第8話 最終話 ベルギー最終日 修正版

※この小説は「ベルギー城めぐり」の修正版です。実は、パソコンの操作ミスで編集中に保存できなくなり、新しいページで再開した次第です。文言や表現を一部修正しております。もう一度読み直していただければと思います。


トラベル小説


 入国8日目、6月24日。ベルギー最終日だ。朝食会場は静かだった。ギャルソン(ボーイ)が一人、コーヒーのサービスをしている。料理は中央のテーブルに並んでいる。種類は多くないが、量は豊富だ。木村くんはハムを10枚ぐらいとっている。食欲旺盛な木村くんを見て、長谷川さんは微笑みを浮かべている。

「今日は、ヴェーヴ城に行ってみたいんです」

 と長谷川さんが言うので、そこに行くことにした。ナミュールからさほど遠くはない。

 8時にチェックアウト。3人で食事込みで5万円ほど。シャトーホテルとしてはリーズナブルだ。

 ベルギーの田舎道を走る。森の中の舗装路を60kmで走る。大きな左カーブにさしかかった時に、対向車の大型トレーラーがはみ出してきた。(あぶない!)と、とっさにあらんかぎりの力で急ブレーキをかけた。すると、こちらの1m手前でトレーラーは車線にもどっていった。私は放心した状態でハンドルを握ったままだ。

「あぶなかったですわね。死ぬかと思いました」

「ひどい運転手だな。スピードの出し過ぎだよな」

 と木村くんは怒り声だ。右側通行なので、左カーブだとアウトコースだが、対向車はインコース。スピードを落とさないと曲がれない。大型トレーラーは対向車が来ないと思ってスピードを落とさなかったのだろう。

「後ろから追突されなくてよかったですね」 

 という長谷川さんの言葉でやっとクルマを走らせることができた。


 9時にヴェーヴ城に着いた。森をでたところの小高い丘にそびえたっている。小さい城だが、四隅に円形の塔があり、その先端にはとがった尖塔がある。まるでおとぎの世界だ、でも私は昔TVドラマ「コンバット」で見たような記憶があった。もしかしたらロケ地だったのかもしれない。

 この城は、5世紀ごろからあり、1200年に破壊され、1230年に再建されたが、15世紀に火災にあい、その後修復されたとガイドに書いてある。ルイ15世が手を入れたらしい。

「なんかヨーロッパのお城そのものですね」

 という木村くんの言葉に

「そうね。素朴でかつ威厳がある。大きくはないけれど、お城の原点みたいな感じがするわね」

 と長谷川さんも同意する。

 駐車場から200mほど歩いて城門に入る。人は住んでいない。先ほど門が開いたばかりだ。観光客は我々だけで、静寂の時を迎えた。3人とも無言で、城内に見入っている。中は木造だ。部屋らしいものはない。城内は広場になっており、その周りに棚やテーブル・椅子が並んでいる。ひさしがあるので、雨でも過ごせるが、中央は露天の状態だ。木でできた階段は珍しい。きっと城の周りには木が多くて、石が少なかったのだろう。

 階段を上がると狭間から外が見える。ここから弓矢でねらったのだろう。見晴らしはいい。塔にのぼる階段があるようだが、そこは公開されていなかった。一回りするのに10分もかからない。それだけ小さい城なのに、とても印象に残る城となった。

 次に、ガイドブックにのっているヨーロッパで一番小さい町「デュルビュイ」に向かった、11時ごろに着いた。ここは人口500人ほどの小さな町だが密集しているので、小さな町という感じはしない。他にももっと小さな町があると思うのだが、そこは村なのだろうか。伯爵の城に行ってみたが、これといって感慨深いものはない。展望台みたいなところだ。先ほどのヴェーヴ城があまりにも強烈だった。

 デュルビュイは美食の町ということだったが、入ってみたい店がなかなか見つからない。観光客が多いし、フルコースらしき店ばかりだ。長谷川さんはともかく木村くんはまったく興味を示さない。12時になろうとした時、木村くんが

「ブリュッセルにもどって、うどんを食べませんか?」

 と言ってきた。例の日本料理店Mにいこうというのである。

「話のあった日本料理のお店ね。私はいいわよ」

 と長谷川さんが言うので、木村くんの運転でブリュッセルにもどることにした。隣に長谷川さんが座っているので、やや緊張気味だ。

「長谷川さんは、何時から仕事ですか?」

 と私が聞くと、

「フライトの3時間前ですから午後6時です。でも、今日は仮眠と身支度をしたいので4時には空港に入りたいですね」

 という返事だったので、それに合わせて行動することにした。

 2時近くにグランプラス近くのMについた。ランチタイム終了間際だ。

「いらっしゃいませ。あら、また来られたんですね。ありがとうございます」

 と明るいおかみさんの声、ホッとする。

「今日は女性連れですか?」

「はい、この方がCAの長谷川さんです。これからよろしくお願いします」

 と紹介すると、双方であいさつをかわしていた。

「ご注文は?」

「ぼくは天ぷらうどんの大盛り」

「それじゃ、私はふつうの天ぷらうどん」

 二人仲良く天ぷらうどんを注文している。私はきつねうどんにした。ご主人は閉店間際だというのに愛想がいい。やはり女性相手の方がうれしいのかもしれない。おかみさんは2階の片づけにいそしんでいる。おかみさんもなかなかの美人である。

 天ぷらがあがり、3人分のうどんがでてきた。

「わー、おいしい。日本みたい」

 と長谷川さんが言うと、

「でしょう。だしがいいんですよね」

 と木村くんが間髪いれずに言った。

「このきつねのあげはどこから仕入れているんですか?」

「うちの材料は全てデュッセルドルフで仕入れています。あげは日本人が作っているんですよ」

「どおりで、ローテンブルグの日本料理店のおかみさんもそう言っていました。あそこのインマーマン通りは日本人ストリートと言われていますからね」

「私もヨーロッパで一番おいしいうどんだと思います。次に来る時は別メニューも食べてみようかな」

 と長谷川さんが言うと、

「ヨーロッパ以外だとあるんですか?」

 と余計なことを木村くんが言った。

「ロスにありました。アメリカは日本食ブームで、日本人がやっているお店が結構あるんです。値段は高いですけどね」

 主人は

「ヨーロッパで一番だけでもうれしいです。それもCAさんのお墨付きなら自慢できます」

 と上機嫌だ。うどんを食べ終わるとサービスでお茶漬けがでてきた。

「食べてみてもらえますか?」

 とおかみさんが言ってきた。日本人向けのサービス品にしたいらしい。わさび茶漬けだ。ぴりっとした味が口直しにちょうどいい。3人とも

「いいんじゃないですか」

 と好評だった。

 3時になり、店をあとにした。ランチタイムを1時間も過ぎてしまったが、主人とおかみさんはあたたかい声で見送ってくれた。

 少し余裕はあったが空港に向かった。私の運転だ。すると、木村くんが後ろの席から

「長谷川さん、城めぐりが趣味なんですよね。今度はぼくもいっしょにいれてくれませんか?」

「木村さんといっしょならばOKですよ」

「木村さんが都合悪かったら・・?」

「うーん、どうかな。木村さんはボディガードになるけど・・」

「ぼくでは頼りないですか?」

「そうじゃなくて・・」

 長谷川さんが言いにくそうだったので、わたしが

「木村くんは若いからオオカミになるかもしれないと思っているんだよ」

 と言うと、

「えー、心外だな~」

 と木村くんは素っ頓狂な声を上げていた。

「ごめんね。私も今まで付き合った人はいるんだけど・・追いかけられるのはつらいの。それに私の方が年上でしょ」

「追いかけたりしません。それに年は気にしません」

 という木村くんの発言に、私は思わず吹き出してしまった。

「木村くん、コクっているの?」

「いえ、親しくなりたいだけです」

 私と長谷川さんは軽い笑いを隠せなかった。


 4時前に空港の駐車場に着いた。5階建ての高層駐車場だ。天井が低く暗い。長谷川さんをスタッフルームまで一人で行かせるわけにはいかないので、どちらかがガードすることになった。二人とも行くと車内にあるスーツケースがねらわれる可能性があるからだ。ジャンケンで私が勝った。

 長谷川さんを送っていくと

「木村くんは楽しいですね」

 と言うので、

「いい若者だと思いますよ。でも、まだ中学校の講師ですからね」

「そうね、社会的地位はまだないね。それじゃ、正式採用になったら私のメールアドレスを教えてあげてください。まずは、メールのやりとりからね」

「喜ぶと思うよ」

「それじゃ、また機内で」

 と長谷川さんと別れた。

 クルマにもどると、木村くんが青ざめた顔で待っていた。

「木村さん、車上あらしですよ。こわかったー」

 と言ってきた。

「木村さんが行って間もなくして、3人の男が懐中電灯で駐車場内のクルマの中を照らし始めたんです。最初はパトロールかと思ったんですが、クルマをがたがたさせているし、これが木村さんの言っていた車上あらしだとわかって、リクライニングして隠れていました。そうしていたら木村さんがもどってきて、その3人組はどこかへ行ってしまいました。こわかったー」

「それは大変だったね。エンジンをかけて動かせばよかったのに」

「それもありでしたね。でも、その時はこわさが先だって、そういう考えはおきませんでした」

「まぁ、それだと私がクルマをさがさないといけなくなるから大変なことになっていただろうけど・・動かさないでくれてありがとうかな」

「どういたしまして」

「なんか変な会話だな。ところで朗報だよ。長谷川さんから伝言」

「えっ? 何ですか?」

「正式採用になったらメールをよこしていいって。まずはメールからだってさ」

「えっ、そうなんですか。やったー! よーし、面接がんばるぞ」

「ところで、あと2時間あるけれど、どこへ行く?」

「サンカントネール門の軍事博物館に行きませんか?」

「そこなら30分かからないな。よし、行こう」


 町の中心部から少し離れたEU本部の近くにあるサンカントネール門は独立50周年に建てられた凱旋門なのだが、いまだかつて本来の意味で使われたことはない。しいていえば、マラソン大会や自転車大会のゴール地点になっている。その片側の建物が軍事博物館になっており、反対側は自動車博物館になっている。軍事博物館に入ると、飛行機の展示から始まり、戦車や装甲車が所せまし並んでいる。敵味方関係ない。木村くんはこっちの方も大好きなようだ。

「子どものころ、プラモデルでよく作ったんですよね。今日はいい日だ」

 と上機嫌だ。先ほどの車上あらしの恐怖はどこかへ去ったようだ。長谷川さんの伝言が功を奏したらしい。

 8時半に搭乗。機内に入るとビジネスクラスを通るので、長谷川さんと目があった。でも会話はなしで最後尾の席に座る。3人分を2人で使うことができた。気兼ねなくリクライニングができるので少し寝られるのは助かる。

 翌6月25日、午後5時40分。成田空港に到着。機内からでる時、長谷川さんが

「ご搭乗ありがとうございました」

 という言葉とともに、ニコッと微笑んでくれた。それだけで木村くんはメロメロになっている。

「長谷川さん、いいですね~」

 とデレーとしている。これからこの二人がどうなるのか見守っていこと思う。


あとがき


 1986年から3年間、ベルギーに駐在していたことがあり、今回の小説はその時の経験やその後に訪れた旅行の経験をもとにして書きました。ブイヨン城は2度行きましたが、鮮烈な印象が残っている城です。もし、古城に興味がありましたら是非訪れてみてください。次回作は「韓国城めぐり2 修正版」です。今回の3人がまた登場します。お楽しみに。    飛鳥竜二

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旅シリーズ6 ベルギー城めぐり 修正版 飛鳥竜二 @jaihara

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