8 今週末、お見舞いにいこう
隣町の「設備がすごい」と評判の動物病院で、スタッフの人に子猫のフィラリア予防薬が欲しいのですが、と尋ねたところ、「ここにいらっしゃるのは初めてですよね、猫ちゃんを連れてきていただけないとなんとも……」と入ってすぐ追い出されてしまった。
そのことを小鳥にメッセージすると、「そりゃ仕方ない、出直すしかないね」という返事がきた。
動物病院の雰囲気は、なんというか……おしゃれな服装の飼い主ばかりで、連れてこられるのもいかにも血統書のついていそうな犬猫ばかりだ。なんだかひどく場違いに思ってから、僕は「うたうとり商会」に戻った。
その話をすると「気のせいか、いつもの愛野先生がゆるすぎるだけ」と小鳥に言われてしまった。
まあそれはそうかもしれない、愛野先生はコワモテながらたいへんフランクで優しい。ワンオペでやっているのでスタッフの人もいないし、混んでいるということもない。
そもそも動物病院というものの方向性が違うのかもしれない。僕はどちらかというと愛野先生がいいなと思う。
まあその愛野先生は腰を激しくやらかして手術、入院! となってしまったのだが。
その日はノーアイディアで解散、ということになった。僕は大きなため息をついた。
夕方、人間の夕飯を支度していると、スマホが鳴った。なにごとか、と見てみると、めずらしく入院中の父からのメッセージが来ていた。
『病院の向かいのベッドに新しい人が来たんだけど、刺青してるし怖い仕事のひとかと思ったら獣医さんだった』
なんと。愛野先生ではないだろうか。
数秒してまたメッセージがくる。
『お前と小鳥ちゃんの職場、猫がいるんだろ? サイト見てるぞ、霧谷って名乗ったらガクさんのお父さんで? ってなったぞ。同じ顔してるからな』
『話の引き出しが多くて楽しい人だな、見た目はちょっと怖いけど。あと夜に聖書読んでて看護師さんに早く寝ろって叱られてたぞ』
間違いない、愛野先生だ。
僕はそのメッセージのスクショを撮り、小鳥に送った。
秒で返事がきた。
『今週末、お見舞いにいこう』
◇◇◇◇
というわけで病院の面会がOKの日曜日、僕と小鳥はこの街でいちばん大きな建物である人間の病院に向かった。まあ30分留守にする程度なら大丈夫だろう、と思ったが、念のため小鳥のところのおばさんに留守番をお願いした。
商店街の花屋さんに寄ってきれいなお花を買った。仏花じゃないやつ、と確認した。
病院の受付で父の名前を出して、病室に入る許可をもらう。エレベーターで病室に向かい、入ってみると父はなにやら感動していた。
「おい、ガク。空の鳥を見ろ。働かなくても食ってるぞ。野の花を見ろ、着るものなんか気にしなくても美しいぞ。神様は素晴らしい」
どうやら愛野先生に聖書の話を聞かされたらしい。愛野先生はとりあえず手術は終わって、しばらく安静、という感じらしい。
「お、霧谷さんに海中さん。コーサクくんはどうしてますか、お留守番の人はいるんですよね」
「あ、大丈夫ですよ、お楽になさってください。父から話を聞いて、ぜひお見舞いに来たいなと思いまして」
「おいおい俺のお見舞いじゃないのかあ」
父は残念そうだ。僕は花を取り出す。小鳥が手際よく、持ってきた花瓶に花を活けた。
「あの、先生はセカンドオピニオンってどう思われますか?」
小鳥が尋ねると、愛野先生は「いいことですよ、私のところは設備がないですし、現在獣医師本人がこの調子なので」と笑顔で答えた。
「隣町の新しい動物病院で、フィラリアの予防薬を出してもらおうと思って……」
「それでいいんです。大事なのは動物の、コーサクくんの幸せです」
◇◇◇◇
というわけで開けて月曜、僕はトラジマコーサクを隣町に連行していた。車のなかで、トラジマコーサクは「にゃーん……にゃーん……」と絶望の叫びをあげている。
隣町の動物病院の名前でググったら問診票をダウンロードできたので、それをプリントアウトしてこまごまと出る前に書いておいて、提出できるように用意した。
動物病院の駐車場は混雑していて、隣のショッピングモールに車を停めているひともいる。ちょうど一台車が出ていったのでそこに車を入れた。
受付で問診票を提出する。するとスタッフの人は「あの、猫ちゃんの種類は」と聞いてきた。
トラジマコーサクは拾ってきた猫だ、血統書のついた猫のように種類などない。ミックスというのとも違う。だから空欄になっていた。
「ただの猫……雑種ですけど」
「はあ……」
やっぱりここはなんだか場違いな感じがするのだった。
けっこう混雑していたが少し待ったら呼ばれた。まずは体重を測り血液検査をし、それから薬を出してもらった。
ちょうど自動猫じゃらし機一台ぶんくらいのお金でフィラリアの予防薬を出してもらえた。診療費の内訳の書類を見ると「初診料」なんてのがとられていた。愛野先生はそんなの取らなかったぞ!
診察が終わったあと、「こちら今回作った診察券ですので、次回からお持ちください」と、ラミネートカードの診察券を渡された。
「霧谷トラジマコーサクちゃん 雄 雑種猫」
と、診察券にはある。
雑種猫て。雑種と言ったのは僕だがもっと書きようがあるのではないか。和猫とか地猫とか……。
なにやらモニョりながら帰ってきた。薬は首の後ろのところにポチポチたらしてあげればいいようだ。小鳥と二人で捕まえてポチッとつけた。トラジマコーサクはジタバタ暴れて嫌がった。しみるのだろうか。
そのあと診察券の話をした。
「そっかあ、雑種猫かあ……」
小鳥もガッカリしたようだった。
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