第7話 過程はどうあっても終わりよければ全てよしなのだ

 圧倒的に不利な状況から始まったこの決闘。紆余曲折あったが、エフさんの勝利に終わった。平原は電子の粒に分解され、私たちは最初に転送された観客のいないステージに戻った。


『決闘条約に則り、エフ様に命令権が与えられました』

「この三人に自首を命じます」

『命令を確認…………命令は受諾されました。敗者は命令に従ってください。違反した場合』

「強制削除だろ。わかってる」


 いつの間にかガスマスクを外していたリーダー男が立ち上がり、機械音声に割って入った。彼の顔はもうすぐ捕まるというのに晴れ晴れとしていた。男はゆっくりと近づいていき、大きな手を差した出した。エフさんはそれをじっと見てから握り返した。


「決闘で負けたのは初めてだ」

「私も、決闘であそこまで追い詰められたのは初めてよ」


 エフさんがこちらを見て優しく微笑んだ。


「あの子がいなかったらきっと負けていた。助けるつもりで来たのに、逆に助けられちゃった」

「そうかい。俺もだよ。あいつを削除するつもりで来たのに、いつの間にか俺の胸につっかえていた何かを取り払ってくれていた。本当に、不思議な決闘だった」


 片や私たちを消そうとした悪人、片や私たちを救ってくれたヒーロー。そんな関係の二人のはずなのに、まるで試合を終えたスポーツマンのように固い握手を交わしていた。奇妙な光景だけど、それがこの決闘には最初に想定されていた以上の意味があったのだと告げていた。


「それじゃ俺らは行くぜ。おいチャラ男!そのクズ背負ってついて来い!」

「はいはーい。じゃーね二人とも。なかなか楽しかったよ」


 私たちの隣にいたチャラ男は、ぶっ倒れたまま放置されていたバスケ男を背負ってリーダーの元へ駆けて行った。


「いい歌だったぜ、二人とも」


 リーダー男がそう言い残して消えると、決闘のステージも消えて、ステージの裏に戻ってきていた。


「待って」


 無言で立ち去ろうとするエフさんを呼び止める。彼女は足を止めたけど、振り向いてはくれない。


「コハクちゃん、だよね」


 あの時の歌声は間違いなくコハクちゃんのものだった。ずっと隣で歌ってきたんだ。聞き間違うはずない。


「やっぱり分かっちゃうよね」


 彼女はそう言って振り返ると共に、オレンジの長髪でセクシーな、私のよく知るコハクちゃんのアバターに変わった。彼女は複雑な面持ちで私を見つめていた。


 彼女は「決闘条約」のことを知っていた。この世界の裏を知っている人間だったのだ。その事で私とのコンビを解散させられるとでも考えているのだろう。だからあんなアバターを使って誤魔化したし、普段とは違う冷淡な口調に変えていた。……そんな心配、しなくていいのに。


「助けてくれてありがとう」


 全力の笑顔で私を救ってくれたヒーローに感謝を伝える。すると彼女は突然泣き崩れてしまった。きっと、いろんなものから解放された反動だろう。


 裏の世界にいたことでいろんな葛藤をしたんだろう。そのことを知られてコンビを解散されるのが怖かったんだろう。そして、それを全部背負ってでも私を助けようと勇気を振り絞ってくれたんだろう。


 この優しい英雄を、私はそっと抱きしめた。


「いろんな事情があるんだろうけど、今はいいよ。だけど、一つだけ言わせて」


 彼女の肩がビクリと跳ねる。私の声に怯えないで。私がコハクちゃんを傷つけることなんて言うわけないから。


「私はどんなコハクちゃんでも受け入れるよ」


 その言葉を聞いた瞬間、彼女は私の胸に飛び込んで声を上げて泣いた。私も遅れてきた恐怖から解放された安堵から涙が出てきて、彼女と一緒に泣いた。柑奈はそんな私たちを優しく見守っていてくれた。


 ○○○


 しばらく泣いて落ち着いてから、プライベート用のアバターに変身して近くのカフェに腰を落ち着けた。


「会場の裏で待ち合わせってことに違和感があったから一応追いかけたの。それであんな状況だったから、つい」


 コハクちゃんがあそこに居た経緯の説明を受ける。やっぱり元々裏の世界に居ただけあってその辺りは鼻が効くらしい。にしても、あの気弱なコハクちゃんがあんな怖い世界にいたなんて……人生何があるか分からないものだ。


「それにしてもあんな輩に狙われるなんて……」

「私たちがフリーっていうのが大きいと思う」

「あぁ、だったらいろいろ考えないとなぁ」


 事務所で大人に守ってもらう。それがいかに大切か今回のことで学んだ。もしコハクちゃんがいなかったら私のアイドル人生が終わりを告げていたと考えると恐ろしい。


「あの、さっきからずっとカンナさんがあんな感じなんですけど」


 コハクちゃんに言われて隣に座っている柑奈を見たら、何やら膨れっ面で私を凝視していた。ずっと黙り込んでるし、何が気に触ることでもしてしまったのか。もしかして私が巻き込んでしまった事を怒っているのだろうか。そんな事を考えながら恐る恐る話しかけた。


「えっと、柑奈?」

「ふんっ」


 ふんって、思いっきり口で言ったよ。どうやら怒っているというより、拗ねているという方が近いのかもしれない。


「急にどうしたの」

「わかんない?」

「うっ、面目ない……」


 私の返事に柑奈は深いため息をついた。


「コハクちゃんはわかるよね」

「……まぁなんとなく」

「流石。乙女心がわかってるね〜」


 コハクちゃんに対して一瞬いつもの柔らかい表情に戻ったけど、私に視線を向けた時には既に不満そうな顔に変わってしまっていた。そんな顔も可愛いけど、彼女が不満を抱いているなら解消してあげたい。


「えっと、ごめん。何が不満か教えて」

「……るっちゃんはさ、誰にでもあんな事するの?」

「あんな事って?」

「抱きしめたり、頭撫でたり……」

「いやいや!誰にでもするわけじゃないよ」

「でもコハクちゃんにはしてた!」


 柑奈が急に勢いよく立ち上がって詰め寄ってきた。うるうると揺れる瞳は私を捕らえて離そうとしない。うーん、コハクちゃんとスキンシップをして何が問題なのだろうか。


「相棒だし、これくらい当然だよ」

「……コハクちゃん。これどう思う」

「乙女心がわかってませんね」

「えっ!ひどいよ!私だって女の子だよ!?」


 私がコハクちゃんにツッコミを入れると、柑奈に袖をクイッと引かれた。不安そうな上目遣いが可愛すぎて胸がドキリと高鳴る。


「あの時は場違いだから言わなかったけど、るっちゃんは私のこと好きなの?」


 あの時……リーダー男に柑奈との関係を茶化された時か。あの時は少し異常な状況だったからあんまり恥ずかしく思わなかったけど、落ち着いてから面と向かって言われると照れる。でもそれが不安な種ならば、ちゃんと伝えないとダメだ。


「うん。私は柑奈が好き。何よりも特別で、誰よりも愛してる」


 私の思いを伝えると、柑奈の顔から完全に不安が取り去られ、花が咲いたように可愛らしい笑顔に変わった。


「じゃあ……私たちは恋人同士ってことでいいよね」

「そう、なるかな」


 何から何まで急展開だ。謎の男たちに襲われて、コハクちゃんの驚愕の過去を知って、柑奈と恋人同士になって……でも、最終的に丸く収まったのだからいいかと自分を納得させた。


「でもさ、気付いてなかったの?自分でいうのもなんだけど私って結構露骨じゃん」

「それは何となく察してたよ。でも、実際に言われるまでは不安なの」

「ルリさんは距離感が近いですし、歯の浮くようなセリフもさらっと言いますしね。不安になるのも仕方ないです」

「流石コハクちゃん。朴念仁なるっちゃんと違って、乙女心がわかってる。それに決闘もすごく強かったし、バスケの時なんかカッコよくて見惚れちゃった」


 彼女の言葉にピクリと私の眉が動く。よく分からないもやもやする気持ちが胸から湧き出してきた。


「ちょっと柑奈……」

「ん?どうしたの」

「あんまり、その、コハクちゃんばっかり褒めないで……」


 相棒で恩人のコハクを褒めるのは当たり前のはずなのに、柑奈がそれをすると止めたくなってしまった。私と目があった彼女は悪戯っぽく笑って私の額にデコピンした。あんまり痛くはなかったけど、突然のことで驚いた。


「さっきまでの私もそんな気持ちだったの。たとえ友達相手だとしても、好きな人が他の人と話してると嫉妬しちゃうの」

「も、もしかしてわざと!?」

「るっちゃんにはこれくらいしないと」

「まぁ天然ジゴロなところありますし」


 ドッキリ大成功と言わんばかりに笑う二人に少し腹が立って、勢いよく立ち上がりいつもお世話になってる作曲家さんに連絡を入れる。


「どうしたの?」

「この気持ちを歌に込めるの」

「おっ、新曲?」

「その通り。コハクと柑奈は所属できそうな事務所探しといて」

「了解!」

「ここからまた、リスタートですね」


 二人はニコリと笑って了承すると、電子パネルを出現させて調べ物を始めた。いろいろあって、いろいろ変わったけど、それは決して悪い方向ではない。コハクちゃんの事とかアイドルなのに恋人持ちとか、障害はまだあるけれど私たちならきっと乗り越えられる。そんな確信に近い予想と共に、私はまた歩き出した。

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バーチャル世界でアイドルをする私が謎の女の子に助けてもらう話 SEN @arurun115

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