神の目の小さな小さな塵

菜月 夕

第1話

「深度1-D1クリア。木星表層大気突入しました」

 木星深度探査-ジュピターディーププローブ-JDPは木星の暴虐な表層大気の更に深くを探査する野心的な計画だった。

 乱流が絶えず発生して木星の真の姿を隠す表層大気。木星大気の圧力と乱流を唯一かわせるかも知れない木星の大赤班その中心は他に比べて安定した高気圧の目だ。

 そう、地球の台風にも似た渦だが、それは熱性高気圧で時速360キロ程で木星の自転に合わせて動いている所が大違いだ。もっと言えばその大きさも地球が丸ごと入ってしまう点はもっと違うが。

 この高気圧である所が今回の探査に選ばれた。

高気圧なら表層大気を中心部に引き込み、下降気流で深部へ向かう。この流れに探査機を乗せれば高層の比較的低圧力の大気が深々度での探査機を木星の圧力から守って深々度へと導いてくれる。

「D2クリア。観測機器オールグリーン。映像届いています」

JDPに自転軸で30度ずれた中継機にも各種ビームが送られることでより立体的な大赤班からの情報を伝える。

 人類が初めて見る表層以外の映像だ。軌道観測船のクルーが沸き立つ。しかしこれからがもっと本番だ。木星の膨大な圧力が探査機に影響を与える頃だ。

「D3突入します」その時、カメラに更に深い処から何かが上がって来るのを映しだした。そして探査機にソレがその一部を伸ばす。

 それは映像であってもおぞましさと畏怖をもたらすナニかとしか言えないものだった。

 そして探査機はプツンとすべての信号を停止したかと思うとなんの予兆もなく大赤斑とともに消えてしまった。

 我々は茫然とするばかりであったが観測船クルーの一言が静まりかえった船内に印象的に残った。

 ジュピターと言えば主神。その神の目を探る探査機は神の目の塵にしか過ぎないのかも知れない。アレはそんなおぞましさと畏怖の何かだった。

 我々はその塵にもあたらない存在でしかない。

 大赤斑はそれから数世紀復活することはなかった。それは瞬きに過ぎなかったのだが、神の息は長い。




*注 現在の大赤淵は6000キロほどの直径ですが、この話の時点では再び地球を飲み込める程の大きさになっている。   ことになっています。

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神の目の小さな小さな塵 菜月 夕 @kaicho_oba

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