第5話 悪人でも悲しい過去の一つくらいあるもんです

 電子の粒がリゾート地のバスケコートから、見渡す限り広がる広い平原に姿を変えた。強い風に揺れる草木、自由に走り回る動物達、さっきの人がいない不気味なリゾート地とは違い、かなり作り込んでいるようだ。


「アンタほどの実力者なら、今から何をするかわかってるよな」

「えぇ、もちろん」


 決闘する二人は分かっているみたいだけど、正直私は一切見当がついていなかった。まぁ決闘なんて初めて見るし当たり前なんだけど。この広い平原でやることと言えば、ハンティングだろうか。どちらが多く動物を狩れるかみたいな。それとも野生動物の(バーチャルだけど)スナップ写真を撮るっていうのも……いや、あの粗暴そうな男でそれはないか。そんな感じでいろいろ予想してから、答えは何だろうかと二人の話に耳を傾けた。


「俺らがやるのは、ロボットバトルだ」

「やっぱりね」

「そうはならんでしょ!」


 あんまりにトンチキな答えに思わずツッコミを入れてしまった。そして何故か二人とも首を傾げて私を見ている。え、これって私がおかしいの?


「いやだって、他にもあるでしょ?ハンティングとかさ。なんでそれしか選択肢が無いみたいに言うのかなーって」

「うんまぁ確かにそれもあるかもな……でもロボバトルの方が面白いだろ?」

「いや面白いって何よ!私の命運がかかってるんですけど!」


 私の叫びを聞いてリーダー男は「あー」と何かに納得したように声を漏らすと、なんでもない世間話をするようにこういった。


「だってよ、別に俺個人はお前を恨んでるわけじゃねぇし。せっかく決闘条約なんて面白いもんがあんだから、それに乗っかって楽しまなきゃ損だろ?」

「はー?うちの柑奈をあんなに怖がらせといて楽しもうとか考えてんの!バッカじゃないの!」

「そういやお前、そいつとめちゃくちゃ恥ずかしいやり取りしてたな。もしかしてお前らってなのか?」

「ま、まだそんなんじゃないし!てか論点すり替えないで!」

「あらまー聞きました奥さん!まだってことはそういう気があるってことですよ?アイドルとしてそれはどーなのかしら!」

「急に近所のおばさんみたいになるな気持ち悪い!もういい!エフさんこんな奴さっさと片付けて!」


 言い合うだけ無駄だと悟った私は早く終わらせようとエフさんの方を向くと、寄ってきたウサギと戯れていた彼女はゆっくりと立ち上がった。


「漫才は終わったの?」

「漫才じゃないです。それより早く勝負始めてください」

「はいはい」


 エフさんとリーダー男が向き合い、男が勝負の内容を話し始めた。


「ルールは簡単。相手のロボを戦闘不能にした方の勝ち。ただし使う機体はこっちが指定する」

「相変わらず不平等ね」

「ルールの選択権を放棄したのはお前だろ。この条件で正々堂々の勝負をするチャラ男が異常なんだよ」

「えへへ……」

「褒めてねーよ」


 当然のように私にいるチャラ男が照れると、リーダー男が鋭いツッコミをした。ていうか、こいつ普通にチャラ男呼ばわりされてるんだ。


「そして、これが俺たちが使う機体だ」


 男がそう言って指を鳴らすと、広大な草原の真ん中に二機の巨大な人型ロボットが出現した。片方はトサカの付いた一つ目の頭に釣鐘型のボディ、そこから短い足が伸びて、部位によって濃淡はあるが全身灰緑色にペイントされたいかにも量産型ですと言わんばかりの見た目のロボ。


 そしてもう片方は、戦国時代の武士をモチーフにした赤いラインの入った黒い甲冑型の装甲に、ツノの生えた鬼のような顔、腰に大太刀を差している強い拘りが窺えるロボだ。


「察してはいると思うが、シュコー、あの緑が、シュコー、お前の機体だ」

「……何そのアバター」


 素人目でも分かる機体の差以上に、私たちの注目はリーダー男の変身した姿に向けられていた。軍人が着るような迷彩柄のズボンに頭には黒いガスマスク、そして極め付けに一糸纏わぬ上半身。どう見ても変態だ。クールだったエフさんがあからさまな嫌悪を向けてツッコミ、私は反射的に柑奈の目を塞いだ。


「え、えっと、どうなってるの?」

「まだダメ。アレは柑奈の教育に悪い」

「ロボットだよ?」

「違うの。問題なのはそっちじゃないの」

「シュコー、相変わらず、シュコー、可愛がってんな」

「黙れ変態!文節ごとにシュコーシュコー言ってんじゃないわよ鬱陶しい!さっさとロボの中入って私たちの視界から消えろ!」

「変態って、シュコー、こっちの方が、シュコー、気分乗るから、シュコー、この格好なんだぜ?」


 変態男は呆れたように(呆れたいのはこっちだよ)両手を上げて首を縦に振り、ロボットの方に歩いって行った。


「三十分やる。カスタマイズは、シュコー、その間に、シュコー、済ませろ」


 変態男はそう吐き捨てて機体に乗り込んだ。私が柑奈の目から手を離すと、明暗の差で目がチカチカするのか柑奈は目を擦った。猫みたいで可愛いと思いつつ、隣のチャラ男に解説を求めた。


「チャラ男、これってどれくらい差があるの?」

「うーん、これはかなり厳しいよ」

「具体的に教えなさい」

「今から説明するよ。せっかちさんだなぁ」


 チャラ男はそう言いつつ空中に電子パネルを出現させ、そこにデータを映し出した。


「まずエフちゃんが使う機体だけど……こりゃひでぇな。カスタムは今エフちゃんが設定してる奴以外無いし、10年くらい前の旧式機じゃん」

「そんなに……」

「この機体、性能が悪いわけじゃないんだよ?10年前からバージョンアップを繰り返して今でも使われる人気機体なんだから」

「旧式渡されてんじゃ意味ないでしょ」

「まーね。機体の名前はノーマン。これといった特徴は無いけど、誰でも安定して使えるオールラウンダータイプ。剣でも銃でも何でも持たせられるし、大体のカスタムに対応してて汎用性の高い。この機体が人気たる所以だね」


 チャラ男の説明を聞いてから改めてノーマンを見ると、どこか愛嬌がある見た目に見えてきた。汎用性の高さ故の量産型である事を隠そうともしない無骨な見た目。ロボットアニメとかはあんまり見ないけど、そういう量産型ロボに惹かれる男の子の気持ちが少しわかった気がした。


「んで、リーダーの機体だけど、これはリーダーが自分で設計して作ったんだ」

「へぇ、あの見た目でプログラミングできるんだ」

「俺も最初聞いたときはビックリしたよ。機体の名前はサムライオーガ。特徴は……お楽しみかな」

「教えなさいよ」

「やだよ、リーダーに怒られる。まぁ具体的なことは言えないけど、この機体はリーダーが使いやすいように設計してるし、最新技術を幾つも採用してるんだ。要するに、リーダーが一番強く戦える機体……って事くらいは教えられるかな」


 少し忘れかけてたけどこいつも敵だったと思い出す。でもこの態度を見る限り勝とうが負けようが気にしないのだろうけど。


「それでリーダー自身の技術もトップレベルなんだよね」

「え、あの見た目で?」

「君、リーダーの見た目貶しすぎでしょ。まぁそれは一旦置いといて……実はリーダーは元プロなんだよね」

「はぁ!?元プロがなんでこんな事やってんのよ」


 衝撃の経歴を聞かされ驚愕のあまり叫んでしまった。私はよく知らないけど、ロボットバトルといえば第二の世界セカンドワールドの中でもその派手さから人気の高いゲーム競技だ。トッププロはカリスマとして若者人気が高く、テレビに出ることも珍しくない。その世界の人間が何故こんな裏稼業じみた事をやっているのだろうか。


「あー……逆なんだよね。プロになる前からこの仕事やってんの」

「えっ、プロになりたいのに?」

「プロになりたいからこそだ。プロになるためには操作技術はもちろん、プロと同じ土俵で戦うための機体が必要なんだ。リーダーはその為に金が必要になってこの仕事を始めたんだ」

「でも、今はプロじゃないってことは……」

「あぁ、この仕事をやってた事がバレてプロから追放された。ひどいよね、プロになるためにはこの仕事をやるしかなかったのに、いざプロになったらこの仕事のせいで辞めさせられるなんて」


 それを語るチャラ男の表情は、さっきまでのおちゃらけていたのが嘘のように、憂いを帯びたものになっていた。でも、それは少しおかしい気がした。


「じゃあなんで人から夢を奪えるのよ」

「どういうこと」

「だって、夢を奪われる苦しみはあいつはわかってるんでしょ?なのにその苦しみを他人に与えるなんておかしいよ」


 私の指摘を受けたチャラ男は、少しハッとしたような顔をしてから苦笑し、目を閉じて頭を掻いた。


「鋭いねぇ。流石は人に夢を与えるアイドル様だ」

「何もったいぶってんのよ」

「あぁごめん。まぁ君の言ってることは正しいと思うよ。でも、人は理屈だけで動くわけじゃない。自分のやってることがおかしいと分かっていても止まれない事だってあるんだ」


 あまり話が掴めない。私の顔を見てそれを察知したのか、やれやれと首を振ってさらにこう付け加えた。


「要するに、ヤケになってるんだよ。裏稼業をやっていたという事実は分かっても、証拠がないせいで逮捕も起訴もされてない。罪人として裁かれることもなく、大会への出場権も失い、ただプロレベルの技術だけを持て余したリーダーは、この決闘という裏の世界で戦い続けてるんだ」

「……人に歴史ありってことね」

「同情した?」

「しないわよ。過去に何があろうと、人の夢を奪っていい理由にはならないわ」

「手厳しいねぇ、清廉潔白な若者は」


 確かに過去はかわいそうだし、仕方ない部分もあると思う。でも、ファンのみんなに熱を……夢を与えるアイドルとして、夢を奪うあの男を許すわけにはいかなかった。


 そんな会話をしているうちに三十分経ったようで、エフさんが機体にに乗り込んで二機の人型ロボが向かい合う。やはりというか、地上から巨大ロボが向き合うのを見ると迫力がすごい。ガシンガンシという機械音、ガチャリガチャリと擦れ合う金属音、目の前でロボが動いているという景色が、バーチャルによってリアリティのある幻として生み出されていた。


『スリー、ツー、ワン……バトルスタート!』


 草原に響き渡る機械音声が開始を告げると共に両機が動き出した。


○○○○


ちょこっと裏設定


柊柑奈について


瑠々とコハクがライブの時に使うアバターのデザインや瑠々の体調管理を行っている。将来は瑠々のサポートをすると心に決めており、日々そのための勉強をしている。ちなみにこのことは本人にはまだ伝えていない。

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