第33話 アラサーとJKと寝顔

 初夏の夜、俺は何とか最寄り駅にたどり着き、少しふらつく足取りのなかで家路についていた。千鳥足という訳ではないが、確実にアルコールが全身に回っており足元はおぼつかない。


 鳴海がそこまで酒が強くなくて助かった。彼女は最終的にお店で寝そうになってしまい、そのタイミングで俺達もお店を出ることとなった。当の本人はまだ飲み足りないとぐだついていたが、そのままタクシーを呼んで帰らせた。


「にしてもひどい目に遭ったな……」


 電話の件に関してはツッコまれると思っていたが、まさかあそこまでとは思っていなかった。結局3人で年甲斐もなく飲んで、真相はうやむやになったまま終わったのだが……。果たしてあれは解決と呼べるのだろうか。酔った頭に難しい判断がガンガンと響き、結局頭を押さえながら歩く。


 しばらく歩いていると、暗い中でも眩い光を放つコンビニが目に入る。そうだ、明日に向けて何か買って帰ろうか……。


 コンビニの光を見つめながら、ぼんやりと立ち尽くす。だが、


「まあいっか。」

 家にいる凛の事を思い出す。もう遅くなってはいるが、帰るならなるべく早い時間の方がいいだろう、もう寝てる時間かもしれないけど。そう思い、コンビニに背を向けて、足早に家に帰る。


 凛が寝てるかもしれないので、ただいまは言わず、そーっと家に帰る。


 手洗いうがいだけ済ませ、そーっとキッチン側の電気を小さくして付ける。見ると、リビングのソファーに寝っ転がり、すやすやと寝ている少女が一人。非常に心地よさそうに寝ている。俺が返ってきたことにすら気づいてないようで、ほっと一安心する。


 リビングから目を離し、テーブルに目を向けると、お椀と紙が置かれていた。見ると、紙には俺当てだと思われるメッセージが書かれていた。

「ええと……」


 <お仕事お疲れ様です。二日酔いにはお味噌汁がいいと聞いたので作っときました。レンチンできるよう気なので、そのまま温めて食べてください。>


「凛、お前……」

 思わず声が漏れる。ホントにありがたい話だ。幸せそうに寝ている彼女を見つめながら、心の中で感謝を述べる。温めろと言っているが、レンチンの音で起こしてはいけない。作ってくれた凛には申し訳ないが、冷たいままでいただこう。


 そう思い、みそ汁のお椀を手に取るが、まだ暖かい。そういう気遣いもありがたい。そのまま自分のテーブルに動かす。すると、椀に隠れてまだメッセージが書かれているようだった。


 <p.s. わざと電話かけてゴメンね。知り合いのお姉さんと話が盛り上がって、帰った勢いでつい意地悪しちゃいました。お詫びのお味噌汁飲んで許してください♡。>


 文末には手書きで小さなハートが書かれている。あ、アイツ……。なんか変な電話な気はしていたが、やっぱりわざとか……。そのせいで大変だったんだぞと文句を言ってやりたい気分だ……が、寝てるところを起こすのは忍びない。着替えを済まし、まだ暖かいみそ汁を飲む。薄めの塩味が酔った体に良く染みた。



「ごちそうさまでした。」

 手を合わせ、静かに言う。ふう、旨かった……。既に頭は大分クリアになっており、これなら明日二日酔いになることは無いはずだ。凛の残したメモを手に取り、何となく眺める。するとクリアになった頭に、一つ疑問が浮かび上がってきた。


「知り合いのお姉さん、って誰だ……?」

 凛は確かこの辺の人間じゃないはずだ。知り合いという知り合いもいないだろう。というか、いたらそこを頼っているはずだ。うーむ……。



 正直心当たりはあった。凛と俺の接し方が、明らかに変わったであろう、俺達の生活の原点がコンビニで出会った日だとするならば、ターニングポイントは、あそこだろう。凛が明確に話したがらないあの夜、何があったのか。


「ま、その時まで待つとしますか。」


 しばらく悩んだ末に、自分からは聞かないでいようと決意し俺は立ちあがる。


「ん~」

 俺の声に反応したのか、凛が寝言めいた反応を返す。見ると、寝返りを打ったせいか、体に掛けた薄い掛け布団が落ちそうになっている。近くに寄って、布団をかけなおし、凛の緩み切った顔をしばらく眺める。


 話してくれるのは時間の問題だな、そんな気がした。

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