第17話 葉月の介護技術
長い長いタオの話は十二時の鐘の音で終わった。
「長い話ですまんかったの。さぁ、昼飯でも食べる事にするかの。食べ終わったら役場にいくのじゃ」
昼ご飯はこちらでは簡単に済ませるようだ。温めた豆乳スープと麩菓子の様な揚げパンだ。ほんのり塩味の豆乳スープは豆の香りがして、食べやすい。ペーンやハーンの昼食のお世話をしていると、ムーがやってきた。午後から出かけるので、お世話をお願いしていたようだ。
「へぇ。ハズキ、あんた器用なもんじゃないか。座らせるのは難しいんだよ。ズルズル滑っていくしさ。それに口の中に器用に入れるもんだね」
「母を小さい頃から看病してましたからね。お世話を学ぶ学校にも行きましたし。落ちこぼれでしたが……」
葉月は介護福祉士を受験できる高校に通った。とても不器用だったが、何回も何回も繰り返しやって技術的にはクリアできた。しかし、どうしても筆記試験が合格水準に達しない。
今年の学校のパンフレットには「十年連続!介護福祉士国家試験、福祉クラス全員合格!!」とある。来年は連続記録がストップしてしまう。担任は葉月に目立って辛く当たった。まるで葉月が中退してしまえば、連続記録が守られるように聞こえてしまう。
葉月は悩み弥生に愚痴を言う。弥生は成績が良いし、運動もできる。それに学校を越えて美少女で有名なので、きっと悩みなんてない。だから弥生にとっては下らない話しかも知れないが、ただ聞いてもらうだけで、次の日も学校に行けた。
父が学校に呼ばれた。進路指導室に通された。何故か、県で1番の進学校の制服のまま弥生も学校を早退しついてきた。
担任曰く、葉月の勉強に対する態度がクラスメイトに影響し、士気を削いでいると言うことだ。合格は難しいので受験をするのをやめてほしいと言われた。受験を取りやめるならば、ヘルパー三級を持ち卒業ができる。受験して不合格ならば、留年し来年度再度受験になると言われた。父も葉月も、合格が難しいのなら受験をやめる事を考えていた。
「先生もう少しお話し伺えますか」
弥生は担任に校長と学年主任を呼ぶように伝える。そして話し合いを録音する了承を得た。父と葉月はこれ以上大事にしたくなくて弥生の袖を何回も引いている。先生方は最初は妹が姉を思い精一杯頑張って虚勢を張っていると感じたのか「どうぞ、どうぞ」と軽い感じだった。
「あのね、お姉さんは卒業テストで合格できなかったの。留年は可哀想だから卒業まではさせてあげようと言ってるの。受験して落ちたら、留年だからね」
「ではお答えください。貴校に福祉コースができてから国家試験を受け不合格になった生徒は全員留年になりましたか?私が調べました所十三人程いらっしゃいましたが皆さん留年はせずに、ご卒業されていました。貴校の実習先の施設長をされている方もいらっしゃるので、不合格だからといって資質がないとは言えないと思います。
また、私が全国の介護福祉士受験資格取得できる高校に問い合わせました所、受験が不合格でも受験資格を持ち卒業する事ができると聞きました。これは管轄の初等中等教育局参事官(高等学校担当)付産業教育振興室 助成係 にも問い合わせ確認ができております。以上の事から、少なくとも受験をした後に不合格だったからと、留年になるというのはおかしいと思います」
担任が、イライラした様子で答える。
「だぁかぁらぁ!松尾さんが成績悪すぎて卒業できないって言ってるでしょ。模試の点数が悪いから、受験しても合格できないの。無駄なの。そんな松尾さんがクラスにいたら、合格する為に一丸となっているのに、和が崩れちゃうでしょ。卒業をさせてやるから、無駄な努力は辞めて、クラスのジャマをせずに、大人しくしていてくれとお願いしてるのよっ」
「卒業をチラつかせて受験をさせないのは権利の乱用に当たるのではないでしょうか?校長先生、私はこのテープを持ち、県の教育委員会に相談に行こうと考えています!!」
ビシーッ!! と効果音がつきそうな指差しを教師陣に向け、弥生が立ち上がる。父と葉月は慌てて弥生を座らせた。
「なっ!妹さんはそんな事を言っても良いのですか?貴女の発言でお姉さんが学校に居づらくなるのを考えた方が良いと思いますよ!貴女の学校の校長にも伝えて指導してもらわないといけませんね!」
校長は激怒していた。弥生は静かに言った。
「どうぞ。憲法は『その能力に応じて,ひとしく教育を受ける権利』(憲法二六条一項)を保障しています。姉は健康で意欲もあり授業を欠席した事はありません。また低い点数ではありますが、定期テストはクリアしており、受験できるカリキュラムは履修済みです。本人が受験する意思があるならば受験可能だと考えます。実際、受験票も受け取っています。これは受験可能と学校が判断し、申し込みをおこなったのではないでしょうか?
また『教育は、子どもが生きるための多様な能力を発達させ、自他の尊厳や人権を尊重しつつ社会に参加していく力を育てるものであるべきである(国連子どもの権利委員会一般的意見一号)』とあります。
先生方は教育者でしょう?姉を育て導いて頂けると信じております!」
弥生は捨て台詞を言い、丁寧に頭を下げ帰り際に満面の笑みを残して帰っていった。父と葉月は弾むように歩く弥生の後ろを重い足取りで進む。
「お父さん。私、明日から学校行きとうなか……」
「あぁ、分かるばい。葉月がしたかごとよかよ。卒業まで後二ヶ月ちょっと、保健室で乗り切ってくれたらよかけん……」
その日から担任からは何も言われなくなった。しかし、クラスメイトからの同調圧力に負け、介護福祉士国家試験の受験はしなかった。
翌年の学校案内パンフレットには「十一年連続!!介護福祉士国家試験受験者全員合格!!」とあった。
弥生は泣きながら父と葉月に食って掛かった。
「葉月!悔しくなかと?なんでそこで見返してやるって頑張らんやったと?信じられん!学校ば訴える弁護士も決めとったとけ!お父さんも、意気地無したいね!娘に悲しか思いさせて!」
「ありがとう。弥生。私の気持ちを考えて我慢して何も動かないでくれて。私ね、誰かに嫌がられるとが嫌と。私が受験せんやった事でクラスの皆が受験しやすくなるぎん、そいで良かったとよ」
あの時もう少し勇気を出して真剣に受験に向き合っていたら……。ペーンやハーンにもう少し上手な介護ができたのではないかと二十五年たって初めて後悔をした。
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