第6話 どんな勝負でも勝ち筋はあるものです
ギラギラと輝く太陽に照らされ、雄大に広がる草原。吸い込まれていまいそうな青い空に、そこを漂う様々な形の白い雲。一枚の絵から飛び出してきたかのような素晴らしい自然の中で、二つの異物が轟音を鳴らしながらぶつかり合っていた。
一定の距離を保ちながらアサルトライフルで引き撃ちをするノーマンに対し、サムライオーガは分厚い装甲で防御をしつつ、リロードの隙をついてスラスターで高速で接近して大太刀を振り下ろす。それをノーマンはギリギリで避け、また引き撃ちをはじめる。
コックピット内の音声は私たちに聴こえるようになっていて、逆にこっちの声は戦ってる二人には聞こえない。そんな仕様だけど、二人は集中して無言で戦っていた。
「流石エフさん!このまま削って倒せるかも!」
「……そうかな」
「ん、どうしたのよ柑奈。エフさんは一回も攻撃くらってないし、銃弾もちゃんと当たってる。何も問題はないように見えるけど」
「なんというか……乗せられてるかんじがする」
柑奈の漠然とした不安の一言を聞いて、改めてこの決闘を観察する。それでもやはりエフさんが有利に立ち回っているように見えた。
「いい勘してるじゃん。君の言う通り、追い詰められてるのはエフちゃんの方さ」
「え、どういうことよ?」
「銃撃じゃ決定打にはならないんだよ。エフちゃんもそれが分かってるから、もう一個の装備にアックスを選んでる」
チャラ男の指摘するようにエフさんはアサルトライフルの他に手斧を一本腰の辺りに搭載している。
「でも、エフさんに攻撃は当たってないでしょ。あ、もしかして弾切れとかあるの?」
「弾切れは無いよ。バーチャルだからね」
「じゃあ何が問題なのよ」
「……集中力?」
「正解!君は賢いねぇ」
なんか褒めてくるチャラ男を怖がって、柑奈は私の後ろに隠れた。今は友好的だけど、柑奈にとっては突然襲ってきた怖い男の一人だ。この反応も仕方ないだろう。
「柑奈を怖がらせないで。殺すよ」
「アイドルが殺すとか言っちゃだめだよ?」
「返事は?」
「あっ、はい。すみません」
チャラ男が深々と頭を下げ謝罪する。これで大丈夫?と柑奈に聞くと小さく頷いてくれた。普段は見られない弱った彼女を見て、可愛いと思ってしまった私もかなりやばいのかもしれない。バンっと両頬を叩いてそんな邪な心を打ち消し、チャラ男との話に戻る。
「それで、集中力ってどういうこと?」
「この戦いの中で両者がやってる事に注目するんだ。リーダーは防御と攻撃の繰り返しっていう単純作業なのに対し、エフちゃんは間合いの管理、敵を近づけないための射撃、そして超スピードの攻撃の回避……繊細な行為を臨機応変にやらなきゃダメなんだ。機体性能の差もあるから余計に大変だ。しかも、そこまでやっても全く有効打にはならないんだから精神的にもキツいだろうね」
「だからこのままだといつかあの変態の攻撃が当たるってこと?」
「その通り。集中力と精神力が大事っていうのは君にもよくわかる事でしょ」
確かに、集中力が切れるからライブで何曲も続けて歌うことなんてできないし、コハクちゃんも自信がつく前はあまりいい歌を歌えていなかった。
「エフちゃんが何か手を打たない限り、リーダーが勝つよ」
「だ、大丈夫よ。エフさんのことだから何が作戦があるはず」
「初対面なのによく信頼できるね」
しれっとチャラ男に痛いところを突かれた。よくよく考えたら私たちはエフさんの事を何も知らない。でも、私たちを助けてくれたし、前の二戦で強いことは分かってる。彼女が何を考えているかはよく分からないけど、信じるしかないのだ。
戦いは激しく見えるけど状況は変わらない。この膠着状態を破ったのは、意外にもリーダー男の方だった。
「隙ありだぜ」
エフさんが同じように攻撃を避けてから引き撃ちに移ろうとした瞬間、撃たれているのにも関わらず、その一言と共に男はスラスターを起動して無理矢理距離を詰めたのだ。
サムライオーガにそれなりの傷はついたが、突然のことにエフさんは反応が遅れ、大太刀によってノーマンの胸部に巨大な切り傷がつけられた。さらに続けざまの二撃目で右肩部装甲を切り取った。エフさんは何とか再び距離をとったが、ノーマンからはビリビリと電気が漏れ、ダメージの深刻さを伝えていた。
「くっ……」
「おっ、やっと余裕の無い声が聞けたな。降参するか?」
「まだ……まだやれる!」
この決闘の中で初めて見せたエフさんの焦り。私の直感がこれはまずいと告げていた。奇しくも、それは正解だった。
エフさんは銃を構え直して撃ったが、足が止まってしまっていた。リーダー男はそれを見逃さず、再びスラスターで距離を詰めて切り掛かり、左腕を銃と一緒に切り落とした。
「あっ……」
エフさんの口から漏れた絶望に染まった声。それは彼女が取り返しのつかないミスをしてしまった事を告げていた。
リーダー男の追撃をギリギリで避け、逃げるように全力で後退して大きく距離をとった。機体の損害は激しく、銃と左腕を落とし、彼女の心も折れかけていた。この状況を誰が見ても彼女の負けが決まったと思うだろう。
「所詮はアマチュアだな。一回崩されただけでこのザマだ」
「うっさい!まだ、まだ終わってない!」
「何をそんなに焦っている?ここでお前が負けたところで削除されるのはあのアイドルだろ」
「アンタには関係ない!」
「……お前はもう少しクールで強い奴だと思ってたが、買い被りだったみてぇだな」
トドメを刺そうとサムライオーガが太刀を構えた。ノーマンも斧を構えているけど、完全に余裕を失った彼女では負けてしまうのが目に見えていた。
『フレーッ!フレーッ!負けないぞイェイ!』
私はいつの間にか歌い始めていた。考えるより先に出てきたこの歌は、私が作詞した応援ソングだ。作曲家さんに歌詞が直接的すぎるとか言われたけど、これが私の想いだからと歌詞を押し通して完成した曲。そして、コハクちゃんと初めて一緒に歌った曲だ。
何故この曲なのかは分からない。でも、今の私は自分が削除される事なんてどうでもよくなっていた。追い詰められたエフさんの声から感じた深い絶望を晴らしてあげたい。ただそれだけを考えていた。
本当はコハクちゃんとのデュエット曲だから二人分私が歌ってて、マイクが無い中で彼女に声を届けるために無理矢理声を張り上げたから音程が外れてる。ライブでこんな歌を歌ったらブーイングをくらうだろう。でもそんなことはどうでもいい。私の熱を彼女に伝えたかったから。
『どんなに高い壁でも』
次のコハクちゃんのパートを歌おうとした瞬間だった。
『どんなに強い敵でも』
私じゃない声……コハクの声がコックピットから聞こえてきた。そういう事か。私の中で点と点が線になった。だったらやることは一つだ。
『『いっしょなら無敵さ!』』
全力の声が重なる。それと同時に二人のロボがぶつかり合った。男の猛攻を彼女は器用に手斧で受け流し、再び距離をとって仕切り直す。灰緑のロボはボロボロだけど、安心して戦いを見ていられた。
「持ち直したか。だが、そんなボロボロな状態で俺を倒す手立てはあんのか?」
「えぇ、もちろん。だって、いっしょなら無敵なんだから」
「いい答えだ!」
男は楽しげにそう言うと、スラスターを起動して突撃してきた。それに対し、彼女は再び手斧を構えた。そしてサムライオーガが剣を振りかぶった瞬間、手斧を持ったノーマンの腕がロケットエンジンでサムライオーガの首めがけてぶっ飛んでいった。
「ロケットパンチだと!?」
(アサルトライフルを落としたリーダーは無意識のうちに「遠距離攻撃はなくなった」と思い込んでしまった。そもそもロケットパンチなんて代物は、遊びの戦いでしか使わないネタカスタム!完全に思考の虚を突いた!)
予想外の反撃に反応できず、サムライオーガの首は宙を舞い、大太刀は明後日の方向に振り下ろされた。
「勝った!」
「まだだ!」
ぬか喜びをした私を何やら興奮したチャラ男が抑えた。どうやらこの熱い戦いに彼も火がついてしまったようだ。
「胸部の中枢システムが無事なら動ける!」
彼の言う通りサムライオーガはまだ動いており、ロケットパンチを腕に嵌め込むノーマンに再び剣を向けた。しかし、その動きはどこかぎこちなかった。
「あれって……」
「そう!頭部は操作補助システムとメインカメラ機能をつかさどる!頭部を失ったリーダーは今、狭い視界で全ての動きをマニュアルで制御しているんだ!」
「それであんな動きなんだ」
すっかり解説役が板についたチャラ男は、目をキラキラと輝かせながらロボの戦いの行く末を見守っていた。戦況が一気に変わったり、私が急に歌いだしたり、チャラ男があんなんになったりで混乱していた柑奈も、食い入るように決闘を見守っていた。ここにいる者全員が察知していた。次の一撃で全てが決まると。
「こんなに追い詰められたのは久しぶりだ。やるじゃねぇか」
「そっちこそ。補助機能無しで操作できる人なんて初めて見たよ」
二人がお互いをリスペクトするような言葉を掛け合うと、しばらく沈黙が流れた。そして、沈黙を一陣の風が破った。
『うおおおおおお!!』
二人の雄叫びが交差し、両機が走り出した。もはや二人にできることは全力で武器を振るうことのみ。読み合いの末にたどり着いたこの正面衝突を制したのは……
「私の……いや、私たちの勝ちよ」
ほんの僅かの差で、ノーマンの手斧が先にサムライオーガの胸部を破壊した。
『Winner エフ!』
サムライオーガが派手に爆発すると同時に電子音声が彼女の勝利を告げた。
○○○○
ちょこっと裏設定
瑠々とコハクのオリジナル曲は現在三つ。
3話で歌っていた「Jewelry Love」
今回歌っている「Cheer up Happiness!」
未登場の「Blue Orange」
作詞作曲は基本プロに依頼しているが、たまに作詞を瑠々が担当することがある。
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