9 ビジネスチャンス、そして絶叫
設備のすごい動物病院の対応がよろしくないので、どこかよそにかかるべきか考えてみようか、と小鳥にいうと、小鳥はポチポチとスマホをいじって市内にもう一軒ある動物病院のクチコミを見せてくれた。
『病気の老犬を連れていったら「もういつ死んでもおかしくないので安楽死させましょう」と言われた 2度といかない』
『こっちに具合の悪い猫がいるのに、常連らしいトイプードルの飼い主と楽しそうにおしゃべりをしながらトイプードルの爪を切っていました もうちょっとこちらの様子を気にしてほしかったです』
『猫を連れていくとだいたい利尿剤を点滴して終わりのような感じです ちゃんと診てほしいです』
などの、恐ろしいコメントがドンドコ書かれていて、ちょっと行く気がしなくなった。
「なんだかんだ隣町がよくない? 愛野先生だってあの様子ならリハビリ終わったら戻ってくるんだろうし」
「うん、それはそうだね……ドクターショッピングはよくない」
人間が難しいことを話しているのを、トラジマコーサクは「ふーん」という顔で見ている。
猫のように気楽な生き物になりたいなあ、と思った。
次の日、さすがにそろそろなにか新しいものを考えたほうがいいね、と小鳥と話し合った。
こういうときはすでにある技術から発展させたらいいのでは、といろいろ見てみると、猫のスマートトイレやスマート首輪がサブスクで使える、という情報が上がってきた。
なるほど、目が届かないときでもアプリで猫が何をしているのかわかるのはきっと便利だ。ふーむ……と、検索して出てきた情報を眺める。
知育玩具もいろいろある。猫が音声の出るボタンを押して人間とおしゃべりのできる機械とか、転がして遊ぶとカリカリが出てくるおもちゃとか。そこまで猫に賢さを求めてはいないが、猫はずっと寝ているので脳みそを使えたら健康にいいのかもしれない。
いろいろ調べてみたら、猫というのはエアコンの冷風を避けたがる、という情報に目がいった。エアコンを28度設定にするといいらしいのだが、それでは人間のほうが暑さでへたばってしまうのではなかろうか。
なら、猫に適温の隠れ家が部屋にあれば、エアコンを避けて熱中症の危険のあるところに行かないで済むのではないか。
そのアイディアを小鳥に話す。
「おお、ナイスアイディア。そうだよ、そういうアイディアを望んでたんだよ」
「ただ問題は弊社にエアコンがないことだなあ」
「じゃあ、置き型エアコンとかつければいいじゃん。うちでも使ってるけど悪くないよ」
そんなものがあるのか。というわけで、小鳥に店番をお願いして家電量販店に向かった。
家電量販店で置き型エアコンを購入した。夏もそろそろ終わりなので割引されており、自動猫じゃらし機2台分の値段で買えた。取り付けは簡単にできるようなので配送だけお願いし、ついでにガチャガチャのコーナーを眺める。なにやら「猫ちゃんのかぶりもの」という商品が何種類も並んでいたので、野菜のやつを回してみたらトマトが出た。
そんなわけで、ウキウキしながら「うたうとり商会」に戻ってきた。もうエアコンが届いている。取説をみたら本当に簡単そうだったのでやってみたら、あっという間に窓にダクトをつないでエアコンを稼働させることができた。
トラジマコーサクはなにやら興奮していた。小鳥がいうには家電量販店の配送の人に激しくシャー! と唸ったらしい。だんだん猫らしくなってきて嬉しくなる。
「でも配送の人が帰ったあとずっと、しっぽをたぬきみたいにして目ぇかっ開いて怯えてたんだよ。かわいそうに」
「うん、確かにそれはかわいそうだ」
1時間ほどしたらトラジマコーサクも冷静になり、いままで暑くて死にそうだった弊社も涼しくなった。ボヤイターに置き型エアコンのことを書く。かぶりもののトマトはまだ少し大きいようだ。
トラジマコーサクはネットで見たよその猫のように、エアコンの風の当たらないところに移動してしまった。思いっきり西陽の差し込む、店舗の入り口で、ぺろんと伸びて寝ている。
「なるほど、本当にエアコンが嫌いなんだね」
小鳥はしみじみとトラジマコーサクの様子を見ている。
「これはビジネスチャンスじゃないかな」
というわけで、僕と小鳥は「猫用・南の島の別荘」を作ってみることにした。すでに似たような用途の製品としていわゆる猫ちぐらなどがあるが、もっと便利なものにしたい。
たとえば猫が暑くないか体温を測定する仕組みとか、暑くなりすぎたら換気する仕組みとか、そういうあったらよさそうな機能を二人でホワイトボードに書いていった。
6時になって、小鳥はパソコンを抱えて帰った。僕は適当に夕飯を用意してぱくぱく食べた。1人で食べる夕飯はどこか味気ない。
そうだ、せっかくエアコンを買ったのだし、きょうは涼しいところで寝よう。それならトラジマコーサクだって寂しくないはずだ。
僕は布団をかかえて呉服屋の試着用だった畳のスペースに向かった。トラジマコーサクはなにやら天井のほうを見ている。
「どうした? ……蚊だな。アースノーマットつけるか」
アースノーマットをポチリとつける。トラジマコーサクはしばし僕の布団をふみふみしたあと、大人しく寝る姿勢に入った。
その少し後、僕は「ふぎゃあああん!」という、トラジマコーサクの絶叫に慌てて体を起こした。
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