第6話
三年生五人を含む六人の退学はたちまち学校中の噂になり、私が誘拐されていくのを見ていた生徒もいたことから、私と潤絡みなことはすぐに知れた。何があったの、と聞かれ、ぱんつ見られるようなこと、と応えると大概は察して背をゾッとさせてくれる。女子は特にそうだ。男子はぱんつを見られてもあんまり気にしない。
潤は鉄壁の笑顔でみんなには関係ない事だよ、と言っているらしい。確かに潤や私が好きでも、そこまでの強硬手段に出るような人間はいないから関係ない事だろう。
それがまた潤を好きな人を傷付ける言葉だとしても、潤は私を守ってくれる。事実少林寺の時間はずらして、塾から私を家まで送ってくれるようになった。いっそ私も少林寺復帰しようかな、と思ったけれど、高卒でうちの会社に入るには大分勉強しないといけないぞ、とお父さんに言われているので、塾だけになっている。通信教育でも良いだろうけれど、塾でメグと過ごす時間と言うのも私には貴重なのだ。
学校での友人と、塾での友人は違う。変わらないのは私と潤が許嫁同士なのを知っていることぐらいだ。あんな格好良い彼氏がいて良いなーと言われるけれど、良い事だらけでもないよ、と新聞を閉じる。ばっちり先日の事件は載っていた。結構な騒ぎだったのかもしれない、なんてったって社長令嬢誘拐事件なのだから。
でも塾では誰にもバレていない。そんな話をする場所じゃないからだ。私は相変わらずたまに潤の家に泊まり込んて和食の煮物を基礎から叩き込まれているし、夜は時々一緒に眠る。
潤を不安がらせてしまったのかもしれない今回の事件もあったから、まあ、ほとぼりが冷めるまで抱き枕でいてあげようと思っている。帰り道、潤の家に向かうか私の家に向かうかは、潤のハンドル次第だ。潤の気分で、すべてが決まる。
とんだ我が侭ボーイになったけれど、どちらかの家に確実に送り届けるのは変わらないから、やっぱり不安なんだろう。一番不安がって良いのは私だと思うんだけれど、ここまで周りに心配されると逆に私が明るく居なきゃならないような気がしてくる。大丈夫大丈夫。心配ない。もっとも潤はそんな私の強がりすぐに見抜いて、添い寝にやって来るんだけど。
変だよなあ、潤なら全然嫌じゃないなんて。たまにパジャマの中に手が入ってることもあるんだけど、これはまったく気にならない。えっちぃ意味が入ってるのかもしれないけれど、潤なら全然怖くないし嫌じゃないのだ。むしろよりくっ付いていることに安心するような。
動画は消されたし、念のためあの女子の携帯端末は初期化された。警察は言いにくそうに、潤の隠し撮りばかりだったよ、と言っていた。ストーカーって言うんじゃないだろうか、そう言うの。それに真っ向からぶつかってしまったのが、今回の事件の不幸な所だったんじゃないかと思う。
ちなみに団長の携帯端末にはバレー大会の私の写真が一枚だけだったそうだ。女子にそそのかされて前科者になってしまった事を、不憫に思う。本当に丁寧な、ラブレターだったから。そこは私が悪い。潤がどうやって今までそれらを処理して来たのか、分かっていたのだから。
はて、そう言えば写真と言えば私と潤のキスシーンの隠し撮りは一体誰だったんだろう。女子だったらわざわざそんなシーンを撮らないだろうし、団長は動機がゼロだ。
そんな事を潤とお揃いの筆箱をいじりながら考えていると、どしたの、と声を掛けて来たのはメグだ。事件の所為でちょっと遠巻きにされつつある私には、有難い親友である。いやはや何とも。
「いや、最初の写真黒板に貼ったの誰だったのかなーってさ」
「ああ、あれ私」
「え。ええっ!?」
教室中の注目が集まる中、メグはしれっとして携帯端末を取り出し、ほら、と件の写真を見せてくる。この画素数、間違いない。あの時裏庭で聞こえたシャッター音はメグだったのか。でも何だってそんな事を。
「河原君に頼まれたのよ。自分とあんたのキスシーンばら撒いてこれ以上二人の時間を邪魔する奴が出て来ないようにしてほしい、って。結果は逆になっちゃったけど、実はあれ一組から八組まで全教室に貼ってあったのよ。誰も騒がなかったでしょ、今更。あの一味以外は」
あの一味。女子五人組か。彼女達も仲が良かったから、白い目で見られて肩を竦めて勉学に励んでいるという。
けらけら笑うメグに、はーっと私は自分の許嫁の独占欲の深さを思い知る。キス写真なんてばら撒いて、しかもそれが何の牽制にもならないことを知っていた。一部は炎上し、一部は鎮火する、危なっかしい道具でしかないのを知っていた。だからメグに呼ばれて女子トイレまで来たのだ。誰が敵か、知っておくために。
許嫁。婚約者。幼馴染。恋人。色んな言い方で私達を言い表すことは出来るけれど、結局最後に行きつくのは恋人だろう。始まりは許嫁でも、最後には恋人になる。だって私たち愛し合っちゃってるから。今更多少の傷なんて傷にもならないのかもしれない。
他の男に襲われ掛けた私を、潤は不純視しなかった。多分だけど、自分が原因の末端にいることを自覚していたのだろう。テーピングはまだ取れない。毎朝潤が撒きに来てくれる。そして原付二ケツで、いつも通りの登校。
お気に入りの小説のシリーズを押し付けて、感想言い合って、笑いながら過ごす。王子様は金髪だよな、と言うけれど、ディズニーなんかは割とそうでもないよ、と返す。お前の王子様だ、と言われて、笑ってしまった。
あの小説の王子様は確かに金髪だけれど、あくまで主人公の為の王子様だ。私の王子様は、黒髪黒目に少林寺拳法が滅法強い人だと決まっている。と言うと次の日には髪を黒く戻して来たんだから、痛むよ、と思わず言ってしまった。若禿げは流石にちょっと。しゅーんと項垂れた髪がちゃんとトリートメントされているのに、なでなでとその心地良さを遊ぶ。
まったく彼は、仕方のない恋人だ。小説にまで焼きもち妬いてたのか。本当仕方なくて、しょーがなくて、見せたがりで、目立ちたがりで。
担任にやんわりとそう言う事は他所でしろと言われてしまったけれど、やっぱり潤の家の客間になるのかなあ。抱き合って眠ってるぐらいだから、キスぐらい大したことがないともいえる。泣きながら私と一緒に居たいと言ってくれた王子様。許嫁様。恋人様。
学校でのキスは、とりあえず髪までにとどめよう。塾では頬っぺたまで。家に帰ったら。私の部屋ではちょっとぐらい良いかな。
お互いの領域で許せることが増えて行くと、本当に取り返しのつかない所まで行っちゃいそうで怖かったんだけど、他所の男の人に奪われるぐらいなら、潤に奪ってもらうぐらいで丁度良い。なんて言ったら爆発してまたいつものディープキスしかけてきそう。制服の中に手を突っ込んできそう。
でもその想像はなんだかちょっと照れ臭くて、嫌ではない。他の誰でもなく潤が私を求めてくれるなら、それで良い。囲い込んで誰にも渡したくなくて、ちょっと大暴れしてお巡りさんに怒られたりもして。そんな潤が私は好き。大好きで、心地良くて、だけど加減の効かない潤。見せ付けることも報復も、容赦のない潤が私は好きだ。
だってそれって、私の王子様みたいじゃない。
好きな小説は次巻で終わる。いつ出るのか楽しみだけど勿体ない。メグにも貸して今から嵌めてやろうか。でもあれは私が小学生の時に読んだから嵌ったもので、そうでなければ幼稚な夢物語にしかならないのかもしれない。私と潤みたいな、幼稚でだけど純な所のある、そう言う恋愛には憧れないのかもしれない。
でもやって見なきゃわからないから、どこにしまってあるか忘れた一巻から嵌めて行こうかな。同じ文系クラスだから本を読むのは早いのだ、メグも。殆ど児童向け小説だけど、あっという間に読み切ってしまうかもしれない。それとも、今は勉強中! と突っぱねられてしまうだろうか? まあ勧めるだけ勧めてみよう。
時間は小説のように進みはしない。結婚するだろう女の子と王子様は、十年経っても三年しか時間が経過していない。恐るべきことにその間に私と潤のキスの回数は恋愛小説を超えている。恋のお手本みたいだった小説は、今となっては親のような目線でしっかり幸せにおなり、と思うようになっている。恋のお手本。生まれた時から手を繋いできた私達には今更の事なのかもしれない。
でもあの王子様と女の子の結婚までが見たいんだ。そしたらまた読み直して十年待って、自分の結婚まで間が持つ。
私達の結婚はいつになるんだろう。あと十年。楽しみなようで、面映ゆい。することするのは結婚してから、と思っているけれど、存外私の方が我慢できなくなったりして。そしたら潤ってば、どんな顔するだろう。案外おぼこい反応するかな? 自分からするのはぜーんぜん、照れたりしないくせに、私からキスしたりするとはわはわした反応も見せてくれるし。
自分からは本当、平気でちゅっちゅするくせになあ。なんだか負けてるみたいで悔しいかも。私からのも照れないぐらい、これからはいっぱいキスして行こう。学校の外で。ふんっと鼻を鳴らすと、何決意してるんだか、とメグはやっぱり笑う。
「ねえねえメグ、私達の式では新婦の友人代表お願いね?」
「嫌だよそんな面倒で緊張するの。政財界の大物の前で恥かきたくないわ」
「出世頭紹介するから!」
「えー私と新婦のマナさんとの付き合いは小学校の頃に通っていた塾にさかのぼります」
「すらっすらじゃん! やっぱメグ頼りになるー!」
「楽して暮らそう一度きりの人生。良い男を捕まえる為なら何だってするわよ、私」
「やっぱりメグは青春損してると思う」
「汚点作るよりマシよ。少年院とか刑務所に入れられるのを考えたら、高校の間はあんた達の味方してるのが安泰だわ」
「わーひどーいまるで私が悪かったみたいな……本気で怖かったのに」
「はいはいごめんごめん。でもイチゴ柄のぱんつは無いと思うわよ。中学生じゃあるまいし」
「中学の時から潤の家に置いてる奴だもん」
「……そのうち取り換えなさい、もうちょっと大人っぽいやつに。あんた痩せぎすだから入るんだろうけれど、ちょっとは成長してると思うから」
「確かにちょっときつい……」
「って今も着てんの!?」
「昨日潤ん家だったから」
「もうそれ結婚してるのと何が違うか解んないんだけど」
全然違うよ、と言うと、どこが、と笑われる。お揃いのお弁当箱。お揃いのパジャマ。お揃いのペンケース。お揃いのシャーペン。確かに何が違うか曖昧だけど、私はまだ覚悟をしていない。お嫁さんになる覚悟は、決まっていない。だから料理だってお洗濯だって修行中なのだ。今はおじさんと潤のぱんつの区別が付くようになった。ストライプが多いのが潤。ボーダーでちょっとよれよれなのがおじさん。
人の娘にぱんつ洗わせるなとか、弁当が明るくなってちょっと恥ずかしいとか、お父さん同士は色々言い合って。でも結局は『うちの子可愛い』で終わっている。そんな安穏とした世界の中で、いつか私と潤は結婚するのだ。私は女の子からお姫様になる。その日は今から楽しみだ。
「あ、マナ、今日の煮物美味しい」
「隠し味に三温糖入れてみたんだよー、固まっちゃってるから使ってっておばさんに言われて」
「良いなこれ。好きな味かも」
「じゃあ今度は玉子焼きに使ってみるね!」
「私にも一口頂戴よー」
「良いよーメグには将来お世話になるんだからたっぷり持って行ってくれても。うりうり、じゃがいも攻撃ー」
「あ、ホントだ、何か味が濃くて美味しい。この歳から花嫁修業するぐらいなら、いっそ高校卒業と同時に結婚しちゃえば? 二人とも」
「それには資金が必要です。それぐらいは自分で稼がないと」
ふんっと鼻を鳴らすと、マナは頑張り屋だな、と潤に髪を撫でられる。今日は軽く巻き髪だ。最近はコテもスポーツバッグに入れて持ち歩いているぐらい、潤の家に泊まることが多い。そして潤の手さばきは上手くなるばかりだ。
編み込みなんてご飯食べてる間にちゃちゃっとやっちゃえるぐらいだし、コテの使い方も覚えて危なげがない。夜は抱き合って眠って、それも落としたり落とされたりはしない。自分でもこんなに寝相が良かったか忘れるぐらいに、落ち着いて眠れている。たまに眠り過ぎて潤に起こされ、慌てて台所に行くのもお馴染みだ。
いつか奥さんになった時がちょっと心配ではあるけれど、潤は私を受け入れてくれるだろう。どんなにねぼすけでも、髪がぐちゃぐちゃでも。いざとなったら切っちゃえば良いだけだし。でも潤に撫でられなくなるのは寂しいかもなあ。
まあ今は、潤の作ってくれる絶対の檻の中で大人しくしていよう。
潤は絶対、私を助けてくれる。
だから何も、怖くない。
檻の中のハムスターみたいな気分で私は人参を食べた。
うん、うまうま。
呆れるほどその傍に ぜろ @illness24
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