12(終) 祝勝会兼退院おめでとう会
クラウドファンディングで失敗したらどうなるのか。小鳥に尋ねると「失敗したときのことを考えるとひたすら病むから失敗したときについての規約は見てない」という大変力強い答えがかえってきた。
あと2万円。あと2万円振り込まれれば、「猫用・南の島の別荘」を作る目処がたつ。そしてクラウドファンディングにお金を投げてくれた人たちに製品を届けることができる。
ノートにもクラファンがあと2万円である、そろそろ期限である、と書いた。しかしビックリするほど反響がない。お金の無心だからだろうか。
迎えた日曜の夕方、突然父からメッセージが来た。
「お前と小鳥ちゃんのやってるクラウドなんたらって、スマホのポイポイ使えるのか?」
ポイポイというのは今流行りのキャッシュレス決済である。父にそんな高尚なものを使える知恵があるとは思わないのだが、使えるよ、と答えた。
「そうか! 夕飯のとき愛野さんに教えてくる!」
なぬ。
そのメッセージをスクショして小鳥に送ると、「なぬ」という返事が来た。そしてその数分後、小鳥から「300万、達成した!」とメッセージが来た。
なんということだ、いちばん高い「猫用・南の島の別荘」コースの5万円を、滑り込みで支援してくれた人がいたのだ。感激して泣きそうになった。
いますぐ小鳥のところに行って喜びを分かち合いたかったが、トラジマコーサクがお腹の空いた顔をしていた。食べさせてさあ出かけようとしたら、トイレに入って踏ん張り始めた。結局僕が行くより先に小鳥が来た。
「ねえ、明日ガクのお父さんと愛野先生と、うちの家族で祝勝会兼退院おめでとう会しない? ガクのお父さん、もうずいぶん長いこと入院してたじゃん」
「うん……そうだね、僕が高校を卒業したころから、ずっと入院してた」
「じゃあやっぱりお祝いしようよ。愛野先生もついでに!」
もう病院は消灯の時間だと思われたが、父にメッセージを送っておいた。翌朝、父から「愛野さんめちゃめちゃ喜んでるぞ」と返信が来た。
しかし祝勝会兼おめでとう会ってどこでやるんだ? と思っていたら小鳥が我が家の住居スペースに上がってきて、唐突にキノコの炊き込みご飯を炊き始めた。そのうえナスの揚げ浸しだの鶏の唐揚げだのをドンドコこさえている。
「料理は科学技術だからね、モノづくりとおんなじだよ」
そう言いながら小鳥はフライドオニオンリングを揚げている。どうやら我が家でやることになりそうだったので掃除機をかけたらトラジマコーサクはビビり散らしていた。
我が家の、しばらく使っていなかった茶の間を掃除して、テーブルを拭く。次から次へと魔法のように出来上がる小鳥の料理を並べていく。いい匂いがする。
「コーサクのぶんも作るからね」
小鳥はオーブンでササミを焼き始めた。マジでなんでも作れるんだな……。
僕は車を出して、父と愛野先生を迎えにいくことにした。病院に到着すると、愛野先生はアロハシャツにタイトなデニムパンツ、父はおじさんくさいポロシャツにスラックスという姿で待っていた。
「おーガク! わざわざ退院おめでとう会を開いてくれるんだって?」
「小鳥の発案だからね。もしよろしければ愛野先生もいかがですか」
「もちろん参加します。家族には伝えてありますので心配なく。祝ってくださる方がいるというのは嬉しいことです」
それから、と愛野先生は続けた。
「猫用・南の島の別荘、コンセプトを見たらうちの猫がすごく喜ぶやつだと思ったんです。家に12歳になる猫がいましてね、とにかくエアコンが嫌いで」
やっぱりお金を入れてくれたのは愛野先生だったらしい。頑張って作ります、と答えて、我が家の裏に車を停める。
もうすでに小鳥の両親は到着していた。なぜか部品屋の親父殿までいる。これから乱痴気騒ぎが始まるのは間違いないと思ったが、なんと親父殿も下戸で、父と愛野先生は病み上がりなのでお酒は出ないことになった。小鳥のところのおじさんだけ悔しい顔をしている。
トラジマコーサクは部品屋の親父殿に愛想を振り撒くので忙しそうだ。父が入ってくると尻尾を膨らませて「シャーッ!」と激怒したが、その後ろに愛野先生がいることに気付いて唐突にお利口になった。
「お前がコーサクかあ。元気いっぱいだな」
父さんが手の匂いを嗅がせる。
「すっかり元気そうですね。ずっと心配していたんですよ、子猫で肺炎というのは危険なので」
愛野先生はトラジマコーサクをヨシヨシした。コーサク的には普段ならスクラブシャツの愛野先生がアロハを着ているのが不思議らしい。
よく見ると愛野先生はゴツいシルバーアクセサリーまでつけていた。十字架だ。やっぱりこの人、キリストに救われた元ヤクザかなにかなのではないだろうか。いや獣医師なんだけど。
「はーい食事できましたよお! ノンアルもありますよお! みなさん席について!」
小鳥のところのおばさんがそう声をかけた。みんなテーブルに向かう。
小鳥が音頭をとって、ノンアルビールで乾杯することになった。
「クラファン300万達成と、ガクのお父さんと愛野先生の退院を祝しまして、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
みんなで乾杯する。
その日は人間は夜まで身動きできないほど、しこたまご馳走を食べた。トラジマコーサクも、ササミせんべいをもらってご機嫌だった。
そして次の日から怒涛の組み立て作業と怒涛の発送作業が始まったのは言うまでもない。
そのあと、安定して自動猫じゃらし機や猫用・南の島の別荘を受注生産することになり、トラジマコーサクのおかげで、働くところのなかった僕らはちゃんとした稼ぎを得たのである。(おわり)
ねこ社員トラジマコーサク 金澤流都 @kanezya
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