4.魔獣との別れととんがり帽子

 日を追うごとに、セルと魔獣たちの距離はどんどん近くなった。

 ついにはセルが料理をしに外へ出ると、いつの間にか魔獣たちが集まって来るようになっていた。

「もう少しでできるから、みんな待っててね!」

 誰かのお腹がグーッと返事をした。

 セルは「あははっ」と声を上げて笑ってしまった。


 そんな中、たった一日だけ朝から晩まで雨が降り、セルは一日中小屋の中で過ごした。雨の日は魔獣も巣穴から出てこないため、食事を用意する必要はないのだ。

 読書をしていたセルはふと、毎日バツ印を書いていたカレンダーを見た。

 試験の残り期間は明日と明後日の二日間。つまり、魔獣たちに食事を作るのも、あと二回ということだ。

「楽しくなってからは、あっという間だったなあ。……ちょっとさみしいくらい」

 セルは自分の言葉に信じられない、と思い、フフッと笑ってしまった。

 四日目にあんなに泣いたのがウソみたい。

 セルはクスクス笑いながら、魔獣の本に目を戻した。






 最終日、セルは、カボチャに似た鍋に入った料理を平らげる魔獣たちの前に立った。

 魔獣たちはピタッと動きを止め、セルを見た。

「あのね、わたし、今日でここにいるのは終わりなんだ。魔法使いになるための試験が終わるから、みんなとはお別れ。でもね、わたし、この森も、小屋も、みんなのことも大好きになった。だから、絶対にまた来るよ。それでまた料理を作ってあげる。約束するね」

 魔獣たちは何も答えず、すぐに食事に戻ってしまった。

「……やっぱり、こんな短い時間じゃ信用してもらえるわけないよね」

 セルはそう呟き、小屋の中へ戻った。


 最後の食事を与え終えたら、森から自分の足で帰ることになっている。

 昨日のうちにまとめておいた荷物を背負い、二冊の本だけを手に持って外へ出ると、食事を終えた魔獣たちが、横一線に並んで待っていた。

 鍋を見ると、まるで洗ったかのようにきれいだった。

「こんなにきれいに食べてくれてありがとう。元気でね」

 笑顔で見送る魔獣はいなかった。

 それでも、何度振り返っても、魔獣たちは一歩も動かずに、セルを見つめていた。

 セルは何度も大きく手をふった。






「皆さん、またお会いできて本当に嬉しいです。あなた方はこの厳しい試験を乗り越えました。それを誇りに思ってください。本当におめでとう」

 一人一人名前が呼ばれ、大魔法使いである校長先生から、魔法使いの象徴であるとんがり帽子を授与された。内側に名前が刺繍された世界で一つの帽子だ。

 セルは、自分の頭にはまだ少し大きい帽子のツバを、両手でギュッとにぎった。


「――あの、すみません!」

 式典が終わると、セルは慣れない帽子を手で押さえながら、講堂の奥に消えていく試験官を追いかけた。

「セル・ターニャ。どうしました?」

「あ、あの。この本、もらってもいいですか?」

 セルは外套の中に隠してあった二冊の本を取り出した。あの小屋で一緒に過ごした本だ。

「構いませんよ。いくらでもある、ごくありふれた本ですから」

「ありがとうございます。……あの、最初に、魔法使いは、一人の力で何でもできなきゃいけない、って言ってましたよね?」

「えぇ。魔法使いとはそういう生き物です」

 試験官は素っ気なく答える。

「確かにこの一か月、いくら泣いても誰も来てくれませんでした。……でも、助けはありました」

 セルは本をギュッと抱きしめた。

「助けって、思いもしない形でやってくるんですね」

「……助けとは、人の力だけではない。そして、待つだけでは来ない。あなたはもうそれを、充分理解したでしょう?」

 試験官はくるっと体を翻した。

「それから、森に行くのは構いませんよ。魔獣たちが、あの鍋の料理を待っているでしょうからね」

 先生たち、ちゃんと見てくれてたんだ。

 セルはにっこりと笑って、試験官の背中に「はいっ」と元気よく答えた。

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魔獣の森で、本を片手に鍋を混ぜれば 唄川音 @ot0915

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