11 クラウドファンディング

 父からのメッセージには、こう書かれていた。


『愛野さんに聞いたら、もしかして蚊に刺されてビックリしたんじゃないか、って言ってたぞ』


 確かに、人間だって蚊に刺されれば不快だし、猫にとってすれば蚊はちょっとした注射くらいの大きさなのかもしれない。痛いとか痒いとか気持ち悪いとかでビックリした、というのはありえることだ。

 それに、確かにあのあと、僕はどこも刺されていないのに血でパンパンの蚊を潰した。あれはトラジマコーサクの血だったのかもしれないと考える。


 フィラリアの予防、やっといてよかった〜!!!!


 小鳥にメッセージを送る。もしかしたら蚊に刺されてビックリしたのかもしれない、動物病院に行ったら肺炎と診断されて薬と注射をしている、と。父にも肺炎のことや薬を出してもらっていることをメッセージした。


 少しして、小鳥から『そっか、それは大変だったね』と連絡が来た。父からは『愛野さんとは食堂で一緒になるんだけど、肺炎だって言ったら栄養をとらせて休ませろって言われたぞ』とメッセージが来た。


 次の日も、僕はトラジマコーサクを動物病院に連行した。鼻ピクピクはおさまり、やや元気になっているがまだ要注意だという。ブスリと1発千円の注射をされた。

 帰ってきて、動物病院のレジで売っていたエナジーちゅーるを与えてみると、大変うれしそうにペロペロと食べた。安堵する。ちゅーるが食べられるようになって、心の底から安心した。


 その日、小鳥が夕方にやってきた。


「心配かけてごめん」


「こっちこそ不安を煽るようなことしてごめん」


「ううん、動物と暮らすかぎり不足の事態というのはどうしても起きるから。元気になった?」


「いくらかは。まだ気を抜いちゃいけないけど」


「そっかあ。そうだ、さっそく図面を引いたんだよね」


 小鳥はリュックからパソコンを取り出し、機械の図面を引くためのソフトを起動した。僕にはさっぱりわからない、複雑な機械の構造が描かれている。


「これさ、いまの弊社の財力じゃ、ちょっと作るの厳しそうなんだよね」


「あー……親父殿のところで買えないパーツとかも?」


「うん。だからクラウドファンディングしてみようと思うんだ。『猫用・南の島の別荘』を実際に作って、お金を払ってくれた人に手渡すなら、それが最善手だと思うんだよね」


 く、クラウドファンディング。


 商店街の名画座が閉館の危機を救ってもらった、すごい仕組みということは知っている。しかし弊社がそれをやって充分な予算を集められるだろうか。


「もちろん『猫用・南の島の別荘』が欲しい人だけじゃなく、自動猫じゃらし機とかアクスタとか缶バッヂとか、ガクの書いた薄い本とかも少額で返礼品としてお返しできるようにするの。それならいいんじゃない?」


「うん……僕はそういう難しいことがよく分からないから、小鳥ができるならそれで……いや。やろう、ぜひやろう」


 僕が弊社の社長なのだ、僕が決断しないでどうする。そう思っての発言だったが、小鳥はちゃんと納得したようだった。

 それから、と小鳥は笑顔で続けた。


「たぶん、ガクの書いてるトラジマコーサク日記、ノートっていうブログサービスに載せたら、そこそこ儲かると思うよ」


「……?」


 小鳥は「知らんのかい」という顔をした。僕は言われるままにノートというアプリを入れ、アカウントを作り、ボヤイターと連携した。

 これは有料記事も作れるらしい。僕の文章にそういう価値があるとは思えないので、無料記事を書いて読者を集めることにした。

 とりあえずコピー本にしたぶんを、まとめて掲載してみる。掲載したことをボヤイターにシェアしたら、ブワーッといいね的なボタンを押されて、注目記事のところに載ってしまった。


 ◇◇◇◇


 小鳥が、クラウドファンディングを始めた。僕は難しいことは分からないが、「うたうとり商会公式ノート」という名前の僕のノートにクラウドファンディングの記事を載せたら、それが動線となってドンドコお金を送られているらしい。

 目標金額は300万円だが、あっという間に100万円集まってしまった。それでむしろ不安になる。本当に成功するのか?


 クラウドファンディングの期間が終わり次第、グッズ類や自動猫じゃらし機などの返礼品も送るようだ。なんと僕の原稿を、コピー本でなく印刷所に発注してしっかりした体裁の同人誌にしたものもある。なんというかドキドキする。


 本当にクラウドファンディングは成功するのか? そういう疑心暗鬼な気持ちでいるうちに、トラジマコーサクは無事元気になった。いちおう連れてきてください、と言われていたので動物病院に連れていくと、健康そのもの! と太鼓判を押されてしまった。

 獣医さんはあることに気づいた。首輪の陰になっているところに傷がある、と。首輪を外してみると、それは虫刺されをかいた痕のようだった。


 やっぱり虫に刺されてビックリしたのだ。虫刺されに塗る薬も出た。店舗に帰ってきて、薬を塗ろうと思ったがトラジマコーサクは我関せずで手をなめている。そのあと捕獲して薬をつけた。とても嫌がっていた。


 父さんに「やっぱり虫刺されだった、って愛野先生に伝えて」と連絡すると『オッケー。それから来週の月曜日退院することになった』という返事が来た。

 おいおいちょっと急すぎるぞ。さらに追い討ちのように、『愛野さんも来週月曜退院って言ってたぞー』とメッセージが来た。おいおいおいおい、みんなまとまって帰ってくるのか。


 そんな中いい顔をしていないのが小鳥だ。クラウドファンディングがもうすぐ300万を達成する手前の298万円で足ぶみをしているという。

 いろいろとピンチであった。クラウドファンディングの期限は来週の月曜までだ。できるなら笑顔で父さんと愛野先生を迎えたい。僕は難しい顔をして、小鳥のパソコンを覗き込んでいた。

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