恋するアナタに送る10の物語

@hydrangea0000

No,1 隣のデスク

カタカタカタ

 隣のデスクのパソコンから規則的に途切れることなく響く軽快なタイプ音が妙に心をざわつかせる。


「今日調子いいねー。なんか用事でもあんの?デートとか?」

 軽い口調を心がけながら違うという返事がきますようにと内心不安でいっぱいだ。


「えぇーどうでしょうね。内緒です」


 これはデートがあるのかないのか曖昧な返事に少し焦る。

「なんでよー。教えてよー。」


「まぁまぁ(笑)。お疲れ様ですー」


 これ以上突っ込んで意識していると思われたくないけど、知りたいけれど追求できないもどかしさをどうにもすることができずにデスクに突っ伏した。


「あー最近狭山くんいい感じだよね。彼女でもできたんじゃない?」

 ニヤニヤしながら課長が狭山の後ろ姿を見送りながら話かけてくる。

 わかってんだよクソジジイとモヤモヤから変換したイライラを心の中で課長にぶつける。

 わかっているのだ。最近仕事を終えたら急いで帰宅していることも、時折くるメッセージに顔をにやけさせているのも、外仕事のついでに以前好きではないといっていたチョコレートを真剣に考えて買っていることも。


(彼女できたんだろうなぁ)


 でも分かりたくないじゃないか。


「中学生みたいなはしゃぎ方してんじゃねぇよ。」

 小さく漏れた言葉が胸に響く。もう今日は大人しく家い帰って自分のことを甘やかすしかないと決意して会社から出る。


 人を好きになるということを世の中のどれだけの人が理解しているのだろうか。恋愛は理屈?それとも直感?

 今まで彼氏ができたことがないわけではなく、もちろん彼氏ができた時はその人がとても大好きだったと思けれど、大人になってから人を好きになってもどうやって行動すればいいのかわからない。そもそも好きなのかもわからない。好きってなんだ。

 結婚した人とかパートナーがいる人ってほんとにすごいななんて思いながらぼんやり家までの帰り道を歩く。

 そんな感じで感傷に浸っていても家に帰れば自分の好きなドラマの録画を見ながら自分の好きなご飯を作って食べて、好きな入浴剤を入れた風呂に浸かりながらパックして、風呂から上がれば眠くなるまでお酒を片手に好きなことをして、眠くなったらあったかいベッドで眠る。なんだかんだこの時間が一番好きなことを再確認して「やっぱ彼氏いらないや」ってなる自分のちょろさにそりゃ彼氏とかできないよなと納得してしまう。


それなのに・・・

「おはようございまーす。お疲れ様です。」


 昨晩自分で納得しておきながらやっぱり声を聞くと好きなんだよなぁとなる情緒不安定な私を私はどうしたら??


「おはよ。お疲れ様。彼女とはお楽しみだったんですか。」

 聞かなきゃいいのに余計なことを聞いてしまう。


「え?彼女すか?いませんよ。」


 は?

 あまりにもあっけらかんとした様子に腹が立ちながらもじゃあなんで教えてくれなかったのかとか、あのチョコレートはなんだ!たまにニヤニヤしながら見てるメッセージはなんだ!とびっくりと腹立たしさが込み上げてくる。


「え?いないの?」

「え?いるっていったことないですよね?」

「だってなんか最近めっちゃすぐ帰るし、甘いもの嫌いなのにチョコとか買ってたから彼女できたのかなってみんなで言ってたんだよ?」

「あぁなるほど」

 頷きながらニヤニヤしている顔にムカつきながらも言葉の続きを待つ。

「この前課長と飲みにいったときにバーに連れて行って貰ってそこで飲んだウイスキーがめっちゃ美味しくてウイスキーにハマってたらウイスキーにはチョコが合うっていう記事を読ん試したらめっちゃ美味しかったので最近晩酌にハマってんですよね。」


 あのクソジジイ!!紛らわしいことすんなよ!!お前のせいか!!と何も悪くない課長に心の中で悪態をつきながらももう一つ気になっていることに突っ込んでみる。


「でもさ、それ以外にも最近めっちゃニヤニヤしながらスマホ見てること多くない?」

「あぁそれは最近実家で猫を飼い始めて家族ラインに送られてくる写真がめっちゃ可愛いんですよね。自分は一人暮らしだし、面倒見れないんで飼えないっすけど写真で癒されてます。」


 そういって家族ラインで送られてきたと思われる写真を無邪気に見せてくるコイツになんだかムカつきながらホッとして、自分の勘違いに恥ずかしくなって、

「あっそ」

と興味のないように装うことに専念する。


「なんすか。気になってたんですか。耳赤くなってますよ」

ニヤニヤしながらこっちを覗き込んでくるな!と思いながら照れ隠しにもなっていない

「なってないし!」

と返事をするしかない。


ちょうど就業開始のチャイムがなって助かった。

「ニヤニヤすんな!仕事しろ!」

「はぁーい(笑)」


 愛らしくて憎たらしいコイツに私はまた一段沼ってしまった。あと一つわかったことはコイツは確信犯だってことだ。


 カタカタカタと軽快にタイプを打ち始めた隣を盗み見ながら嬉しいようなムカつくような変な気持ちになりながら一日が始まった。

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