第31話 同期と飲み会と電話の通知
携帯に表示された通知を見て、一気に血の気が引く。
(これは流石にマズイ……!)
俺は一応一人暮らしをしていることになっている。そんな俺が自宅からの電話が来たとなると、疑いの目は避けられない。反対側に座る鳴海の表情も完全に固まっている。ここはどうやって切り抜けるべきか……。
「新田ちゃん……とりあえず、電話出たら?」
隣にいる三ツ谷の声で我に返る。握り締め、とっさに後ろに隠したスマホはまだ震えている。
「そ、そうだな。すまん、ちょっと外で電話してくるわ~」
疑惑の目を拭えてはいないと感じつつも、そろそろとテーブルを離れる。鳴海の表情は、良く見えなかった。
急いで居酒屋の外に出て、画面をスライドさせ電話に出る。電話の相手は急いでいたらしく、俺が返事をするより早く電話にでる。
「あ、もしもし新田さん?凛だけど。」
「ああ、凛、どうかしたか?」
電話の主は、想像通り。我が家でお留守番をしている少女、凛であった。
「いや、今日帰ってくるの何時くらいになるかなーと思って電話したんだけど。その感じじゃまだ外っぽいね。」
「ああ、そうだな……。」
周囲を見渡すと、外も店のなかほどではないが賑わっており、居酒屋やカラオケの勧誘があちこちで行われてる。そんなことを思っていると、電話の向こうからうらやましげな声が聞こえてくる。
「いいなー、私も居酒屋とかカラオケとか行きたーい。」
「はは、居酒屋はダメだけど、カラオケくらいなら今度行くか。」
「ホントに?約束だからねー。」
ゆるっとした声で喜ぶ凛。しかし正直今こちらはそれどころではなく、今はこの電話の弁明をどうするかが最優先事項となっている。俺がそのまま沈黙していると、凛が要件を伝えてくる。
「っていう事はまだ帰ってこなさそうなんだよね?今日晩御飯一応多めに作ってるけど、残り全部冷蔵庫に入れちゃっていい?」
「あ、ああ、そうしてくれ。」
「おっけー。うん、じゃあ私はこれだけー。」
「おお、そうか。」
そこでふと違和感を覚える。そう電話してきたにしては随分と要件が薄い……。今までも何度か凛から電話がかかってきたことがあるが、お互いの立場の事を考えて、もっと緊急の際に電話してくるイメージがあったんだが………。あと、今日の朝は随分と機嫌が悪そうだったのに、全然そんな素振りが見えない。
そんなことを考えていると、画面の向こうから小悪魔的な声が聞こえてくる。
「まあ、安心してよ。もう後輩さんとの飲み会お邪魔するつもりはないから、ゆっくり羽伸ばしてきてね~~」
「なっ、お前……!」
必要以上に間延びした話し方をする凛。俺のが反応しようと思ったが、即座に電話を切られてしまう。ロック画面になったスマホを呆然と見ながら、その可能性に気づく。
「まさか、わざと……?」
凛の話し方的に、飲み会の真っ最中だというのを分かっていてあえて電話をかけてきたような感じがする。実際、この電話のせいで俺は非常に困っているわけだが……。凛がそうする意図が見当もつかない。
「とりあえず、言い訳考えながら戻るか……。」
当事者不在という事で何を言われるか分からない。とりあえず、さっさと席に戻って、後は流れに任せよう。俺はふっ、と短く息を吐き、気合を入れ、騒がしい店内へと戻っていった。
「悪い、電話終わったよ。」
「ん、お帰り~」
どんな事態になっているかと思ったが、案外三ツ谷と鳴海はの様子は静かなものだった。電話が来る前と何ら変わらない様子で、鳴海は出迎えてくれる。俺も安心して席に着く。横に座る三ツ谷も思っていたよりずっと静かだ。
「新田、飲み物無くなってたから注文しといたよ。」
「おお、気が利くな、サンキュー。」
多分ビールか何かだろうな。鳴海に感謝を伝える。隣で三ツ谷がぶるっと震えたように見えたが、多分気のせいだろう。そもそも、俺が考えすぎという話かもしれない。俺が誰とどんな関係であろうと、お互い社会人同士。俺に干渉し過ぎる気があるからといって、彼らもそうだとは限らない。
水原の件に関しても、鳴海はあんな風におどけた調子で言ってくれたが、暗に異性の後輩への距離感を間違えるなと忠告してくれてたのだろう。
「ありがとな、鳴海。」
「ん?何が?」
「いや、後輩への接し方を間違えるなって、教えてくれてたんだろ?」
「ああ、そんな。そのくらい全然問題ないわよ、あ、ありがとうございまーす。」
流石は鳴海、こりゃ他の社員からも評判良いわけだ……。そんなことを考えていると、店員さんが商品を運んできてくれる。
テーブルの上に置かれたのは、ビールと、ウイスキーロック二杯。へえ、こいつらウイスキー飲むのか。そう思いビールを取ろうとすると、三ツ谷に制される。あれ、と思い三ツ谷の方を見ると……唇を噛みしめる三ツ谷が。あっけに取られている俺を他所に、三ツ谷はそのままビールジョッキを自分の手元に引き寄せ、まるで懺悔するようにゆっくりと口を開く。
「新田ちゃん……ごめん……。」
「え、いやお前ごめんって、」
ドン、と言う音と共に、俺は思わず視線を横から前に向ける。そこには、俺のテーブルにウイスキーを置く鳴海がいた。流石にヤバいと感じ、おずおずと口を開く。
「あの……鳴海さん……?」
「何?」
満面の笑みを浮かべてはいるが、全身からは絶対に逃がさないという、強い圧を感じさせる。明らかに様子の違う鳴海に、俺も困惑する。
「あの……このお酒は……?」
「ん?さっき頼んどいたって言ったでしょ?」
「いや、にしてもウイスキーってのは……。もう結構飲んでるし、これ以上強い酒はちょっと……。」
「何?私のお酒が飲めないっていうの?」
「鳴海、そういうのは今どきよろしくないよ……。」
三ツ谷の弱弱しい制止が入る。鳴海も三ツ谷の忠告が聞いたのか、姿勢を正し、確かにねと言う。
「っていうか、突然どうしたんだよ、鳴海。ウイスキーなんて普段飲まないだろ。」
電話の件は許してもらえたはず、なら何が彼女の逆鱗に触れたのか……
「突然どうしたのはあんたの方でしょ新田……。あの時彼女はいないって言ってたのに、昨日の今日で同棲?いいわねモテる男は。」
なるほど、まったく許してもらえてなかったのか。しかし納得するのもつかの間、必死に弁明を始める。
「いやいや、だから誤解だって。さっきの電話は———」
「言い訳無用。」
必死に弁明しようとするも、一言で切り捨てられる。何を言っても無駄だと悟った俺は、横の三ツ谷に助けを求める。
「な、三ツ谷の方からも何か言ってくれよ。」
「……すまん新田ちゃん。話せば楽になると思うから……。」
「おい、何だよそれ。」
「いいから。」
三ツ谷に必死に助けを求めるも、鳴海にぴしゃりと話を切られる。一体何がお前をそうさせるんだ……。自然と背筋が伸びる俺に、鳴海は自分のグラスを持ち上げ、にこりと笑いかける。
「大丈夫、新田が言いたくなるまで私も一緒に付き合ってあげるから。」
「それ、何も大丈夫じゃない……」
諦めの境地に達した俺に、横から三ツ谷が声をかける。
「……死体は拾ってやる。」
「ああ、頼んだ。」
覚悟を決めてなみなみと注がれたグラスに口を付ける。飯を冷蔵庫に入れてもらったのは正解だったなと、なんとなく思った。
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