10 やっぱり具合が悪いのだ

 僕は慌てた。急いで灯りをつける。


「な、なんだ!? どうした!?」


 トラジマコーサクは絶叫したあと、店先をバタバタと走り回った。物陰に逃げ込んだので表情を見る。目を大きく見開き、ハアハアと犬のように口を開けて息をしていた。

 どうしたんだろう。突然の出来事に僕は混乱していた。とりあえず暑かったのかもしれない、と、トラジマコーサクの水の器を持ってきて、「ほら、お水飲め」と差し出すも、トラジマコーサクは激しく興奮し、しっぽと言わず体じゅうの毛を逆立て、完全に怯えていた。

 時計を見るとまだ9時半だ。小鳥も起きているだろう、とトラジマコーサクの動画を撮り「突然パニック起こして暴れ回った、どうしよう」とメッセージを送る。


 数分して小鳥がやってきた。トラジマコーサクは口呼吸でこそなくなったが戦慄した顔をしており、部屋着代わりのTシャツを着た小鳥が「コーサク、だいじょうぶ?」と声をかけても怖がっている。


「さすがにこの時間にやってる動物病院はないよね」


「うん……隣町のとこは7時半までやってるらしいんだけど、もう夜も深まっちゃったし……」


「明日連れていくしかないか」


「明日休院日みたい」


 小鳥はスマホを見せてくれた。確かに明日、あの設備のすごい動物病院はやっていないようだ。

 明らかにトラジマコーサクの様子がおかしいのは心配だが、本人も10時半を回るころには大人しくなっていたので、小鳥も家に帰り、とりあえず寝ることにした。


 翌朝僕はもしかしたら、と父にトラジマコーサクの動画を添付して、もし同じ部屋なら愛野先生に見せてほしい、とメッセージを送った。

 すると『愛野さんなら別の部屋に移ったぞ。リハビリで顔を合わせたら聞いとく』とのどかな返事が来た。こっちはずっと心配しているのに。

 トラジマコーサクはなんとなく具合のよくなさそうな顔をして、椅子の上からじっと動かないでいる。エアコンの風を避けようともしない。

 やっぱり病気になったのだろうか。

 そんなことを考えてドンヨリしていると、膝のあたりに蚊がとまったのでパチンと潰した。血なんて吸われていないはずなのに、お気に入りのデニムに思い切り血が飛び散ってちょっとがっかりする。


 それにしても小鳥、遅いな。

 そう思っていると店の固定電話が鳴った。はいもしもし、と出ると小鳥のところのおじさんだった。


「ガクくんかい? きのうの夜から小鳥はちょっと具合がよくなくてね、きょうあすは休ませてほしいって。それで、よかったらコーサクくんの写真を送ってやってくれないかな。すごく心配して具合を悪くしたみたいだから」


「わかりました……お大事に、と伝えてください」


「おっけー。それじゃねー」


 電話が切れた。

 小鳥に連絡したせいで、小鳥まで具合を悪くしてしまった。弊社、3人しか社員がいないのに、2人もお休みではないか。


「コーサク? 大丈夫か?」


 トラジマコーサクの背中をそっと撫でる。コーサクは嫌がったりしないでふるふると体を震わせた。

 早く動物病院に連れて行ったほうがいい。だが愛野先生は入院しているし隣町は休院日だしもう一軒あるところはちょっと遠慮したい。


 ちゅーるを食べさせようとしたが、「いらにゃい」の顔をされた。いつものご飯はカリポリ食べたが、どうもいままでのように「わーい!!!!」という感じでない。

 端的にいってとても具合が悪そうだ。ヤブのところでも行ったほうがいいだろうか。そう心配していたらあっという間に1日が過ぎてしまった。

 味気ない夕飯を用意し、モグモグと口に押し込んでいると、父からメッセージが来た。


『愛野さんに見せたら急いで犬猫病院に連れてけって言われたぞ』


「そんなにヤバいの」


『猫が口開けてハアハアすんのは相当ヤバいらしいぞ。助けられないのがもどかしい、って言ってた。なにがあったんだ? とも』


「夜に突然暴れ出したんだけど」


『それも話しとく』


 しょうがない。明日ちゃんと動物病院に連れていこう。暴れた理由の答え合わせは、愛野先生が戻ってきてからだ。


 次の日、鼻をピクピクさせて具合の悪そうなトラジマコーサクをキャリーに入れ、隣町の動物病院に向かった。

 受付で診察券を出し、おととい突然暴れてから具合が悪い、口でハッハしていた、と説明すると、すぐ通してもらえた。熱を測ると、どうやら熱を出しているらしかった。

 聴診器を胸に当て、そのあとレントゲンを撮る。


「肺炎ですね」


「肺炎……」


 子供のころこたつで寝てしまい、ひどい風邪をひいて、そのまま肺炎になったときのことを思い出す。あれはひたすらひたすらつらかった。


 あの、つらくてしんどい病気を、いまトラジマコーサクは味わっているのか。


 獣医さんはなにやら薬を注射し、明日もきてください、と言い、薬を3種類ほど出した。抗生物質と心肺の薬だそうだ。

 これで安心なのだろうか。心配だ。その日家に帰ってきて、トラジマコーサクは疲れたらしくコテンと寝てしまったが、いつもの気持ちよさそうなヘソ天ではなかった。


 やっぱり具合が悪いのだ。


 心配だった。なにもできない自分がもどかしかった。トラジマコーサクに、僕はなにもしてやれないのだ……。

 小鳥に動物病院のことをメッセージしようとしたら、父からメッセージが来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る