第4話 スポーツやっててもスポーツマンシップがあるとは限らない
チャラ男をパズルで圧倒したFと名乗る少女。彼女は操作盤から手を離し、片付けが終わった後のように手を叩いて払った。一方、大差で負けたチャラ男は何故か晴れやかな表情をしていた。
「いやぁ……マジで負けた」
「その割には嬉しそうじゃない」
「なんつーか、清々しいんだ。負けたはずなのにお前のプレイを見てワクワクしたんだ。昔の本気でやってた頃みたいにさ」
「悪党の分際で何言ってんよ」
「ハッハッハ!痛いとこ突くなぁ。でも、礼くらい言わせてくれ。ありがとう。いい試合だった」
チャラ男が最初の頃からは想像ができないくらい爽やかな笑顔で手を差し出した。心なしか少女も柔らかい表情をしてその手を取ろうとした瞬間だった。
「邪魔だ」
後ろから歩いてきた男がチャラ男を殴り飛ばした。チャラ男は宙を舞い、私たちのいる客席まで飛んできた。少女はクールな表情こそ崩していなかったが、鋭い殺気のような感情をチャラ男を殴り飛ばした男に向けていた。
「仲間じゃないの」
「ただの同業者だよ」
明らかに不快そうな表情をしている男は、客席で気絶しているチャラ男を一瞥すると舌打ちをした。
「前から気に食わなかったんだよ。同じ悪人の癖にヘラヘラ笑って、まるで自分は俺らとは違って完全に悪人じゃありませんってアピールしてるみてぇで。なにがいい試合だ。これは悪人の俺らとヒーロー気取りのテメェとの決闘だろうが」
「確かにあいつが悪人だった事に変わりはないわ」
少女は客席に飛び降り、チャラ男を助け起こした。
「でも、根っこまで下衆に染まってるあんたよりはマシよ」
「……言うじゃねぇか小娘」
男は眉間のシワが深くなり、ドスの効いた声で少女を威圧した。その声を合図にステージが緑色の電子に分解されていき、新しいフィールドを構築した。
屋内から屋外へ。太陽が照らすフェンスに囲まれたバスケのコートで、赤いユニフォームを着たアバターに変身した男と少女は睨み合っていた。外のモデルはどこかのリゾート地みたいだけど、私たち以外に人が居ないので不気味だ。そのくせカモメは元気に鳴いている。
「見ての通り、俺とバスケで決闘してもらう。ルールは単純。試合で先にゴールを決めた方が勝ちだ」
少女がルールの説明を受けている中、私たちはフェンスの外でそれをじっと見守っていた。ただ、近くでフェンスに寄りかかって気絶しているチャラ男が気になる。なんかいい奴だったらしいけど、さっきまで柑奈を拘束していた奴なので近くにいると不安だ。あと、こんなチャラ男が柑奈に触れていたという事実が個人的に嫌だった。
「気絶してるからそんなに気にしなくていいんじゃない?」
「そうかなぁ」
「今はエフさんを見守ろう」
柑奈に言われて少女の方に向き直る。説明を終えた二人はセンターサークルのラインの上に立っていた。ボールは少女の手に握られており、もうすぐ試合開始のようだ。
「ボールはくれるんだ」
「ハンデだよ。俺は昔バスケ部の部長やってたんだ」
「へぇ、その代の子達は不運ね。アンタみたいなのがリーダーだなんて」
少女の煽りに男は目に見えて苛立ってる。現実世界だったら青筋が浮き出ていただろう。その怒りを発散するかのような、力強くコートを踏みつけた。グラリとその振動がこっちまで響いてきて、男の怪力の凄まじさを物語っている。
「テメェ、そんな口きいていいと思ってんのか」
「アンタは悪人なんでしょ?」
「……そうだな。だったらこんな事される覚悟があるんだよなぁヒーロー様よぉ!」
男が声をあげると共に試合開始を告げるブザーが鳴り響き、突如男の背後に四人のCPUが現れた。どれも外国人選手のように馬鹿でかい。
「嘘!5対1!?」
「卑怯よ!」
「こいつが言ったんだぜ?俺たちがルールを自由に設定していいってな!だから俺が圧倒的に有利なルールを作ろうが構わねぇんだよ!」
ギャハハと品の無い高笑いをする男。そもそも体格で圧倒的に不利なのに、あんなのエフさんがプロだとしても勝てるわけが無い。
「やべぇな。完全にキマっちゃってるよ」
「うわっ!?いきなり何よ!」
いつの間にか意識を取り戻していたチャラ男が、隣でフェンスを握りしめて試合を観戦していた。私が柑奈を庇うように前に出てチャラ男を睨みつけると、彼は焦って弁明した。
「あ、驚かせてごめんね。今君たちをどうこうしようって気はないから安心して」
「信用できるわけないでしょ」
「そうだよねぇ……でも一旦聞いてほしい。アイツは高潔そうな精神を持ってる奴を見ると心をへし折ろうとするんだ。俺が言うのもなんだが歪んでるよ。ああなっちまったら相手を叩きのめすまでもう止まらない」
「ってことは、アイツの狙いは……」
「決闘中はログアウトできないし、お互いの了解がない限り決闘は終わらない。アイツはエフちゃんの心を折るまで痛めつけるつもりだ」
彼の説明を聞いて血の気が引いていく。感情のままに彼の胸ぐらを掴んで問い詰めた。
「どうにかなんないの!」
「いや、決闘に外部の人間が介入する方法はない。俺らができるのはエフちゃんの勝利を信じることだけなんだよねぇ……」
「オイオイオイオイオイ!何しれっと
私の問いかけに怯んでいるチャラ男に、フェンス越しに下衆男が怒鳴った。その瞳は完全に狂気に染まっており、私たちは戦慄した。
ダン!
闇を断ち切るがごとくコート中に響き渡ったバウンド音。少女は余裕のある表情を一切崩さず、目の前にいる悪人を見据えていた。
「気は済んだかしら。三下ヴィランさん」
冷たく言い放たれたその言葉に、下衆男はその狂気を内に引っ込めて、代わりに鋭い殺気を少女に突き刺す。下衆な笑い声をあげていた外道は、冷徹な殺人マシンと化したのだ。
「嬲られる覚悟をしな、ヒーロー気取り!」
下衆男の巨体が小柄な少女に襲いかかる。もうダメだと思った次の瞬間、少女は華麗な動きで巨体をひらりと避けた。
「避けれた!」
「バスケまで上手いのかエフちゃん」
私たちが興奮しているうちに、少女は低い姿勢を取りゴールは一直線にドリブルしていく。しかし、それを四体のCPUが邪魔をする。あの下衆男のことだ、CPUのレベルは最大まで上げているはずだ。となればあの四体全てがプロレベル。あの下衆男なんかよりこっちの方が脅威だろう。それを証明するように、下衆男は抜かれたのにも関わらず少女を見たまま立ち止まっていた。
「ハッ!俺を抜いたくらいでいい気になるなよ!そいつらに押し潰されて死ねや!」
下衆男の三下悪役台詞には一切耳を貸さず、少女は鋭く切り込んでいく。
一人目が少女のボールを奪おうとするのをファイトで避ける。しかし相手もそれについていく。圧倒的な体格差が簡単に抜くことを許してくれない。
そう思っていた。いつの間にか少女は一人目の選手を抜き去っていた。勢いそのまま二人、三人と抜いてゆき、最後の一人を抜き去った。その姿はまるで蝶のように華麗で、さっきまでの緊張を忘れて目を奪われた。
「なんだと!」
下衆男は完全に予想外だったようで、急いでゴールまで戻ろうとした。しかし時すでに遅し。既にゴールに放たれたボールは完全にゴールリングの中に入り、ネットを揺らしていた。
「クソが!」
少女の得点により試合終了のブザーが鳴り響く。下衆男は膝から崩れ落ち、悔しそうに地面を殴って叫んだ。卑怯な手を使い、勝利を確信していた男は予想すらしなかった敗北に打ちのめされた。
「……でもなんで勝てたんだろ」
確かにエフさんは上手かった。私が目を奪われるほどに。だからといってプロレベルのCPU四体を圧倒できるとは思えない。
「CPU慣れしてんだよ」
「え、どういうこと?」
「CPUがいくら優秀になったとはいえ、所詮はパターンが組まれた偽物に過ぎないし、何より個体差がないんだ。つまり、ある一定の行動パターンをミスなく行う……悪く言えば予想外の行動をしない選手を対策すればCPUには勝てる。多分エフちゃんはそれを極めてるんだよ」
チャラ男の解説を聞いて納得した。確かにトップ層の選手でも対策されれば苦戦するし、相性が悪ければ格下にも負けたりする。あの動きも対CPUに特化したものなのだろう。CPU達は完全に虚を突かれたかのように動けていなかった。
「私の中で一番の懸念は行動パターンがわかってないアンタだった。でもアンタは卑怯な手を使い、勝利を確信したせいで油断した。他でもないアンタ自身の薄汚い精神が、この敗北をもたらしたのよ」
下衆男には冷淡に言い放たれた言葉に言い返す気力すら残っていなかった。彼女は圧倒的な実力で、下衆に染まった精神をへし折ったのだ。
「全く、情けねぇなテメェら」
決闘が終わったからか、いつの間にか鍵が開いていた扉からリーダー格の男がコートに入って来た。そいつは項垂れていた下衆男をつまみあげ、フェンスの外へ投げ捨てた。
「ゴミはゴミ箱へ……これでいいか?」
「私は不愉快だったから別にいいけど、アンタもそういう手合いなの」
「んなわけねぇだろ。あんな悪役に酔ってるだけの雑魚と一緒にすんな。俺は
「へぇ……これは骨が折れそうね」
二人の目が合うと同時にコートは緑色の電子に分解され始める。私のアイドルとしての命運を賭けた決闘の大将戦が始まろうとしていた。
○○○○
ちょこっと裏設定
南瑠々は少し前まで様々な部活の助っ人として駆り出されていたが、今はアイドルに集中するため全て断っている。しかしアイドルの事を知らない生徒たちからは、本人の預かり知らぬところで、男ができたとかようやく柑奈とくっついたとか噂されている。
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