第32話 水原楓子と見知らぬ街
「はぁ……」
夏も本格化してきたこの頃、電車の中から見える景色は、もう夕方なのに、陽は出て、随分と明るい。うだる程の暑さではないのだが、電車の中でため息をつくOLが一人……。
「やらかしたぁ……」
他でもない私、水原楓子なのである……。
*******
電車の中で流れるこうこくを眺めながら、今日一日を漠然と振り返る。朝、昼、夕方……どの時間を切り抜いても、今日の私は絶不調だった。仕事はミスばっかりだし、今日中に終わらせようと思っていた仕事は終わらなかったし、結局上司に心配されて早めに帰らされてしまった……。絶対残業案件だったよね、あれ……。
しかし、様々な今日のやらかしを思い出しつつも、私の思考の大部分は別の事にとらわれていた。と、言うのも……
先輩の誘い、断っちゃったんだよな、私……。
改めてその事実を認識して、俯き特大のため息をつく。私の前に立っていた大学生らしき男の子が私のため息を見て少しビクッとする。が、私と目が合い、直ぐになんてこと無いようにスマホをいじりだす。気を遣わせてごめんね……。
と、心の中で謝るものの私の心が晴れることは無い。行きたかったなぁ、先輩とご飯………。前連れて行ってくれたお店、美味しかったなぁ………。
いや、皆まで言わないで大丈夫……言わんとすることは分かってる。そんなに公開するなら断らなきゃよかっただろ、って話でしょ………。そんなのは!私が!一番!分かってるんです……。
「でも、流石にダメでしょ……。」
誰にも聞こえないくらいの声で、自分は正しかったのだと言い聞かせる。先輩の誘いは魅力的だったし、飲みの場で話したい事も一応あるにはあった。
だが、周りの人に私のミスで迷惑をかけているのに、当の本人が上司と飲みに行くだなんて、そんなの示しがつかない。おそらく先輩は私が不調なのも見越して誘ってくれたんだろうけど、一社会人として、それはダメだと思ってしまったのだ。
「だけど、行きたかったなぁー。」
思わず小さく声が漏れる。私の弱い部分が、顔を覗かせる。頭を左右に動かし、そんな考えを振り払う。
ふと顔を上げて、人の隙間から電車の広告を眺める。こういう時は正直スマホを見ない方がいいと私は思っている。気分が落ち込んでいるときは、スマホと言う自分が構築した世界から離れて、外に目を向けた方がいいのである。
そうしてふと目を上げると、近くにおばあさんが立っているのに気が付いた.少し前はいなかったはずだが、さっきの駅で乗ってきたのだろうか。私がドア横の席に座っているからか、良く目立った。
「良ければ、座ってください。」
「え、ああ、いいんですか?」
おばあさんに声をかけると、意外そうな表情をこちらに向ける。ええ、どうぞと言うと、おばあさんは嬉しそうに座席に座る。私の前に立っていた大学生君も、ちゃんと彼の前に出来たスペースを死守してくれていた。
よくやったというニュアンスの視線を彼に送ると、彼も不敵に微笑んでくる。二人だけのミッションみたいな感じで、なんだかわくわくする。
しかし、席を譲ったせいで私の体は大分ドア側へと移動する形になってしまった。と、そのタイミングでちょうどドアが開く。降りる駅ではないが、大きい駅なので人の乗り降りが激しい。運悪く私は人波に巻き込まれてしまう。
「わっ、ちょっ」
思いの外降りる人が多く、私はちょうどその動線の中心にいたため、そのまま押し出されてしまう。
一度押し出されてしまったら、後はそのまま。乗車組の列に上手く紛れ込む事はできず、帰りの電車は、私を取り残して勢いよく出発してしまった。
「マジか……。」
人のほとんどいなくなったホームで、呆然と立ち尽くす私。とっさに時刻表の書かれた看板で次の電車を確認するも、ここから暫く私が乗りたい方面の電車は来ないようで、家に帰る頃には大幅なロスとなること間違いない。こういうとき、半端に地方なのが不便である。
災難続きだと嘆きたくなる……所だが、ここで挫けちゃいけないと、自分を奮い立たせる。これは神様の思し召しなんだ。このまま帰っても良いことなんて無いから、ここでリフレッシュしろと、神様がそう言ってるのだ。きっとそうに違いない。
そう思ったらだんだん元気が湧いてくる気がした。
「よし、たまには歩いて見るか!」
明日の自分の機嫌とコンディションを決めるのは、今日の自分以外いない!だからくよくよしてもしょうがない!そう考え、私は改札へ向かう階段を登っていった………。
*******
「とはいえ、何一つとして決まらない……」
勇んで街に繰り出したはいいが、当方完全にノープラン。行く宛も特に無い。どこかのサラリーマンみたく、孤独にグルメを楽しめればいいのかもしれないが、生憎そういう人生は送ってきてない。
結局今どきの若者らしく、駅の広告が写った壁に背中を預けてスマホで夜ご飯が食べれそうな所をぽちぽちと調べる。
スマホをいじっていると、どこかから視線を感じ始める。視線は途中から足音に変わり、どうやらまっすぐこちらに向かってきているようだ……。
「何だ……ナンパか……?」
一応気づいていないふりをしつつ警戒を緩めない。足音は私の真横で止まったかと思うと、声をかけてくる。
「あの、楓子さん……ですよね?」
予想外の声かけに驚き、思わずそちらを向く。私も声をかけてきた相手にびっくりする。そこにいたのは何と……
「お久しぶりです、私のこと覚えてますか?」
「覚えてるも何も……」
忘れるはずがない。かつて夜中の公園で語り明かした家出少女、凜がそこに立っていた。
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