第34話 アラサーと後輩と言葉の重み

 飲み会翌日の電車の中、俺は相も変わらず電車に揺られていた。

 あんだけ飲んだ割には、二日酔いしている気配は殆どなく、暑さと揺れもそこまでキツくは無かった。


 耐えながら電車に乗っていると、電車のドアが開く。ぞろぞろと乗り込んでくるサラリーマンの中に、一人見慣れた影があった。他でもない、水原だった。


 お互いに目があい、水原は他の場所もちらっと確認するが、会ってしまった手前悪いと思ったのか、スススと俺の隣に寄ってきた。


「せ、先輩、おはようございます……。」

「お、おお、おはよう……。」


 普段なら朝とは思えないくらいに明るい水原だが、今日に限っては元気がない、というか気まずそうにしている。暫く沈黙の時間が続き、俺がそれに耐えれなくなり口火を切る。


「どうだ、調子は。」

「あ、はい。大分改善しました。」

「そうか、そりゃ良かった。」

 そこで一旦会話が終わる。後輩の一旦の無事を喜んでいると、水原はおずおずと話しだした。


「先輩、昨日は、すみません………。」

「ん、ああ別に気にすんな。」

 仕事の件か飲みの件かわからないが、何にせよ特に俺は気にしてはいない。


「こないだ精神的にしんどいことがありまして、それで仕事にもちょっと集中できなくて、それに……先輩からのお誘いも断っちゃって……。」


「いいよいいよ、仕事の件は後で取り返せばいいだけだし、行きたくなかったら遠慮なく断ってくれたらいいから。」

「ありがとう、ございます………」

 やはりしおらしい水原。


「実は、ホントに先輩との飲み会楽しみにしてて、なので先輩さえ良ければ、今後も誘っていただければなって、思います………」


 最後の方は尻すぼみになって殆ど聞き取れなかったが、水原の気持ちは痛いほどに伝わった。だから、俺も正直な気持ちを伝える。


「でも俺、実は結構嬉しかったんだよ。水原が断ってくれて。」

「え………?」


 以外そうな表情をする水原、その顔には少し怖れが含まれていた。まあこういう言い方をしたら誤解もされるか。


「いや、水原と飯行くのがいやいやとかいうわけじゃなくてな。ほら、お前ってめちゃくちゃ色んなところに気を遣うだろ?」

「それは、まぁ、そうかもしんないです……」

「な?だから俺ちょっと不安だったんだよ。俺が誘ってるせいで、水原が断りづらくなってるんじゃないかなって。」


 水原は驚いたような顔をして、顔をブンブンと左右に振る。

「そんな訳無いじゃないですか!私が今までどんだけ楽しみにしてきたと……!」


 普段の水原に少し戻った熱のこもった言い方に、俺も思わず笑いがこぼれる。


「俺さ、断れるっていうのも信頼の証だと思うんだよ。自分が断っても関係が崩れないっていう、そういう信頼。だから、あの時水原が自分を優先してくれたことが、俺は嬉しかった。」

 まあ、もちろん心配はしたけどな?とフォローを入れる。


「言葉には責任が伴う。その責任が取れる人間っていうのは、案外少ないんだぜ?だからお前は自身持っていけ」


 対する水原は、うつむいたままわなわなと震えている。朝っぱらからカッコつけ過ぎか?


「先輩………。」

「ん?どうした?」

「好きです。」


 突然の水原からの告白めいた発言を…………俺は笑って受け流す。


「そんなこと言ったら本気にされるぞ、言葉には責任が伴うんだぞ?冗談も程々にしとけ。」

 しかし、水原の表情は真剣そのもので、俺は少し気圧される。


「先輩が断ったのは、私を信頼してるからですか?」

「お、おう……そうだけど……」

「なるほど、やっぱりそうですか。」


 水原はふうと小さくため息を付く。かと思うと、満面の笑顔を見せる。


「じゃあ、厚かましいお願いですけど、今度また飲み会連れて行ってくれませんか?」

 普段通りの水原に回復したかと思い、俺もホッとする。


「いいぞ、好きなもん食わしてやる。」

「やったー、ありがとうございます!」


 そんなことを話していると、会社の最寄り駅に到着する。まだ混み合う車内で人を軽くかき分け、俺たちは降りていった。


「言葉には責任が伴うなんて、そんなこと分かってます。」


 水原がぽそりと言った言葉は、ホームの喧騒に紛れて俺に届くことはなかった。




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