砂漠の流れ星

@2click

第1話

中国の西部、そこに広がる一面の砂。右を見ても、左を見ても砂。生き物も植物も居ない砂の世界で、コ・ドンドンは働いていた。彼は砂漠の案内人だった。

古代から、この砂の世界は多くの人の命を奪ってきた。しかしまた、人はこの砂の世界を渡らずには居られなかったのだ。未知の世界への冒険を求めて、国に叛き西に向かって砂を渡る者もいた。罪を犯し国を逃れて砂を渡る者もいた。遥か西の果ての国に学問を学びに向かうために砂を渡る者もいた。いずれにせよ、コにとって理由はどうでも良かった、彼らはコの飯の種だったのだ。

砂の世界は危険だったが、それ故に旅行者を襲う者も後をたたなかった。死ぬ者が無数にいるのだ、そのポケットに金銭が入っていようが入っていまいが、言ってしまえばどうでも良かった。コ自身、盗賊に襲われた者の遺体を発見したことがあり、彼の懐から懐中時計をくすねていた。キラリと光る懐中時計は、西洋的で美しく貴重で、彼の村や最も近い都市でも入手の難しい物だった。


ある日、コは西に旅行者を案内をした帰りだった。

(帰り道にも誰かを案内できれば、さらに稼げるのだがな)

あいにくと、そんなに都合のよい仕事ではなかった。西から東への渡航、東から西への渡航を比較すると、需要には偏りがあった。一般に、東から西に向かう人の方が多かった。帰りにも人を案内できないかといつも多少探しはするが、長年の経験でさっさと帰った方がいいというのが結論だった。コは1人で、危険だがしかし慣れた砂漠を進んでいた。


最初は風の音かと思った。しかし、異質なその音は、徐々に、あっという間に耳につくほど大きくなり、『轟音』と呼ぶべき大きさに膨れ上がってきた。

コー…

(何だ?)

ゴーーー…

何かが来ていた。ものすごいスピードだった。

ババババババババババババババ

凄まじい騒音が響き続けた。耳を塞いでも音の粒子は指の隙間から耳の中に滑り込んできた。

凄まじい音量に似つかわしくなく、美しい流れ星のような物が砂の世界に落ちた。直後、流れ星は先ほどとは打って変わって醜い物たち、爆発音と砂煙と黒い煙に変わった。


あそこで何かが起こったようだ。とはいえ、コの日常からは何が起こったか到底想像できなかった。現場に見に行くかどうか、コには葛藤があった。

(今日は客も取れたし、ユと酒を飲んで一晩楽しみたいのだが…)

ユはコのガールフレンドだった。コはそこそこモテた。砂の案内人は危険な仕事だが、そんな仕事がコをたくましく魅力的にしていた。また、ちょっとした冒険譚には事欠かないし、収入も良かった。そんなコは女性には魅力的に映った。

コは懐中時計をチラリと見た。

(時間はまだ早い。サッといけばユと楽しむ時間もあるだろう。)

それに、懐中時計自身が、行ってみろと言っているようだった。


サク、サクと砂の世界を進んだ。砂漠は暑い。コは砂の案内人だが、それでも暑さが平気なわけでは無い。耐え難い過酷な暑さの中、彼をあの現場に向かわせているのは人の心が持つ根源的な要素、好奇心だった。

現場が見えてきた、気がつくとコの心臓は高鳴ってきていた。あたりは砂の世界とは違う臭いがした。焦げた匂いと、すごく嫌な油のような臭いだと思った。1歩ずつ臭いはキツくなり、怯みそうになった足をコの心が一歩ずつ前に出し続けた。

懐中時計はキラリと光っていたが、ここに至ってはコは時計に目を遣ることはなかった。


(あれか?)

見えてきたそれは飛行機のようだった。

(飛行機事故か?それにしては…)

コも飛行機は知っている。ただ、図鑑やスマホで見たボーイングなどの飛行機の形とは違うし、軍用の小型機などよりは遥かに巨大で、今まで見たことのない物だった。

目を引いたのは機体の横っ腹に開いた大きな穴。見た目では、何かが内側から破裂したのではないかと想像された。それにしても金属がこんな風に破裂するという事は相当な衝撃だっただろう。何かの金属製と思われる機体のボディは、元の色の面影は残しつつもボロボロでくすんでいた。

少し遠目だが操縦席が見えた。人の上半身の形をした黒ずんだ物が見えた。

暗い気持ちに、気づけばコは懐中時計に目を落としていた。もう帰路に着かねば、村に着くのに日が暮れてしまう時間になっていた。砂の世界の夜は厳しく、日が暮れる前に村に帰る必要があった。


『コ、今日はどうかしたの?』

村に帰ったコは、ユを家に招き2人で晩酌をしていた。形だけいつものようにユと抱き合ってみても、ユを可愛がってやることがどうしてもできなかった。ユを前に気持ちが盛り上がらないのは、初めてだった。

『すまないが、今日は疲れきってしまったようだ。明日にしよう。』


その晩、コは考えていた。

あれはおそらく飛行機よりさらに高く飛ぶ乗り物ではないか。乗っていた人は事故がなければ、コが知らない途轍もない高さまで、高く飛ぶはずだったのではないか?

死が日常の砂の世界で、コは見知らぬ者の死に同情するほどお人好しでは無かった。

コが感じたのは、コにとって未知の物へ向かって行く人間そのものに対する憧憬と、そういった種の人間の志が潰えた事への同情だった。

コは懐中時計に目を遣った。今は懐中時計の輝きも、夜の闇に鈍って見えた。


翌日、コはいつものように砂の案内人の仕事をした。しかし今日は懐中時計に目を遣ることはなかった。

今日はユを可愛がってやらねば。その後に話そう。資金を貯め、都会に出ないかと。

都会なら大学がある。コは、自身の胸の奥の根源的な要素に気づいたのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

砂漠の流れ星 @2click

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ