7 腰を派手にやってしまって
同人誌即売会から帰ってきて、しばらくしたらおばさんがやっと起きた。「ああ……寝てた……」とぼやいてから、暇な間にこしらえた夕飯をテーブルに並べた。
鶏の唐揚げ。豚肉の煮物。肉詰めピーマンのフライ。野菜たっぷりのサラダ。どれを見てもおいしそうでニコニコしてしまう。僕が下戸なのを知っているらしく、僕と小鳥にお酒は出てこなかったが、おじさんはビールを飲んでいる。
「どうだった? トラジマコーサク、可愛かったでしょ?」
「うん……もううちで飼わない? って思ったわね」
おばさんは猫嫌い過激派だったはずなのに猫を飼いたいレベルまでトラジマコーサクを気に入ったようだった。でもトラジマコーサクは弊社の社員だ、預かってもらったお礼を心ばかり渡し、車にケージを詰めて霧谷呉服店の前まで運ぶ。
トラジマコーサクは1日知らないヒトに預けられて、楽しかったようだが少し拗ねていた。小鳥と二人してごめんねごめんねと謝り、ちゅーるを食べさせる。トラジマコーサクはうまいうまいとちゅーるを食べ、コテン、スヤァと寝てしまった。
さすがに疲れた。僕は寝てしまうことにした。
次の日、小鳥は朝だいぶ早くにやってきて、なにやらパソコンをいじっていた。僕はフルグラをかっこんでから、なにしてるの、と尋ねた。
「アクスタと缶バッヂの注文かけてる。商用利用OKのとこ。今回バリバリ稼いだから結構作れるよ。少なくともイベント後の通販に使えるくらいには」
小鳥はすごいなあ。そう思いながらトラジマコーサクと遊ぶ。
トラジマコーサクは拾ってきたときを思うとずいぶんお兄さんになった。とは言っても赤ちゃんでなくなっただけで、まだ小学生くらいの感じである。
「そろそろ2発目のワクチン打ちに連れてかなきゃな」
「あー……そうだった。お願いしていい? やることがいっぱいあるから」
というわけで、キャリーにトラジマコーサクを詰め込み、愛野動物病院に向かった。いつものコワモテの獣医さんが、ネオン街で働いているらしいド派手なお姉さんと談笑していた。ド派手なお姉さんは小動物用のキャリーを持っており、中からはプギュプギュと鳴く声が聞こえる。モルモットだろう。
「あ、お客さんじゃない? 先生、またね」
「はーい。霧谷さん、待ってましたよ〜。トラジマコーサクくんにブスッとワクチンかな?」
というわけで動物病院の中に入る。僕とトラジマコーサクしかいないらしい。手帳を取り出して渡す。
今回は「きゃりーをでるとこわいめにあう」ということを学習したのか、トラジマコーサクは中板にしがみついてなかなか出てこなかった。でも子猫だ、ちょっと頑張って引っ張り出して、また耳で体温を測り、注射をブスッとする。
「なにか変わったことはありませんか?」
「いえ、特には……あ、弊社でトラジマコーサクのグッズを作って売り出したらドンドコ売れました」
「おお、それはすごい。いまどきっぽいですね。推しは家の猫ってやつだ」
獣医さんは笑顔だ。ちょっと怖い。
「猫を拾ったけれど飼えなかった、っていう中学生の女の子が、弊社のボヤイターを見てくれて、僕が書いたトラジマコーサク日記からコピー機で作った同人誌を買ってくれたんです」
「いいですね、分かち合うことはよいことであるとキリストも言っています。コーサクくん、いい飼い主に恵まれたね」
そう言って獣医さんはトラジマコーサクをよしよしした。
「どうしても商売柄、弱って歳をとった病気の犬猫ばかり見ているので、健康な子猫、というのは見ていて幸せな気分です」
「そういうものですか」
「ええ。どうしてもね……なにか具合が悪そうだったらまた連れてきてください。ああ、フィラリアの対策もしたほうがいいですね。ふつうにアースノーマットをつけて大丈夫ですよ。薬できっちり予防したいときはちょっとお値段が張りますがお薬も出しますので」
「わかりました。ありがとうございます。薬については検討してみます」
「はーい。お大事にー」
というわけで「うたうとり商会」に戻ってきた。フィラリア予防の話をすると、小鳥は「いいと思う、こんな小さいのに死なれたら悲しくて仕方がないから」と心配しすぎではないか、というセリフを言い出した。
「うちの母がずっとコーサクくんはどうしてる、って心配してるの。孫みたいなものなんじゃない?」
孫、て。
まあ小鳥はメンタルに問題を抱えていて、毎日ジャラジャラ薬を飲んでいるので、結婚して子供をつくることは難しいのかもしれない。それならトラジマコーサクの孫扱いも理解できる。
そういうわけで、とりあえず当分はアースノーマットを使って、アクスタや缶バッヂが売れたらお値段の張るフィラリア予防の薬をお願いしよう、ということになった。
2、3日して、段ボールがでんでんと届いた。中身はアクスタと缶バッヂだ。コーサク、お前すごい人気者だな……と思うなどする。
さっそく小鳥がショッピングカートをネット上に用意し、次々売れていくのを「はえー……」と2人で見る。コーサクはご機嫌でエビのぬいぐるみを噛んでいる。
いつの間にか、通販したものはぜんぶ売れた。コーサク、お前すごい人気者だな……という気持ちを新たにし、愛野動物病院にフィラリア予防の薬を出してもらいに向かう。
愛野動物病院は閉まっていた。どうしたんだろう、と思ったら獣医さん、つまり愛野先生にそっくりな青年が、ドアのところに張り紙をしていた。僕はその人に、どうしたんですか、と聞いた。
「父はちょっと、腰を派手にやってしまって……椎間板ヘルニアとかいうので手術するらしくて、当分入院しなきゃいけなくなっちゃって」
なんということだ。仕方なく僕は隣町の設備がすごい動物病院に向かうことにした。
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