第二部

第28話 アラサーとJKといつもの朝

 突然だが、皆さんは共同生活の経験はおありだろうか、結婚や同棲、ルームシェア、少し毛色が変わるが、寮生活など……形は様々だろうが、そのどれかを経験したことがあるという人は、少なくは無いのではないだろうか。


 しかし、実際に経験した人なら分かってもらえるだろうが、共同生活というものは簡単ではない。他人と日々を共にする上で、価値観の違いや生活リズムの差というのは、お互いに見えない形のストレスをため込みかねない。


 さて、話は変わるがここに共同生活を送る者が二人いた。片や仕事に忙殺されるアラサー、片や家出したJK、生活リズムの合うはずのない、そんな二人の日々の様子を少しご覧いただこう。



「新田さん!今何時だと思ってんの!」

「えー、6時半とか……?」

「何言ってんの!7時15分だよ7時15分!いい加減起きないと遅刻するよ!」

 朝とは思えないくらいにしっかり声を張っているにも関わらず、新田は未だ夢と現実の境界線にいる。思いっきり叫んでやろうかと考えるが、これ以上声を上げると近所迷惑になるので、やきもきする時間が続く。


「凛お前、7時15分だとしたら遅刻ギリギリじゃねえか……」

「だからギリギリだって言ってんじゃん!話聞いてんの!?」

 そこまで言うと、新田さんはやっとごそごそと動き出す。


「とりあえずご飯食べるでしょ、私準備しとくから、早くね。」

「おー」

 気のない返事に不安を覚えつつも、キッチンで朝食の準備にとりかかる。ええと、卵卵焼き出来てるし、歯磨いてる間にあとパンだけ焼いとけばいいから……。


「凛~歯磨き粉切れてるんだけど」

「下の棚に新しいの買ってるからそれ取って!」

「りょーかーい」


 私の焦りとは裏腹に呑気な新田さん、遅れたら困るのは自分だっていうのが分かってるのだろうか。出発のタイムリミットが近づくほど、私の方が焦ってしまう。普段ならスムーズに準備できるはずの朝食も、かえって時間がかかってしまう。


 準備が終わった頃には、もう既に新田さんは席に座っていた。10分前のふにゃふにゃした感じは一切感じさせない、大人の顔になっている。私が起こした時にはあんなだったくせに……なんかムカつく。しかし今はそんな小言を言っている暇はない、二人分のパンを皿に乗せ、二人手を合わせる。


「いただきます。」


 一緒に暮らし始めてから、二人とも家にいるときは、必ずいっしょに食事をとる。新田家では食卓はコミュニケーションの場と考えているのだ。まあ私としても有り難い限りだ。


 と、言ったものの今日に関しては余り会話を楽しむような余裕もない。向かい合ってお互い黙々と食べ進めていく。お互い目線は下に向いているが、その沈黙も悪くなく、鳥のさえずりがいつもよりすこし響く今日みたいな日は、むしろ黙っている方がふさわしい気がした。あ、今日の半熟いい感じ。


「ごちそうさまでした。」


 私が食べ終わるよりも先に新田さんは食べ終わった。そのまま出かける準備に入ろうとするので、私もあわててパンにかじりつく。


「ゆっくり食べてていいよ。」

「そういうわへにはいはない。」

 齧りついたパンの量が予想以上に多かった。急いで咀嚼し、ごくりと飲み込む。


「そういう訳にはいかない、新田さん何か忘れものしないように確認しないと。」

「お前は俺のお母さんか……。」

 苦笑いをしつつも、新田さんは私の申し出を受け入れる。シャツを着て、ネクタイをキュッと締める。


「どうした、なんか変か?」

「いや、そういう訳じゃないけど……。」


 男の人がネクタイを締める姿は、何となくドキドキする。戦いに臨む前に気を引き締める武士みたいでカッコいい。


「そんなに好きならこっちで見ればいいだろ。」

「それは、なんかこう聖域に踏み入ってるみたいで、違う気がする。」


「お前といい水原といい、最近の子はよく分からんな……。」


 知らない人の名前が出てくる。誰だろ、後輩の人かな。っていうか新田さんも若いほうだと思うけど。そんなことを考えていると、新田さんは何か思いついた表情をする。


「あ、そうだ。」

「何かあった?」

「いや、今日多分夜外で飯食ってくるから、晩飯大丈夫。」

「あ、そう。」

「やっぱり飯必要ってことになったら、その時はまた連絡するから。」


 必要だったら連絡してくれる……つまりはそういう事だ。過去の私であればここでモヤってたかもしれないが、今の私は安定感が違う。こんな事くらいで動揺はしない。

 何なら新田さんに聞いてやるくらいだ。


「ちなみにご飯って男の人?女の人?」

「あー、女子だな。」




 ******



 「弁当持たされて叩き出された……」


 凛の行動に困惑する、電車は待ってくれない。頭の片隅にもやもやとした気分を覚えながら、俺は駅へと駆け出して行った。


 鳥は普段よりやかましく、一段と暑くなりそうな、そんな朝だった。




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