第35話 アラサーと後輩と揺れる視線
結局俺達二人そろって同時に出社することとなった。
「おはよーございまーす。」
「おはようございます。」
水原はいつも通り元気よく挨拶し、席へと座る。隣の席の人が、水原に声をかける。
「水原さん、今日は元気そうだね。」
「はい、その……昨日はすみませんでした。ミスばっかりしちゃって。」
「いいのいいの、ミスなんて誰にでもある話だし、水原さん普段それ以上に頑張ってるんだから、あのくらいどうってこと無いよ。」
ふんわりとした表情で、手をパタパタと振る。水原は、えへへと笑いぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございます。今日はエネルギー充電できてるんで、よろしくお願いします。」
「うん、よろしくね。」
その様子を陰から覗いていた俺は、ほっと一つ安心のため息をつく。やっぱり頑張ってる姿は周りの人が見てるもんだ、努力した分、多少ミスをしても周りがその分カバーしてくれるというもんだ。
「楓子ちゃん、回復したみたいでよかったね」
「そうだな。」
もはや俺の真横に三ツ谷が立っていることにはツッコまない。だが、その様子に少し違和感……。長い付き合いの俺なら分かる。この男普通そうにしているが、恐らく昨日の酒が残っていると見た。俺も思わず半笑いになる。
「三ツ谷……随分と辛そうだな。」
「うぇ、もしかしてバレた……?」
「どんだけ長い付き合いだと思ってんだよ、バレバレだよ。」
三ツ谷は恨みがましそうな目を向けてくる。
「っていうか、新田ちゃんがおかしいんだよ。あんなに飲んでたのに何で余裕そうなのさ。」
「俺には特製ドリンクがあるからな。あのくらい余裕よ。」
「え、何それ。コンビニの新商品とか?」
「さあな、企業秘密だ。」
「もったいぶってないで教えてよー。」
「さ、俺達も仕事始めるか!」
「ちょっと新田ちゃーん?」
三ツ谷は名残惜しそうにしながらも、仕方なしと席へと帰っていった。
そうして午前中の仕事はつつがなく進んでいった。水原は昨日と変わって絶好調!……という訳にはいかなさそうであったが、少なくとも昨日みたいな不調な感じではなかった。口では元気、うではあったが、実際大丈夫そうで良かった……。
「後輩が心配なのは分かるが、君はまず自分の仕事の心配をしようか。」
「う……」
こっそり覗いている俺の背中から、冷ややかな声が掛けられる。振り返らずとも分かる、このどう見ても仕事を抱えてそうな声は……
「と、朱鷺野先輩……。」
「私のプロジェクトに参加している割には、随分と余裕そうだな。」
「い、いえ、全くもってそんなことは……。」
まずい予感がする俺はいそいそとパソコンに向き直り、作業を継続する。えーと、あとやるのは取引先のメールの確認と……。
ドサッ
明らかに重たいものが俺の机の上に置かれる音がして、視界の端に大量の紙が見える。
「じゃあ、取り敢えずここにあるデータまとめて、統計資料作ってもらえる?」
「は、はい……。」
「新田君なら、この位楽勝でしょ?」
後輩の身を案じていただけにしては、明らかに見合わない量の資料。朱鷺野先輩の方を見ると、別になんてこと無さそうな表情。この人、ホントに俺が楽勝だと思ってそうだな……。
「とりあえず、なんとかやってみます。」
「うん、よろしく。難しかったら声かけて。」
そう俺に声をかけて、朱鷺野先輩は自分の席に戻っていき、俺もそれを見送る。自分の席に戻る先輩は、大きく伸びをしていた。一番頑張っているのは先輩だし、俺もこんなところで音を上げてらんないか……。
気合を入れるためふうと短く息を吐き、仕事にとりかかろうとする。と、どこかから視線を感じる。視線の先を追うと………、こちらを見てニヤニヤしている後輩がいた。おい、何見てんだ。仕事しろ。目線でそう伝えると彼女は表情を崩さないまま仕事へと戻っていった。
******
昼休憩に突入するも、俺は朱鷺野先輩から任された仕事に悪戦苦闘していた。
「大変そうですね、先輩。」
「まあな。」
仕事に片が付いたのか、いつものように水原が声をかけてくる。カタカタとパソコンを叩く俺を横目に、水原はペラペラと紙をめくる。
「うわ、すごい量。流石は朱鷺野先輩、容赦ない……」
「あの人はこれ以上にやってるから、文句言えないんだよな。」
紙をめくりながら若干引いた声を出す水原。このやり取りも正直何度目か分からない。書類のペラ見を続けながら、水原は尋ねてくる。
「ちなみに、今度は何やらかしたんですか?」
「何でいつもやらかしてるみたいな言い方なんだよ。」
「何でかは、先輩が一番分かってるんじゃないですか~。」
「お前……電車で慰めて損したわ。」
「え~、そんなこと言わないでくださいよ~。」
からかうように、しかしどこか嬉しそうに水原は言ってくる。
「っていうか先輩、お昼食べに行きましょうよ。私お腹ペコペコです。」
「あー、ちょっと待ってな。朱鷺野先輩から貰った奴がもうすぐ終わるから。もうちょい待てるか?」
水原の方に向き直り尋ねると、心底意外そうな表情をしている。
「別に待てますけど……。え、先輩この量もう終わりそうなんですか?」
「ん?ああ、別に見た目ほど大したことないしな。」
「いや、流石にそれは嘘ですよ……。うわ、ホントに終わりそう。」
「だからそう言ってんだろ。」
俺のPCの画面を見ながらさっきよりも引いた表情をしている。
「先輩、朱鷺野主任の事言える立場じゃないでしょ……。」
「ん?なんか言ったか?」
「いえ、可愛い後輩の事のぞき見してた罰としては、こんな量じゃ足りないんじゃないのかなーって、思っただけです。」
「お前……全部分かってんじゃねぇか。」
そんな軽口をたたきあっていると、俺も作業が終わる。弁当を手に取り、席を立つ。
「悪い、待たせたな。」
「いえいえ、じゃあ行きましょうか!」
俺先導で部屋を出ようとする。その時、俺達が出るより先に人が入ってきた。
「あ、新田。ご飯まだだったら一緒に食べな、い……」
人も殆ど飯に行った部屋の中、同期と後輩の視線が完全にかち合う。間にいる俺は射貫かれているような、そんな気分だった。
JK、拾ってみた。 尾乃ミノリ @fuminated-4807
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