうだねー。研修の時は『均衡を保てなくなるから』とか言われて、オッキーは制限付けてない?」


「あっ! 付けてるぞ!! マニュアルに沿って転移させたからな」


「そう。そうなんだ。その制限を付けるとちょっと困るんだよね。何でかって言うと、寺院や教会で奇跡が起きることが信仰を集めるのに効果的なんだよねー」


 姫は頷き、話を促した。


「だから、オッキーの転移者さんが寺院や教会に行くときに、チョーッとだけ制限を外してくれるだけでいいんよ。

オッキーが選んだ転移者さんだから、性格も良いはずだから、行った先を殲滅せんめつしたりしないでしょ。ティーノーンの神々もね、信者さんを増やさないと神位が上がらないからさ。転移に昔から協力的なんだよ。だから、オッキーが送った転移者さんが、寺院や教会で奇跡を起こせば信者さんが集まるから判定の儀の前がいいかも」


 ラウェルナが少し慌ててガネーシャに尋ねる。


「ガっちゃん。私、間違ったかも。ナ・シングワンチャーの領主様の所に行ったら大切にしてもらえると思ってたけど、あそこの領主様って短気なんだよね。オッキーが制限付けてたら怒って●しちゃうかも」


「えっ?? それは本当か? 葉月は大丈夫なのか? 」


「オッキー、神気は溜まった? お話しできそう? 」


「あぁ。多分大丈夫だ。やってみよう」


 姫は懐から手鏡を取り出し、葉月に呼びかける。


「葉月よ! 応えてくれ!! 葉月!! 葉月!!! 」


 姫の叫びにも似た呼びかけに、ゴソゴソといった雑音に交じり声も聞こえてくる。


「もしもーし。姫ですか? 」


 その間延びした返答に姫は安堵し、床に座り込んだ。放心状態の姫に代わってラウェルナが話しかける。


「ローマのラウェルナです。初めましてー」


「げっ! あの……息長足姫がいつもお世話になっております。姫、大丈夫ですか? 代われますか? 」


「オッキー。代われる? ハヅキが話したいって」


「……葉月よ。無事か? 」


「姫ー!! 色々あって何から話したらいいかわかんないよ。


 とにかく領主さまに、奴隷にされて放逐って言われて高級奴隷になれなくて、庶民の奴隷にもなれなくて困ってたのね。その時、亀のお兄さんが私を買い取ってくれたの。


 で、亀のお兄さんの家で、コツメカワウソの獣人さんたちを介護して、双子の孫のお世話するのが仕事なんだ。また、その双子が可愛いの!!その他にも子供が3人いてね、9人家族なんだよ。


 今日はね、みんなで役場に自由民になる手続きに来たの。一人金貨3枚。私、金貨1枚だったのに!


 その後ねナ・シングワンチャーの大神殿に行って。それで、ショボい魔法使えるようになったよ! あ、姫が授けてくれた魔法やスキルショボいって言ってごめんなさい。それで『ステータスオープン』って言ってもボード出てこないんだけど、手の向きとかが関係あるのかな? 結構恥ずかしかったからさ……」


 あぁ。葉月だ。支離滅裂に早口でまくし立てるように言っているのは通常運転だから、変わりないのだと判断した姫は安心する。状態確認が終わったので、もう一度ガネーシャと話し合う必要がある。


「止まれ! ハヅキ! 時間が足りなくなる! ステータスオープンと言っても見えないぞ。頭で感じ取るのだ。妾との会話もなれると念話の様にできると思う。映像は手鏡を通してではないと、妾の負担が大きくなり話す時間が短くなるのでもうしばらくは手鏡に話しかけるようにすればよい。仕事をするなら、夜寝る前に定期的に連絡しなさい。いつも見守っているからな。葉月よ。達者で」

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