花言葉で熱烈にアプローチされていた
川島由嗣
花言葉で熱烈にアプローチされていた
「田中さん。お疲れ様。」
「あ、工藤君。ありがとう。」
俺は田中さんに声をかけつつ本を渡す。彼女は田中美穂さん。髪を後ろで纏めていて小柄で可愛らしい子だ。図書委員として学校の図書室で受付をしている。俺は放課後に彼女から本を借りるのが習慣になっていた。
「これでまた一週間だね。・・・はい。これ。」
「ありがとう。」
田中さんが机の下から花の栞を取り出し渡してくれる。淡いピンクの花の写真の栞だ。
「綺麗な花だね。何の花?」
「桃の花だよ。」
「へ~。桃の花ってこんなものなんだ。」
俺が本を借りる目的はこれだ。一カ月近く前、友人の代わりに本を返しに図書室に行ったのだが、その時に田中さんが図書室で生徒に詰められていたのを仲裁したのがきっかけで彼女と知り合った。それから、彼女が絡まれてないか気になり、図書室に様子を見に行くことが増えた。彼女も俺を覚えてくれていたようで、図書室に行くと話しかけられることが増えた。そんなある日、俺に趣味がない事を知った彼女が本を読むのを勧められた。
最初は断ったのだが、一週間本を読み続けたらご褒美をあげるから試してほしいとお願いされてしまった。ご褒美と聞いて色々期待してしまったのは、男子高校生なら仕方ないだろう。気になっている女の子ならなおさらだ。借りることを即答し、次の日から図書室で本を借りるのが日課になった。
本を借り始めて一週間後。ご褒美に胸を膨らませて田中さんに会いに行った。すると彼女から花の栞を渡された。実際の花ではない。写真を加工して栞の形にしたものだ。正直その時はひどくがっかりした。ただ、栞を渡した時の田中さんが顔を赤くしつつも、とても嬉しそうだったから、まあいいかと納得することにした。
それからも本借りる習慣は続けている。続けられた理由は、田中さんに会いたかったのが一番だが、田中さんが勧めてくれる本が意外に面白かったからだ。普通の本のように見えても、中身はライトノベルのような内容の本がたくさんあって本の魅力にとりつかれた。最近は田中さんの作業が終わるのを待って、帰り道に本の感想を言い合うのが習慣になっていた。彼女も感想を話せるのが嬉しいのか、俺の話に付き合ってくれている。
「5冊の長編なんて絶対飽きると思ったけど、もう最終巻か。意外にすらすら読めたな~。」
「この作者さんは話のひきがうまいからね。一冊で話を完結させつつ、次の話への匂わせが本当にうまいんだよ。」
「あ~。確かに。読み終わった後、満足すると同時に続きが気になるんだよなあ。」
「ね。最終巻も気にいる事は間違いなしだよ。」
「お、田中さんがそこまで言うとは期待大だな。楽しみにしておこう。」
最近はほぼ毎日一緒に帰って色々な話をしている。田中さんの家は俺の家と方向が同じなので、彼女を家まで送るのが通例だ。今日も話していたらあっという間に彼女の家に着いてしまった。
「送ってくれてありがとう。それじゃあね。」
「うん。それじゃあ。」
田中さんと別れた後、俺は田中さんの家の近くにある花屋に向かった。栞の花をどうやって選んでいるのかを聞いてみたところ、家の近くにある花屋さんに色々教えてもらったという。その時彼女の顔が少し赤くなっていたのが気になったが。
場所はネットで調べていたからすぐに見つかった。緊張しつつ花屋に入る。
「すみませ~ん。」
「いらっしゃいませ~。」
奥から出てきたのは女性の店員だった。年齢は20代くらいだろうか。すごい綺麗な人だ。思わず見惚れてしまう。慣れているのか、店員さんは固まっている俺を見て笑った。
「見とれてくれるのは嬉しいけどさ。ここは花屋なんだ。花に見とれてくれると嬉しいかな。」
「あ、すみません。」
正気に戻り、慌てて謝った。そして店内を見る。そこまで大きくないお店だが、色々な花があった。正直どれが何の花かさっぱりわからなかった。それを察したのか店員さんが笑顔で俺に話しかけてくれた。
「君。制服を着ているってことは高校生かな。誰かへのプレゼント?」
「あ、はい高校生です。いつも世話になっている女の子にお礼をしたくて・・・。」
「お、青春だねえ。いいねいいね。良ければ詳しい話を聞かせて。お礼にサービスするからさ。」
店員さんは楽しそうにこちらに寄ってきた。香水か花の香りかはわからないがいい香りがする。田中さんの事をなんて説明したらいいのだろうと思いつつ、話し始める。
「俺本を読むんですけど、図書委員の女の子が本を読んだご褒美に栞をくれるんです。いつももらってばかりなので、何かお礼をしたいなって思っているんですけど・・・どれがいいかわからなくて。花が好きみたいなので、花に関するものがいいかなと思ったんですけど・・・。」
「栞?もしかしてその女の子ってこの辺に住んでる?」
「はい。この近くに住んでいます。近くの花屋さんに教えてもらったって聞いてここに来ました。」
「答えたくなければ答えなくていいんだけど・・・。その子って田中ちゃん?」
「あ、はいそうです。」
俺は頷いた。店員さんはそれを聞いて嬉しそうに笑った。
「そっか~。君が田中ちゃんが話していた子かあ。お礼なんていい子じゃん。」
「いえ・・。本を紹介してもらったり、色々してもらっているので・・・。それでですね。田中さんに何かお返しをしたいんですけど・・。花束とかは重いと思いますし・・・。花に関して何かお勧めのものってないですかね?」
「う~ん。それはもちろん色々あるけど・・。ちなみに君がもらった花の種類ってわかる?」
「あ、はい。毎回教えてくれるので。え~と。スズラン、胡蝶蘭、それに桃ですね。」
「え・・・・・・・・。」
それを聞いて店員さんは固まっていた。どうしたのだろう。何か変なものがあったのだろうか。
「なにか間違いがありましたかね。毎回メモしているんで間違いはないはずですけど。」
俺は栞を取り出した。田中さんが花の種類を教えてくれた後、忘れないように栞の端に花の名前をメモしている。店員さんは俺が取り出した栞をじっくり見て、何度も頷いていた。
「うわあ。本当だ。すごい丁寧に作ってる。これはガチだわ。」
「え・・・。花の種類になにかあるんですか?」
「えっとね・・・。最近の女の子って大胆だなと思って・・・。」
「???」
意味が分からず首をかしげる。店員さんは何かを言うか迷っていたが、急に俺の両肩を力強くつかんだ。
「一つだけ正直に答えて。君は田中さんの事どう思ってる?絶対に田中さんに漏らしたりしないから。」
「え・・・。そりゃあ好意的に思っていますけど。ただ・・・彼女は可愛いですし、彼女にとって俺なんか友人でしかないでしょうし。」
言いつつ顔が赤くなる。田中さんは優しい。特に笑顔が可愛いくて見ていると引き込まれる。会えば会うほど彼女の魅力に惹かれていった。俺の言葉に満足したのか、店員さんは満足したように頷いた。
「うん。それなら絶対に大丈夫。少年よ。帰ったら栞の花言葉を調べなさい。」
「え・・・花言葉ですか?」
言われて思い出す。そういえば花にはそれぞれ花言葉があるんだっけ。
「うん。ただし絶対に一人でね。できれば悶絶してもいいような場所で調べてみて。」
「悶絶?・・。はあ・・。わかりました。」
「それを見たうえで、少年がどんなものを送りたいか決めるといいよ。花に関しては色々あるけどさ。送る上での花言葉って大事なんだよ。」
「確かに・・・。」
言われて納得する。感謝を述べたいのに、負の花言葉の花を送ったら勘違いさせてしまうだろう。彼女は花言葉に詳しいだろうし。でもそうすると、田中さんがくれた栞の花の花言葉も何か意味があったのだろうか。
「いいかい。繰り返すけど、絶対に!!一人で調べるんだよ。」
「あ・・・・はい。」
「じゃあ、またおいで。田中ちゃんには笑顔でいてほしいから協力するし。」
「ありがとうございます。今日は失礼します。」
俺はお辞儀をして、店を出た。綺麗な人だったけど、親身になってくれていい人だった。とりあえず帰ったら花言葉を調べてみよう。あ、でも絶対に一人で調べろって言われたから食事をとってからにするか。
俺はそんなことを考えつつ家に帰った。そして夕食をとった後、ベットで寝そべりながら、田中さんがくれた花の花言葉を調べてみた。
調べた結果。俺は店員さんの言う通り、ベットの上で顔を真っ赤にしながら一人で悶絶することになった。
〇スズラン・・・・幸福が訪れる、清らかな愛情
〇胡蝶蘭・・・・・あなたを愛しています。
〇桃・・・・・・・あなたに夢中
完全に愛の告白じゃねえか!!しかもだんだん加速してる!!俺は嬉しさと恥ずかしさでベットの上で悶絶し続けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あ、工藤君。お疲れ様。」
「うん・・・。田中さん。お疲れ様。」
花屋に訪れてから二週間後、俺はいつも通り図書館に来ていた。
「今日で、また一週間だね。はい!!」
「あ、ありがとう・・。」
花の栞を渡してくれた。ありがたく受け取りつつ、顔が赤くなるのを止められない。
「ちなみに・・・今日は何の花?」
「今日はブーゲンビリアだよ。マイナーな花ばっかりでごめんね。」
「ううん。それは・・・構わないけど。」
「大丈夫?何か顔が赤いけど。」
田中さんがこちらを覗き込んでくる。それが可愛くてより顔が赤くなる。慌てて後ずさる。
「いやいやいや。何でもないよ。」
「そう?」
「あ・・・。今日帰りさ。ちょっと寄りたいところがあるんだけど。もし時間があったら付き合ってくれない?学校内だから時間はとらせないから。」
「それは別に構わないけど・・・。じゃあもうちょっと待っててね。」
「うん。ありがとう。」
俺は田中の仕事が終わるまで、図書室で待っていた。待っている間にブーゲンビリアの花言葉を調べる。
〇ブーゲンビリア・・・あなたしか見えない。
どんだけ積極的なの!?顔が赤くなるのが抑えられない。この後のために、お経の本を持ってきて、雑念を追い出すことに必死にだった。
田中さんの仕事が終わった後。俺達は学校内のとある場所へ向かっていた。ただ一緒に歩いている田中さんの様子がおかしい。少し辛そうな顔をして俯いている。思わず声をかける。
「どうしたの?」
「あの・・・さ。私何したかな?」
「え?」
「ここ最近工藤君が私を避けている気がして・・・。なんかよそよそしいし。」
「いやいやいや!!そんなことないから!!」
慌てて否定する。花言葉を調べてから、恥ずかしくて田中さんの顔をまともに見れなくなってしまったのだとは言えない。
「本当?」
「うん。実はちょっと恥ずかしいことがあってさ。田中さんと話している時につい思い出しちゃってさ。断じて田中さんが嫌になったとかはないから!!それだけは信じて!!」
「よかった・・・・。」
田中さんがホッとしたように笑う。納得してくれたようで安心した。これから大勝負があるのだからその前に出鼻をくじかれるわけにはいかない。そうこうしているうちに目的の場所に辿り着いた。
「着いたよ。」
俺は学校の裏門近くの場所で止まった。裏門は普段締まっているので、人はほとんどいない。
「わあ・・。花壇がある。」
「そう。園芸部がここで花を育てているんだって。」
ここは運動部も使うこともないので、花壇が壊されることもない。だから園芸部の人達も安心して育てられるらしい。
「でもどうしてここに?」
「俺にとって田中さんは花と本ってイメージが強くてさ。図書室は人が多いし・・。ここならほとんど人がいないから話がしやすいなって。」
「それはそうかも。でも何か人前じゃ言いづらい事か何か?」
「うん・・。」
気合を入れるために手を思いっきり握りしめる。田中さんも何を言われるのか察したのか、顔が赤くなった気がした。
「本題の前にお礼を言わせてほしい。田中さんのおかげで本を読むって趣味ができた。田中さんと感想言いあうのもすごい楽しくて。本当にありがとう。」
「私もすごい楽しかったよ。私の方がお礼を言いたいくらい・・。」
「それとさ・・・。栞をくれるのがすごい嬉しくて・・。最初はいらないって思ってたんだけど・・・。栞も綺麗だし、俺本を読むのが早くないから休憩する時にちょうどよくて・・。」
「あ・・・喜んでくれていたら・・よかった。」
田中さんの顔が一気に赤くなる。その様子をみて、花のチョイスは適当じゃない事に確信が持てた。一歩田中さんに近寄り、手が届く距離まで近づく。
「それに・・・さ。田中さんが選んでくれた花・・・。花言葉がすごい積極的で嬉しかった。偶然じゃ・・・・ないよね?」
「え・・・。」
その瞬間、田中さんの表情が完全にフリーズした。そして次の瞬間、ゆでだことみたいに顔が真っ赤になった。
「ーーーーーーーーーーー!!」
「待って!!逃げないで!!」
逃げようとした田中さんの手を掴む。絶対に逃げると思ったので反応できた。逃げられず田中さんは顔を真っ赤にしたまま座り込む。
「気づいてたの・・・?恥ずかしい・・・・・!!
「いや・・・。気付いたのはつい最近で。それで俺もどう接していいかわからなくなってよそよそしくなっちゃったんだ。ごめん。」
「・・・・そういうことだったんだ。」
田中さんは俺の態度がおかしかったことに納得したようだった。
「俺も気持ちは同じだから、俺から言いたいんだ。申し訳ないけどちょっと立ってくれる?逃げないでね。」
「う・・・ん。」
田中さんはゆっくりと立ち上がる。顔を真っ赤にしてもじもじとしている。俺も恥ずかしくて顔が真っ赤だが、心の中で激を入れる。
「田中美穂さん!!」
「ひゃい!!」
「ずっと好きでした!!俺と付き合ってください!!」
「は・・はい。私でよければ喜んで・・・。」
田中さんは恥ずかしそうに頷いてくれた。花言葉から大丈夫だと思っていたが、嬉しさで叫びたくなる。それを我慢して俺は鞄から小さな紙袋を取り出して、彼女に渡す。
「ありがとう・・。それでこれ・・・。今までのお礼と俺の気持ち。田中さんに渡したくて・・・。」
「・・・・・ありがとう。」
田中さんもまだ恥ずかしさが抜けないようで、真っ赤になりながら、紙袋を受け取る。
「開けても?」
「勿論。」
俺が頷いたのを見て、恐る恐る袋を開けて中身を取り出す。
「わぁあ!!」
中身を見た瞬間。田中さんが歓声をあげた。俺が渡したのは小さなガラスケースにブリザードフラワーを入れたものだ。花屋さんに教えてもらいながら作ったため、ちょっと不格好だが。
「言葉では伝えたけど俺の気持ち。受け取ってくれると嬉しいな・・・。」
「勿論!!ありがとう!!」
嬉しさが抑えられないのか、くるくると回りながら俺のプレゼントを眺めている。だが唐突に何かに気づいたようで、再び顔を真っ赤にして恐る恐るこちらを見る。やっぱりこの花と花言葉を知っていたか。
「工藤君。この花って・・・もしかして・・・。」
「うん・・・。イチゴの花・・・。不格好で申し訳ないけど。」
「え・・・・。それって・・・。」
田中さんがイチゴの花を選んだ意味を理解して、再び顔を真っ赤にして座り込む。
俺は彼女を見て力強く頷く。それを見て彼女が完全に固まっている。俺はまだ高校生だが、これからも彼女とずっと一緒にいたいし、それくらいの覚悟はある。
「えっと・・・。改めてこれからよろしく・・・ね。」
「は・・・・はい。末永くよろしくお願いします。」
田中さんは少し泣きながら抱きついてきた。俺も力強く抱きしめ返す。これからも色々な話をしてずっと一緒にいよう。イチゴの花言葉のように将来幸福な家庭をつくりあげたいから。
花言葉で熱烈にアプローチされていた 川島由嗣 @KawashimaYushi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます