最終話

 その後。

 警備員には「佐々木次長は失踪していると聞いて、私から別の広報課の方に連絡して約束しているつもりになってましたけど、どうやら話が通っていなかったようです。鍵が開いていたので、先に担当者が地下空間で待っているかと思い、入らせてもらいました。堪忍してください」と頭を下げた。

 かなり強引な説明。警備員は当初、随分と怪しんでいたが、こちらの社名と役職、今回の訪問趣旨(建前ではあるが)を伝えたら、渋々解放してくれた。

 本来だったらあり得ないことだろうが、京都が本社で全国的にも名が売れている会社の部長と課長。事を荒立てないほうがよい相手と判断したのだろう。

 ちなみに。

 後日、高島屋の本当の広報担当者から連絡があり、改めて視察を行ったうえで、会社の事業の1つになっているジュエリー部門の販促会で定期的に活用させてもらっている。


 そして、岸原からのメール。

 ムチャぶりの冒頭の続きには、用件が2つ。

 ひとつは、私たちへの注意喚起。

 “さっきも言うたけど、あの世への始発駅は全国にある。計画までで終わった駅や廃駅は案外多いから、気いつけて。近畿でも堺筋線だけかと思うたら、ほかにもいくつかある。立場上、どの路線とは言えないけど、僕から伝えられることは、ぽっかりと空いてる席には座るな、間違っても寝るな。それだけや。鉄オタになったら、やけどな(笑)”。

 そして、もうひとつ。残された鉄道資料について。

 “部屋に残した鉄道関連の資料、君と小山部長に託します。出張時の路線確認に役立つかもやし、何より建物好きなら駅オタの素質アリやから、活用して下さい(笑)。ただし、鉄オタになったら電車では寝ないように。なお、もし不要なら鉄オタ仲間に声をかけてもらえると助かります。もちろん、僕の現状は言わんといて下さい”

 そのほか、家財道具の整理や部屋の売却についても書かれていたが、その辺りは小山に任せることにした。私が単独で動くより会社として対処したほうが、何かとスムーズだろうと判断したからだ。


 「そうか。君は建物好きか」

 警備員から解放され、高島屋東別館を後にした私と小山は、JR京都線の新快速に乗車。岸原からのメール内容を共有し、事後処理について話していた。

 「詳しくはないですけど」

 私は後頭部を軽く掻いた。照れ隠し。

 「でも、確かに駅は嫌いじゃないです。新旧様々な建造物がありますし、意匠が凝っている物も多いですし。岸原の資料を少し、譲ってもらおうと思います」

 「それがいい。岸原も望んでいることだ」

 小山が遠い目で車窓を見る。

 「今回の件では、上司としての自分の至らなさを痛感したよ。まさか岸原が、あんな思いを抱えているとは」

 「それは私も同じ思いです」

 よく飲んでいた仕事仲間。気が付けなかった自分が悔しい。

 「だが、言っても仕方ない。我々は、我々にできることをするだけだ」

 小山の目に力が戻る。

 「そうですね」

 私も小さく、息をついた。

 「岸原のことですし、クヨクヨしてるとこ見せたら“これやから京都人は”って、理不尽に言われてしまいます」

 「ははは、ありえるな」

 小山が笑った。珍しい。

 「そういえば部長、転生モノがお好きなんですか」

 「あー……知られてしまったなぁ」

 小山が照れくさそうな笑み。

 「高校の時だったか、半村良の『戦国自衛隊』にハマったんだ。それからSF小説を読むようになって、コミックスにも手が伸びて、気が付いたらコミケの常連になっていた。最近だとライトノベルで転生モノが多い。なかなかに面白いんだ」

 「部長がラノベを? 意外です」

 「そうかぁ? いや、そうだろうな……あ、会社では言わないように」

 小山が普段の表情に戻った。

 「なんでです?」

 「私へのイメージが変わるだろう」

 「……そうですねぇ」

 親近感は増すかもしれないが、威厳はなくなるかもしれない。

 「わかりました。黙っときます」

 「よろしく頼む」

 「聚楽第の純米大吟醸で手を打ちます」

 「佐々木酒造さんのか?」

 「一番高いので」

 「1万円超すんじゃないか? 君もえげつないなぁ」

 「嘘ですうそです、生中2杯で結構です」

 「急に手ごろ」

 小山がツッコミ。話してみると、意外と面白い。人にはいろんな面があるものだ。

 「わかった。それなら今日のうちに奢る。帰りに寄っていこう」

 「お願いします」

 小山が頷き、スマートフォンを取り出した。すでに時刻は16時45分。就業時間15分前。会社に直帰のメールをするのだろう。

 「これから、私とともに営業全体を見てほしい。岸原のように、とは言わないが、時おり情報共有しておこう」

 メールを打ちながら飲みへの誘い。ありがたい。

 「かしこまりました」

 「あぁ、それから」

 手を動かしつつ、小山が厳しい顔つきになる。

 「勤務時間中にカフェへ行くのは悪くないが、長時間利用は避けるように」

 「はい。肝に銘じます」

 それほど長居をしたことはないが、反論しても詮無いこと。私は小さく頭を下げておいた。

  

※※※※※


 「あれから5年か」

 小山がビールの入ったグラスを手にしつつ、呟く。

 「早いもんですねぇ」

 私もお猪口を片手に答えた。

 2024年8月23日。金曜日。

 私と小山はいつもの個室居酒屋に来ていた。

 「岸原がいなくなって、一時はどうなるかと思ったが、まぁなんとか持ち直した」

 岸原がいなくなってから1か月後、平山を急遽、係長から課長代理に昇進させ営業二課を任せた。それなりに仕事は回っていたが、サボり癖のある人物。嫌気が差したのか、中堅・若手の有望株が何人か退職するなど、想定内とはいえマイナス面も少なくなかった。

 それでも、小山と私が営業部全体のまとめ役となり、コロナ禍による痛手も最小限に食い止めた。近畿における営業成績はコロナ禍前の水準を少し超えている。

 「もぅ、私がやるべきことはないな」

 小山が座っている席の横に置いた、大きな花束へと視線を落とす。

 還暦を迎えた今日、小山は定年退職で会社を去る。65歳まで嘱託社員として働けるが、やりたいことがあるらしい。

 「いつから出発です?」

 言ってから、私はお猪口に口をつけた。

 「来月は少しのんびりさせてもらって、10月には出ようと思っている」

 小山が顔を上げ、ビールを飲む。

 「秋らしい気候になってるとよろしいですねぇ」

 「そうだな。紅葉も楽しみたい」

 歳月は人を変える。

 この5年間で、私のみならず、小山も鉄オタの仲間入りを果たしていた。

 私は、岸原がメールで書いていたように駅オタ。そして小山は……。

 「しかし電車の旅はいいな。今いる場所からまったく違う場所へ連れて行ってくれる。異世界に行った気分になれる」

 転生モノの世界を体感できると、乗り鉄になっていた。10月からはゆっくり時間をかけて、全国を鉄道で巡る旅に出るらしい。

 「妻にも今まで夫らしいことをできなかった。“やっと私を旅行に連れてく気になりましたか?”と言われてしまったよ」

 小山が苦笑気味に打ち明ける。

 「夫婦でおんなじこと楽しめる。いいことです」

 私は頷き、お酒を飲む、続けた。

 「私と嫁さんも、最近は一緒に駅を見に行きます」

 「ほぅ。夫婦円満だな」

 「あちらさんは駅よりも駅の近くにある美味しいもんが目当てですけど。付き合ってくれるだけで良しとしてます」

 「それがいい」

 小山が笑って、ビールを飲みほした。

 グラスを置き、真面目な顔になる。

 「後のことは、頼んだぞ」

 「かしこまりました。力不足ですが頑張らせてもらいます」

 「何を言っている。これからは君が部長だ」

 平山は別地域の子会社に出向。岸原が育てていた中堅・若手を課長や係長に抜擢し、営業一課は再スタートを切った。私が課長だった営業二課も直属の部下を課長に据えた。これからは奈良や和歌山を担当している営業三課も見ていく必要がある。今まで以上に苦労は絶えないだろう。

 「少し荷が重い気もしますけど」

 「馬鹿を言っちゃいけない。君以外に適任者はいない。しっかりと社業を盛り立ててくれ」

 小山が笑顔で私の肩を叩く。

 「かしこまりました」

 私は返答しつつ、地下空間で会った岸原にも肩を叩かれたことを思い出していた。

 「岸原の分も、気張らせてもらいます」

 私は笑顔で頷いた。


※※※※※

 

 電車に乗った際。

 なぜかぽっかりと空いている席が、なんて時がある。

 他はすべて埋まっていて、立っている人もそれなりにいるのに、空いている。

 自分だけに見えていて他の乗客には見えてないのか、などと思ったりして。

 無論、気がついて座ろうと近づいた途端、別の客に先を越されることも多い。

 「まぁ、そんなもんやろなぁ」と思う。


 ただ、誰にも座られず、すんなり座れてしまうこともある。

 乗車時間が長い時などは、ありがたいことではある。

 だが、こんな時は、少し気を付けた方がいい。

 ましてや、居眠りなどはしないほうがいい。


 鉄オタならば、なおさら。



※※※※※


(掲載当初に記載しておりました「あとがき」は近況ノートに移しました)

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電車で眠ってはいけない理由 ―幻の駅― 小若菜隆 @kowakanataka

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