第30話 同期と飲み会
職場からほど近い居酒屋。金曜という事もあり、店内は仕事終わりのサラリーマンや、学校終わりの大学生で賑わっている。店員さんはせわしなく動き、絶えず誰かの喜怒哀楽にあふれた声が飛び交っている。そんな人々をぼんやりと見つめながら、俺も酒を少し口に含み、自分もそんな空間の一員であるのだと再認識し、何となく嬉しい気持ちになる。
「ふう……」
しかし、そんな風に俯瞰して見てしまう自分は果たしてこの場にふさわしいのか、なんてことも考えてしまう。いや、そんなことを考えるくらいなら、せめて酒でも飲んで、盛り上げ役に徹しよう。さっきより多めに酒を口に含む。ビールの炭酸が喉の奥の方に染みてくる。
「はぁ……。」
「ねえ、これ何の時間?」
「さあ?新田ちゃんのおセンチを眺める時間?」
「あほらし、私ポテトサラダ頼むけど、三ツ谷は?」
「あー、じゃあ俺モモにしようかな。」
「タレ塩どっち?」
「タレー」
「ちょいちょいちょいちょい。」
黄昏る俺を完全に無視して、テーブルをはさんで、二人でタッチパネルをポチポチと触る同期二人。俺が声をかけても、反応しない。
「飲み物も頼んじゃう?そろそろなくなるでしょ。」
「そうね、三ツ谷はビール?」
「うん、よろしくー。」
「ねえ、お二人さん?なんか俺に言うこと無いの?」
「新田もビールでいい?」
「ああ、サンキュー。」
一通り注文が済み、タッチパネルから視線が外れる。よし、今がチャンスだな。
「ちなみに、今俺二人に聞いてほしい話が合ってだな……。」
「ちなみに鳴海はタレと塩、どっち派?」
「んー、部位によるけど、大体タレかなぁ。」
「お、奇遇だねえ。俺もそんな感じ。」
「おい、ガン無視かよ。」
わざとらしく別の話題に切り替え、俺の話を聞こうとしない二人に、俺も流石に不満の意を示す。大体お前ら知ってるだろお互いの好みくらい、この店来るの何回目だよ。
目を細めて前の席にふたり横並びで座る同期を見ていたら、目くばせして、おずおずとこちらに向き直る。
「でも、大体察しついてるしなー。僕、新田ちゃんから大体事情聴いてるし。」
「まあ、それはそうだな。」
「私も事情は知らないけど、どうせ新田のことだしなって思ってる。」
「おいそれどういう意味だ鳴海。」
「っていうか、こうして今日が同期のみになったことがすべての答えでしょ?」
「え?そうなの?」
事情をほとんど知っている三ツ谷と、対象的に何も知らない鳴海。文句は言っているが、こうして来てくれている時点で、鳴海にもあまり文句は言えない。
「実はな…」
******
「話は大体わかったけど……」
一通り話しをし終わった。鳴海は渋い顔をして、非常に言いづらそうにおずおずと口を開く。
「私達にはどうしょうもなくない?」
「それはそうなんだけどな…」
がっくりと項垂れる俺、慌てて三ツ谷がフォローに回る
「まぁ、確かに鳴海の言う通りなんだけど、僕たちだけじゃホントにどうしようもないからさ、そこはせめて同性の鳴海の意見を聞きたいなぁって……」
三ツ谷に言われ、鳴海も腕を組みうーんと唸る。
「同性って言われても……」
「そこをなんかこう!いい感じのアドバイスを頼む!!」
「お願い!鳴海!」
「だからぁ……あ、ありがとうございます。」
酒が入っているせいか、俺も三ツ谷も何がなんだかよく分からず、手を合わせて頼み込む。一人冷静な鳴海は焼き鳥を受け取る。
鳴海はタレの焼き鳥をキレイにかじり、皿に置く。そうしたかと思うと鳴海はコホンと一つ咳ばらいをして、姿勢を正す。俺たちは鳴海の仕草にただならぬ気配を感じ、姿勢を正す。
「では、私からアドバイスを差し上げようと思います。」
「は、はい……」
鳴海は託宣を受けたように話し始める。口元に着いたタレをおしぼり拭き取る仕草も、なんだかそれっぽい。
口元を隠した鳴海は、ゆっくりとそのお告げを伝える。
「その子から相談を受けるまで、しっかり待つべし!!」
「は、ははぁ……」
お告げに一旦ペコリとするも、すぐに頭を上げる。
「し、しかし、明らかに本人が何か悩んでいるだろうに、そのまま放置するというのは何とも残酷な話では……」
「しかし、あなたが相談に乗ったところで解決できない問題だったらどうするんですか?余計な口を出す前に、仕事のフォローなんかを優先して、本人が相談しやすい環境を作るのが大切なのです……。」
「なるほど、お互い大人。学生ではないのだから、最低限見守るのが大切、という訳ですね……」
鳴海も三ツ谷も、酒が入ってきてかおかしなテンションになってきている。
「分かりました。ではここはぐっとこらえて、待つことに致します……。」
俺も深々と頭をさげる。初めは酔ったテンションでやってたけど、段々鳴海が神々しく見えてきたな……
「そう、分かったならば彼女に奢ってあげようと思った分、私にお酒と焼き鳥をささげるのです……。」
「はい、好きなだけ注文してください!」
流石は鳴海、やっぱ持つべきものは出来る同期だな!
混雑し、騒々しい店内の中で少し異様な盛り上がりを見せている社会人3人のテーブル。
「あれ、誰か電話なってない?」
そんな中、三ツ谷が音に気づく。それぞれが携帯を確認する。
「私じゃないけど……」
「あ、悪い俺だ。」
「おいおい、せっかく盛り上がってきたところなのにな~」
「すまんすまん、ちょっと出て来るわ……」
そのまま席をはずそうとしたところを、三ツ谷が呼び止める。
「おい、まさか彼女とかからの電話か?」
三ツ谷は酒が回ってきたせいか、普段は言わないよう下世話なことを聞いてくる。
「え、ちょっとそれはダメよ!ちょっと新田、誰から電話?」
「そんな、彼女なんていねぇよ。」
鳴海も赤い顔でこちらを咎めてくる、いや、にしてもダメってなんだよ。俺も回らなくなった頭で、弁明しようと携帯の画面を見せる。
「え……?」
明らかに困惑した鳴海の声、酔った視界の中でも《自宅》の二文字は、はっきりと目に映し出されていた。
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