第7話 最終話 ソウル5~6日目 修正版

※この小説は「韓国グルメ旅」の修正版です。実は、パソコンの操作ミスで編集中に保存できなくなり、新しいページで再開した次第です。文言や表現を一部修正しております。もう一度読み直していただければと思います。


トラベル小説


 日曜の朝を迎えた。ソウルで1日を過ごせる最後の日となった。今日は、私のリクエストで城壁歩きをする。妻はあまり乗り気ではないが、今まで妻のリクエストに応えてきたので、最終日だけは付き合ってもらうことにした。

 朝食を終えてタクシーで城壁の入り口ともいえる臥竜公園(ワリョンコンオン)に着いた。だいぶ山を登ってきた。そこからしばらく歩くとマルバウィ入山申請所にたどりつく。ここで入山申請書を出す。日本語の申込書があるので、さして面倒ではないが、パスポート提示が必要だ。注意書きを読むと、軍事施設なので原則撮影禁止と書いてある。ところどころに撮影ポイントがあって、そこにはカメラマークがあるとのこと。それに時間制限があり、彰義門(チャンイムン)のチェックポイントまで2時間半で行かなければならない。と書いてある。

 そこから茂みの中の細い山道を歩く。軍事施設という感じはないが、10分ほど歩くと城壁沿いの内側を歩くようになった。ところどころに兵士が立っている。威圧感がすごい。城壁は1周すると18kmある。これを1日で回るのは至難の業らしい。登り下りが激しいし、なにせ軍事施設が多いので、自由に歩くというわけにはいかないようだ。

 30分ほどで、北大門(プデムン)である粛靖門(スッチョンムン)に着いた。南大門(ナンデムン)や東大門(トンデムン)と同じく李氏朝鮮時代の城郭門である。ここは撮影可能区域なので、シャッターを押す。門から出ると、麓の風景が李氏朝鮮の時代のもののように見えた。八角形の建物も見えた。有名な建物らしい。

「北大門は、罪人や処刑された人が通る門なのよね」

 と妻がボソッと言った。どうやらドラマでそういうシーンがあったらしい。周りを見渡すと、たしかに華やかさはない。それに山の上なのでクルマは通ることはできない。ゆえに昔の雰囲気が感じられる。

 そこからは城壁の外を歩く。完全に軍事施設でバリケードや金網だらけのところを歩く。城壁には兵士が立ち見張っている。しばらく登ると階段があり城壁を越え、中に入る。目的地の白岳山(ペガクサン)はすぐ近くだ。

 標高342mの石標があるところに着いた。ここも撮影可能区域で、ソウル市街がよく見える。そこからしばらく歩くと城壁や立ち木にへこんだ穴がある。

「ここよ。北朝鮮のスパイが侵入してきて銃撃戦があったところ」

 と妻が得意げに話している。韓国映画「大統領の理髪師」でも、そのシーンが描かれていた。周りには100mごとに兵士が並び監視している。近くに大統領府である青瓦台(チョンワデン)が見えた。撮影禁止区域なので、ここでシャッターを切ったら即逮捕かもしれない。

 一度下って、そこから階段の上りがしばらく続いた。頂上を過ぎても上りというのが不思議だ。仁王山(イナンサン)338mに登っているということが後でわかった。ちょうど交代する兵士といっしょに歩く羽目になった。フル装備で歩いている。リュックやマシンガン全てを合わせると20kgぐらいの荷物をしょっている。登りはつらそうだ。その兵士は近くの衛兵詰め所に入っていった。顔を合わせることはなかったが、いっしょに歩いた仲なのでちょっと親近感を感じた。

 そこからは階段の急な下りだった。結構な段差なので正面を歩いて降りると転げおちそうなので、横を向きながら降りた。逆コースだったらギブアップだったかもしれない。

 彰義門(チャンイムン)のチェックポイントに着いた。2時間15分のハイキングとなった。ドリンクを購入してベンチで休憩。向こうの山にはまだ城壁が見えるが、これ以上歩くのは難しい。ましてや急な登りが見える。相当な体力と気力が必要だ。

 タクシーを拾おうとしたが、なかなか空車が通らない。あきらめてマウルバス(地域の巡回バス)に飛び乗った。どうやら景福宮(キョンブックン)の近くまで行くらしい。そこまで行ければ、地下鉄駅はすぐだ。

 景福宮近くのバス停で降りた。昼過ぎだったので、サムゲタンの名店「土俗村(トソクチョン)」に寄ることにした。ここは、観光客だらけだが400席と店が広いので回転がいい。すぐに入ることができた。メニューは2種類しかない。ふつうのサムゲタンか烏骨鶏のサムゲタンだ。一人分2000円ほど。日本でいう鶏白湯風のスープだが、トロッとした味が持ち味だ。ただ、ついている高麗ニンジン酒が苦くて、これはパス。でも、妻は平気で飲み干し、私の分も飲んだ。辛口のお酒が大好きなのだ。

 お腹がいっぱいになった。マナーとして少しだけ残して店をあとにする。サムゲタンは辛くないので、日本人向けのメニューかもしれない。

 ホテルにもどり、一休みしてからショッピングに行くことになった。妻の最後のリクエストである。前にも行ったショッピングセンターに入った。ソウル駅のとなりにあるので、観光客が多い。2階建ての広い店で大きめのショッピングカートを押している人たちがほとんどだ。妻は、のりとかキムチとかを買い始めた。

「おいおい、キムチは飛行機の中で破裂するぞ」

 と言うと、

「大丈夫よ。ぐるぐる巻きにするし、別送品で送るから・・」

 別送品と聞いて、ますます買い込む気だと理解し、別行動にすることにした。集合は30分後に別送品発送コーナーということにした。

 2階に上がり、文具コーナーや玩具コーナーを見て回った。韓国グッズのマグネットとか、観光地のボールペンとかを売っていたので、何本か購入した。こういう手軽なお土産が重宝する。

 時間になったので、待ち合わせ場所に行ったが、妻は来ていなかった。それから15分待った。私が不機嫌な顔をしているのにもかかわらず、平気な顔で

「お待たせ~」

 と言って、別送品の書類を書き始めた。待たせたという罪悪感は微塵もないようだ。買い物に行くといつもこうなので、今さら腹をたてても仕方がない。どうせ口ゲンカでは負けるのだ。

 大きめの段ボールひと箱にお土産が入った。私が買った文具グッズも入れてくれた。だが、送料は私もち。なんか理不尽な感は否めない。

 夕方になり、夕食をどうするのかの話になった。

「そういえば辛い韓国料理を食べていないわよね」

「そうだね。慶州で食べたスンドゥブぐらいかな」

「あれは、そんなに辛くなかったよ」

「じゃあ、選んでください。候補はヨンサンのカムジャタン、トンデムンのタッカンマリ、狎鴎亭(アックジョン)のプテチゲ・・」

 と言ったところで、妻が反応した。

「アックジョンって、芸能事務所がたくさんあるところでしょ」

「そうだよ。スターに会えるかもね」

「そこに行こうよ」 

 ということで、プテチゲに決定した。アックジョンまでは、地下鉄だと乗り換えが多いので、タクシーで行くことにした。ソウル駅にいるので、タクシーを拾うのには困らない。30分ほどでアックジョンに着いた。有名なデパート、ギャラリアの目の前のプテチゲ専門店に入った。日曜日なので、結構混んでいるが、2人分の席は確保できた。座ると同時に大きな鍋に入れられたプテチゲが運ばれてきた。メニューはひとつしかないので、注文するのはサイドメニューとドリンクぐらいなものだ。私は韓国ビール、妻はコーラと締めのうどんを頼んだ。

 プテチゲは部隊チゲと言われ、朝鮮戦争時代に兵士たちがヘルメットを鍋がわりにして、いろいろなものを詰め込んだ煮込み料理である。代表的な食材は軍隊の携行食品であるスパムソーセージ。あとは野菜とかが入っているが、要は雑多なものを入れて食べる料理である。問題は辛さである。見た目が真っ赤。いかにも辛そうな感じがする。

 煮込み具合をスタッフが見て、OKがでた。まずは白菜を食べてみる。カライ! まるでキムチを食べているみたいだ。でも、後味は悪くない。ただ辛いだけでなく、旨味も感じる。それが韓国料理のいいところだ。ビールののどごしもいい。水みたいに飲める。

 1時間ほどかけてやっと食べ終わった。唇のまわりはヒリヒリしているが、締めのうどんもおいしかった。ビールを珍しく2本も飲んでしまった。2人で5000円程度。コスパは充分だ。

 店を出てタクシーを拾おうとすると、妻がまた甘い声で

「ねぇ、散歩してどこかのカフェに入ろうよ」

 と誘ってくる。どこかでスターに会えると思っているのかもしれない。拒否すると機嫌が悪くなるので、仕方なく歩き始めた。デパートのイルミネーションがきれいだ。冬だけでなく、年中やっているみたいだ。

 近くのしゃれたカフェに入った。妻が

「コピ、ジュセヨと言うんだよ」

 と韓国語を教えてくれたが、

「Two coffee please. 」

 で充分通じた。コピだかコピーだか、わからん言葉は使いたくなかった。

 妻は窓際に座って、外の景色に見とれている。悪くない夜景だ。きっとスターになった気分でいるのだろう。こういう時に声をかけるとにらまれるのがオチだ。静かにコーヒーを置いて、私も静かに外の景色を見ていた。

「もしかして、この景色をペ様も見ているのかもしれないのよね」

 妻の頭の中は完全に韓流ドラマの世界だ。

 30分ほどで、やっと席を立ってくれた。タクシーに乗り、ホテルに向かう途中、漢江(ハンガン)を越えるところで、妻が大きな声を上げた。

「うわーきれい! 橋から滝がでてるわ」

 大きな橋がライトアップされ、そこから何本もの滝がでている。まるでマーライオンが何匹もいる感じだ。なかなかの演出である。

 いい気分でホテルに着いたが、明日の朝は早い。フロントに朝5時半のタクシーを依頼し、部屋で荷物整理をして寝るのは12時近くになった。


 翌朝5時半にロビーに行くと、タクシーは来ていなかった。フロントに

「Where is taxi ? 」(タクシーはどこ?)

 と聞くと

「チャッカマンキダリセヨ(ちょっと待ってください)」

 と英語ではなく、韓国語で返事がきた。ちょっとあやしい。

 15分待ってもタクシーは来ない。またまたフロントに

「 I had a reservation at 5:30 taxi call . 」

(5時半にタクシーを頼んでいた)

 と強めに言うと

「 Taxi come here , just a moment . 」

(タクシーは来ます。ちょっと待って)

 と今度は英語で返ってきた。

 それから10分でタクシーがやってきた。オレンジ色のインターナショナルタクシーだ。英語を理解するドライバーだが・・sorry の一言はなかった。遅れてくるのは日常茶飯事だからかもしれない。

「インチョン エアポート」

 と言うと、無言で走り始めた。遅れてきたのはドライバーのせいか、ホテルのフロントのせいかわからないが、まずはスタートした。8時半の離陸なので、6時半には着きたかったのだが、30分近く遅れる。チェックインに間に合えばいいのだが・・という心配をしていたら、ドライバーの運転がすごかった。早朝で渋滞がないのでとばす、とばす。大きな交差点をなんと時速80kmで突っ込んで左折。タイヤがキーとなる。体が右にもっていかれる。シートベルトをしていなければ隣の妻につぶされるところだ。

 高速に入ると、なんと180kmまでスピードを上げた。リミッターぎりぎりだ。4車線ある高速道路を器用に右に左にハンドルを切って突っ走る。おもわず、

「スピードオーバー!」

 と言うと、

「ケンチャナヨ(問題ない)」

 と返事がきた。英語を理解するんだから、英語で話せと言いたかった。

 途中で100kmまでスピードを落とした。すると

「レーダー」

 と一言。そこを過ぎるとまたスピードアップ。そのせいか、通常ならば1時間のところを40分で空港に着いた。韓国のタクシーおそるべしだ。

「こわかったね」

「さすがにね。タクシーのマナーは悪いとは聞いていたけど、すごかったね」

 と二人でささやき合っていた。


 カウンターでチェックインをしていたら、反対側のカウンターで韓国人男性が女性スタッフに詰め寄っていた。どうやらチェックインに遅れたようだ。すごいのは女性スタッフの対応だ。男性に負けないぐらいの大声で対している。日本ではありえない光景だ。結局のところは男性スタッフがやってきて、別室に連れていったが、

「韓国人女性は強いわね」

「だね。奥さんが日本人でよかったと思うよ」

「あら、私だって弱くないわよ」

「でしたね。気をつけます」

 と、いつもの私があやまるパターンだ。

 コンビニでTマニーカードの残額を精算して搭乗口へ。30分前には搭乗ロビーに行くことができた。韓国に別れを告げ、2時間半で日本に着いた。機内食はまたもや弁当箱だ。ちょっと辛みのあるヤンニョムチキンだった。

 日本の税関で別送品があることを告げ、書類を見せたが高価なものは買っていないので、税金は取られなかった。

 家に着いた別送品はキムチくさかった。やはり破裂していたのだ。食べることはできたが、1週間キムチが続き、少々うんざりした。

「トラベルはトラブルね」

「だね。たびたびは困るけれどね」

 と、スイス旅でもでたダジャレで二人で笑い合った。その妻が先月亡くなった。まだ63才だった。美人とは言い難い女性だったが、かわいいところがある、いっしょにいてホッとする人だった。今は、なんかあるべきものがない空虚感を感じている。


あとがき


 2006年から2009年までの3年間、ソウルに駐在していました。その後も1年に一度ぐらいの割合で韓国旅行をして、今回の小説はそれらの集大成ともいえるものです。気に入ったレストランは実名で出しました。おすすめの店なので、機会があったら行ってみてください。

 この続編は「ドイツを旅して 修正版」です。主人公の木村が思いでの地に一人旅をします。そこで新たな出会いがあります。興味のある方は読んでみてください。

  飛鳥 竜二




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