第29話 後輩と違和感
何とか駅に到着し、目的の電車に乗り込む。
外よりは冷房の効いているはずの車内は、人から発せられる熱気と相殺され案外涼しくない。しかし、皆同じことを思うからか、人同士の距離は少し離れており、そこまで暑苦しくはない。
「ふう……。」
シャツの胸元をつまんで揺らす。少し風通しが良くなって、心地よい。ちょうどよくクールビズを宣伝する服屋の広告がモニターに流れる。最近人気の若手の俳優がシャツ姿で決めポーズを取っている。家で見ているときは大してほしいとは思わなかったが、この状況下では非常に欲しくなる。まだまだ暑くなるみたいだし、買ってみるか……?
視線を落とすと他のサラリーマンたちも、広告に熱い視線を向けていた。分かる、分かるぞその気持ち……。
そんなことを考えていると、目的地へと到着する。さっきまで考えを同じくしていたサラリーマンたちが、各々の
駅から職場向かっていると、後ろから声が掛けられる。
「おはよー、新田ちゃん。」
「おお、三ツ谷か。」
後ろにいたのは我が会社きっての色男、三ツ谷だった。暑いにも関わらず、シャツの袖も捲らずいるが、飄々とした雰囲気は普段と同じだ。
「にしても、朝から険しい顔してんね。なんかあった?」
「いや、戦士たちと意思を同じくしてた。」
「……ホントに何があったの?」
そうやってカッコつけれるお前には分からん世界だよ……。しかしコイツ、ホントに平気そうだな……。
「ちなみに三ツ谷お前、暑くないのか?袖捲りもしてないし」
「ん?あーこの格好?別に?」
やせ我慢などではなく、本当に平気そうな三ツ谷。
「すごいな、そんなに寒がりだっけか?」
「いや、別にそんなことは無いんだけど、就職してから別に暑いとか寒いとか、そんなに気になんなくなってきたんだよね。年齢かな?」
「いや、お前まだそんな年じゃないだろ。」
半分は自分に言い聞かせる。
「まあ、実際の所、仕事忙しすぎて、それどころじゃないのかもしれないね。」
「いや、その理屈はおかしい。」
冷静にツッコむ俺に、三ツ谷はキメ顔で言い放つ。
「朱鷺野先輩に指導されれば、夏もまた涼し、ってね。」
「お前、それ全然カッコ良くないからな……。」
とは言ったものの、あながち三ツ谷の見解も間違いではないのかもしれない。
今回のプロジェクトに参加して初めて分かったが、あの人は想像以上にスパルタだ。それを食らってここまで平然としている三ツ谷は、多分暑さとかそういう次元にいないのかもしれない。
コイツも戦士なんだろう、それも取り返しのつかないところまで来てしまったタイプの……。
「何、突然。」
「いや、なんでも……。」
ねぎらうように肩を叩くと、三ツ谷は不思議そうにする。そんな彼をおいて、俺達はコンクリートジャングルへと入っていった……。
*******
「おはようございます。」
会社に着いたが普段より遅い時間についてしまったため、人はほとんどいた。がやがやと喋っている社員はいるものの、不思議と普段よりうるさくない。疑問に思いながら準備をしていると、ふと気づく。そういえばあのやかましい後輩がいない。
「水原って今日休みとか聞いてます?」
「いや、特には何も……」
隣の席の同僚に尋ねるも、お互い何も知らない模様。風邪なら連絡するタイプだし、多分来るのが遅れてるだけだろうが、にしても珍しいな……。
「新田さんが知らないとなると、病気とかじゃなさそうですね。」
「何ですかそれ。」
はははと軽口を言い合っていても、水原は入ってこない。
準備が終わって、始業に向けて気合を入れるため一つ伸びをする。すると、どたどたと騒がしい足音が聞こえてくる。
「すみませーん、遅くなりました……」
話題の水原だった。足音の騒々しさとは反対に、そろそろと入ってくる。時計を見ると、ギリギリ遅刻ではなさそうだ。何かあったのか話を聴きたいところではあったが、丁度始業となり、わざわざ話しかけに行くほどのことも無く、俺も仕事に取りかかった。
その日の仕事は非常にスムーズに進んだ。トラブルも朱鷺野先輩からの無茶ぶりも特になく、いい感じだった。しかしその一方……
「あ、す、すみません!」
「えーと、それは……えっとー……」
向かい側の水原の調子はどうにも悪そうだった。普段の騒がしさはどこへやら、ぼーっとしているし、ミスも連発しているようだ。
「すみません、すみません……」
「全然気にしないで、フォローできる範囲内だし。」
「はい、ホント、すみません……」
身を縮こまらせて細かく謝る姿が、なんとも痛々しい。周りはそこまで気にしていないだろうに、本人が必要以上に謝るもんだから、嫌な空気が流れている。
昼休憩の時間となり、俺は一人で弁当を食っていた。水原に一言声を掛けようかと思ったが、まだ仕事が残っているようで、断念する。前回断った代わりに、今日は飲みに行くという約束をしていたんだが……この調子じゃどうだかと言った感じだ。
「新田ちゃん、ここ座るよ。」
「おう、好きにしろ。」
三ツ谷も昼休憩に入ったらしく、俺の向かいの席に座る。片手にはコンビニの袋が握られている。
「新田ちゃんは今日もお手製弁当か、偉いねー。」
「ああ、まあな。」
初回は遊びに来た姪が作ってくれたで通せたが、頻繁にとなるとその言い訳は苦しい。なので今は俺が料理を勉強しつつ、弁当を作っているという体になっている。
凛も大変だろうから、弁当は大丈夫だと言っているのだが、本人は楽しくなってきたらしく、作ると言って聞かない。まあ、俺としても嬉しい限りなんだが……。
「おお、何か今日の弁当はまた一段と凝ってるねー。」
「ま、まあな。」
「仕事しながら弁当なんて大変じゃない?」
「最近料理が楽しくなってきてな、まあ、そんな感じだ。」
凝り性を発動した凛の作る弁当の内容が、一人暮らしの男が作る様な代物じゃなくなっているのが問題だ。
「すごいねー、僕なんてコンビニばっかりだよ。」
とはいえ、特に三ツ谷にも怪しまれることはなく、この場は乗り切った。
「……」
「……」
弁当の話題が尽きてから、お互い無言の時間が流れる。二個目のおにぎりの包みを開きながら、三ツ谷は口を開いた。
「楓子ちゃんの事?」
「……分かるか。」
「そりゃ分かるよ、新田、今日ちょいちょい楓子ちゃんの方見てたでしょ。」
「バレてたか。」
「あんだけ気にしてたら、そりゃバレるよ~」
どうやらお見通しだったらしい。気恥ずかしくて頭を掻く。
「いや、声かけようかと思ったけど、とてもそういう雰囲気じゃなくてな……。」
「でも、今日君ら一緒に飲みに行くんでしょ?」
「え、何で知ってんだよ。」
「楓子ちゃんから聞いた。こないだ嬉しそうに自慢してきたよ。」
何てこと無いように言って、三ツ谷はおにぎりにかじりつく。
「誘ったせいで、あいつが変に気を遣わないか心配で……」
三ツ谷はもぐもぐとしながら、うーんと唸る。お互い向かい合って悩んだ末、三ツ谷はゴクリと飲み込み、考えを話す。
「でも、声くらいはちゃんと掛けてあげた方がいいと思うよ?楓子ちゃんも誘われて気分転換になるかもだし、ダメそうなら新田ちゃんの方から予定調整してあげればいいじゃん。」
「……確かに、お前の言う通りだな。」
俺も現状に混乱して正常に考えられていなかったようだ。三ツ谷も満足そうにして、いつの間にか食べ終わっていた二個目のおにぎりをレジ袋に片す。
「新田も楓子ちゃんとは長い付き合いなんだし、その辺の塩梅はよく分かってるでしょ。」
「分かんないけど、取り敢えず聞いてみるよ。」
「そうそう。もし断られるようだったら、俺が飲みに付き合ってやるから。」
そう言われてみれば、最近同期でメシに行く機会はめっきり減った気がする。まあ、凛の件とか、朱鷺野先輩の件とか、色々あったしな……。
「確かに、たまにはアリだな。」
「だろ?じゃあ俺は戻るわ。」
「おう、ありがとな、三ツ谷。」
ひらひらと手を振り、三ツ谷は颯爽と帰っていくのであった。
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