第7話
「うーっす、生きてるか?」
「死んでますよ〜」
いつものように教室の戸が開くと、煙草を咥えながら入ってきたのは松本だった。
「相変わらず煙草なんか吸って〜」
「お前も欲しいのか?」
「煙炊くなら線香にしてください」
「線香よりも煙草の方が美味いぞ?」
「制服着た若者が煙草吸ってたらマズイでしょうが」
他愛のない会話をしながら、ニコの隣に座って煙草を吹かせる。松本は最早ここの常連の様な者なので、彼女専用の灰皿が用意されている。灰皿がないと灰を床に落としてくるからだ。
「なんか怖い話ないの?」
「幽霊が真横に居るのに煙草吸いに来る教師の話なら」
「これまで聞いてきた生徒の話とかでも良いぞ」
「それ言ったらダメなんですよね」
噂その二、此処であった事は決して話してはならない。
2.5組の幽霊に関する噂で共有されているルールの一つだ。
「なんで話しちゃいけないんだ?」
「よく言うでしょ?怖い話をしていると、寄ってくるって」
自分の話をされていたら、誰しも気にするものであると同時に、怪《あやかし》達も気になって来てしまうのだ。
「話した生徒さんに悪影響を及ぼすかもしれないから辞めようってなったんです」
「ふーん、お前ならいいんじゃね?」
「··········えっ?」
ニコも同じ怪であり、万が一寄ってきてもこの教室なら比較的安全なので大丈夫だと松本は言う。
聞いた人にも害があるかもしれないと逃げるが、あの手この手と言いくるめられて結局話すことになってしまう。
「本当に何か遭っても知らないですからね?」
「その時は助けてくれるんだろ?」
ニコは比較的安全な話から語り出した。
「私、ピーマンの肉詰めがダメなんです」
そう語ってくれたのは、今回は名前を伏せてAさんとします。
「ピーマンが苦手とか?」
「いえ、ピーマン自体は好きなのですが、肉詰めだけがダメなんです」
不審に思い、詳しい話を聞いてみることにした。
Aさんがまだ幼い頃に、母方の親戚の家へ遊びに行ったそうです。周りは山や田んぼしかない田舎でしたが、虫取りや探検ごっこと言った遊びを直ぐに思いつき、暇なんて事はありませんでした。
親戚の叔母の家は古い一軒家ですがとても広く、探検のしがいがあるというもの。客間や寝室,襖に仕切られた使われていない部屋などを探し回っているだけでも楽しい時に叔母からある約束をさせられます。
「いい?二階の奥の部屋だけは入っちゃダメよ」
「なんで?」
「··········、危ない物が多いから近寄らないでね」
そんな事を言われてしまえば、入って見たくなる。
叔母がお風呂に入っている隙にコッソリ二階へ上がっていく。ミシミシと木の階段が軋むが、シャワーの音が掻き消してくれる。使われていないから電気は消えていて暗かったが、月明かりが差し込んで仄暗い廊下をすり足で進んで行く。
例の襖の前まで行き、サァーッと襖を開けると何も置かれていない広い和室があるだけでした。
「なんだ、何も無いじゃん」
そろそろ叔母がお風呂から戻ってくるので、その場を後にしてその日は眠りに着きました。
ですがその晩、おかしな夢を見てしまう。
あの二階の部屋から自分を見ている光景でした。何だか気味が悪い、目の前から見ているのに自分は全く気付くことなく「なんだ、何も無いじゃん」と言って部屋を出ていく。その背中をしばらく見つめた後に目が覚める。
もしかしたら、あの場所に誰かが居たのか?と頭を過ぎる。
「Aちゃん、今から町内会の集会に行ってくるからお留守番よろしくね」
叔母が出掛けてしまい広い家で取り残されてしまう。気になるのはあの二階の奥の部屋、恐怖心よりも好奇心が勝る。
二階へ続く階段を上がって部屋の前に立つ。襖を開けて中を見るが、やはり誰も居ない。
急に寒気がしてきて帰ろうとした矢先、クチャクチャと奇怪な音が中から聞こえてくる。
振り返り部屋の中を覗くと先程まで居なかった鬼の様な者が何かをしている。
「·····!?」
驚きのあまり声が止まる。よく見てみると、倒れた人の腹を引き裂いて何やら肉のような物を詰め込んでいる。
それはまるで昨日出されたピーマンの肉詰めみたいに。
それだけでは無い、その倒れている人物の顔が自分によく似ていた。急いで階段を駆け下りて客間に戻る。先程の光景が頭に焼き付いて離れない。思い出しただけで吐き気を催しトイレへ駆け込む。
それ以来ピーマンの肉詰めを見ると、あの日の光景を思い出すとの事です。
「··········何とも言えないな」
「自分から聞いといてそれですか」
怪談を聞きながら松本は煙草を5本も吸ってしまう。教室中に煙草の臭いが染み付く
「そのAさんは大丈夫なのか?」
「肉詰めしていた鬼ですけど、来なかったんですよね」
「話しても来なかったのか?」
「大抵が話すと来たりずっと憑いてる場合が多いんですけど、完全に痕跡が消えてたのできっと誰かに祓われた後なのかも知れません」
「今も居ないのか?」
「そうですね、違うのは来てますけど」
「それ大丈夫な奴か?」
「多分通りすがりでしょう」
教室の中はニコの結界によって近寄れないため、教室の周りを男の霊が彷徨いている。
暫くは此処に居た方が良さそうだ。
「他には無いのか?」
「懲りない人ですね。いいでしょう、丁度俺も暇してますからね」
ニコは続けてもう一つの怪談を語った。
これは高倉が初めて此処へ訪れた時のお話。
写真や動画の撮影が趣味だという高倉は、何気ない風景から絶景スポットと名高い景色を写真や動画に記録して回っている時に、不可解なモノがよく映るという。
撮影時は気付かないが現像したり後で動画を見返すと、黒いモヤみたいなのが紛れ込んでいる。
カメラマンのそういった話はよく耳にするので、映ってしまった物はすぐに削除や燃やすようにして気にしないでいた。
ですがそんなある日、また不可解な写真が撮れてしまう。
野良猫を正面から撮影した写真の右奥辺りに生気のない目でこちらを睨みつける少年が映り込んでしまう。
何だか気味が悪くなりすぐに燃やしたが、後日自宅のポストに例の写真が投函される。
何度も燃やしたり、塩を練り込んでから燃やすと良いと聞いて試すが戻ってくる。
その事を写真好きの先輩に相談したところ、2.5組の幽霊へ行き着いたという訳でした。
「この写真なんだけど…」
確かに右の方に青白い顔をした少年が睨みつけている。あまり直視すると吸い込まれそうな嫌さを感じる良くない写真だった。
「その子最初は遠くの方に映っていたんですけど、戻ってくる度に近付いて来てるんですよ」
「またとんでもない奴に絡まれちゃったね」
「何とかなりませんか?」
「この写真を正式な方法で処分してもまた来るかもしれないな」
「じゃあどうすれば⋯?」
「この写真預かってもいいかな?」
ニコは高倉から写真を譲り受けて、1週間後また来て欲しいとお願いする。
自分が写真を持っている間は高倉に影響がないので、その日は帰した。霊能少年こと晃弘に頼もうかと考えたが、彼には少々荷が重いと判断する。
机の上に写真を置いて経を唱える。
唱えながら、指の先から出た蒼い炎を写真に移してジワジワと燃やしていく。
燃えていく最中子供とは考えられない野太い声で断末魔をあげながら此方へ罵詈雑言訴えてくる。
「何故邪魔する!?このクソガキが!!覚えておけよ!必ずお前を殺しに戻ってくるからな!」
本来の写真よりも燃え尽きるのに時間がかかってしまう。
経を唱えながら苦痛に歪んでいく彼の表情を眺めながらゆっくり灰になっていった。それから1週間あの少年が現れることも無く、高倉が約束通り来てくれた。
「もう君には来ないと思うよ」
「ありがとう助かったよ」
「また変なモノが撮れた時は来て欲しい。力になるよ」
そしてその後も何度か心霊写真や動画が来る事になったが、それはまた別のお話。
「今でも高倉と連絡とってるのか?」
「彼、今は映像制作に携わっているようですよ」
「アイツ写真撮るの上手いからな。で、その幽霊はもう出ないのか?」
「あっち《幽世》に強制送還しましたから、そう簡単には帰って来れないと思うのですが執念深い奴なら可能性はありますね」
「大丈夫なのか?」
「多分狙いは俺なので大丈夫でしょ」
気が付けば時刻は午後五時を過ぎて長いをしてしまったようだ。
松本は礼を言って教室を後にする。外に居た霊もいつの間にか消えていたから丁度いいだろう。
「お前を必ず殺しに戻ってくるか、楽しみだね〜」
何十年、何百年と待ち続けてまた会いに来るのを楽しみにして待つ。
彼の暇を潤す存在なら誰でも構わないから。
2.5組の幽霊 雪だるまん @yukidaruman_2
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