謀反

竜花

謀反

 断頭台に、兵士に連れられた魔法使いが登る。魔力を奪われた彼には、どうすることもできない。

 私はそれを、二番目に見晴らしのいいところで眺めている。一番はもちろんお父様だ。私はその斜め後ろ、視界にお父様も断頭台も映る位置にいる。


 魔法使いは、首切り役人に髪を掴まれ引っ張られ、頭を固定された。痛いだろうに。そこにはなんの表情もない。むしろ微笑んでいるようにさえ見える。

 もう一人の役人が、間延びした声で罪状を読み上げる。「謀反」。要約すればそれだけのことなのに、まどろっこしく、長々と。

 いつもなら欠伸を噛み殺すところだが、今日は眠たくならなかった。

 代わりに、お父様が喉を太くして手で口元を隠すのが見えた。


 ここで仮に、魔法使いが無実を叫び命乞いをし、首切り役人の手を煩わせようものなら、しがない優越感に浸りながらその滑稽さを嗤っていたかもしれない。

 しかし現実にはそんなことは起こらない。魔法使いは穏やかな表情のまま、眠気はお父様をいざないながら、首切り役人は予定通りに事を進める。


 無駄に長い子守唄が途切れ、役人が台に登った。

 ――時間だ。

 立てかけられていた斧が、陽の光に反射して眩しく光る。あれなら、苦しむことなく一刀両断に落としてくれるだろう。


 斧が振り上がる。

 私は拳をつくる。

 目は逸らさない。




 ――ドスッと鈍い音がして、斧は地面に突き刺さった。役人は違和感を感じながらも、髪の毛を掴んだまま切り離された首を掲げ持つ。

 直後、違和感の正体に気付いた彼の脊髄が声帯を震わせた。


 彼が掲げたのは、お父様――我が国の皇帝の首だった。


 会場がざわめき立つ。多くの観客が見守る前で、いつの間にやら魔法使いと帝が入れ替わり、結果この国の主君が首を落とした。


 私の斜め前…陛下が座っていた位置に、ボサボサの後ろ髪が見える。

 彼こそが魔法使いだ。処刑されるはずだった、今は魔力を失っている、帝の側近だった者だ。


 彼は周りを見渡して、一通りの権力者達がいるのを認めると、「ハロー」と手を振った。それを見て彼らは表情筋を硬くする。


 当然信じられないだろう。だって、この国は魔術師を認めない。唯一帝の側近として認められていた魔法使いも、裏切りの罪を着せられ魔力を奪われている。

 ここに魔法を使える者はお呼ばれではない。

 なのに、魔術を使わないと起こり得ないことが起こった。


「どうして、生きている?」

「愛したもの勝ちだってことですよ」


 近衛の兵士達が魔法使いに躍りかかる。でも帝の玉座にはもう彼はいない。二列後ろ、私の背後を庇うように立っている。

 見なくてもわかる、きっと彼は笑っているだろう。彼は、こういう悪戯が好きだった。


 誰かが「殿下、お逃げください」と慌てたように言う。

 言われなくても。

 私はゆっくりと立ち上がって、間抜けな顔をした年寄り達を見下ろした。


 そして、笑って見せた。

 笑わずにはいられなかった。もう十年以上、彼らに見せていなかった心からの笑みが零れ落ちた。

 なんて愉快なんだろう。私を嘲笑い罵り、決して消すことの出来ない傷痕を残した彼らは、不細工だ出来損ないだと見下していた姫に騙されて、今どんなお気持ちなのでしょうか。


 やがて、全てを理解した老耄おいぼれが、怒りで戦慄わななく。


「姫!なんて非情な娘だ!」


 心外だ。これでも苦しまずに逝かせてあげたというのに。


「どこが非情だというのです?」

「実の親だというのに…」

「なら実の娘にお父上は愛を与えたことがあったかしら?」


 答えは否、だ。

 現皇后との間に生まれた妹君ばかり愛して、政略結婚で生まれた私には見向きもしなかった。


「さようなら。もう顔を見ることはないから、安心して頂戴」


 魔力を譲渡する。平凡な人間には感知することも出来ない、奇跡のような力の源を。

 本領を取り戻した魔法使いは不敵に笑って、パチンと軽快に指を鳴らした。


 鼓膜を打ち破る爆発音。周囲を焼き尽くす真っ赤な炎。肌が溶けるほどの熱が押し寄せる。

 しかし私がそれを感知するよりも先に、彼が私を連れ去る。瞬きをした次の瞬間にはもう処刑場から遠く離れた国の郊外まで来ていた。瞬間移動。魔力を手にした彼を捕らえられる者など、この国のどこにいるものか。


 あの炎の中じゃ老官たちは生き延びられまい。結末がこの目で見られないのは残念だけど、復讐は果たした。全く清々する。


「――思い残したことは?」

「強いて言うなら、貴方が虐げられている姿が記憶に残ってしまったことくらいかしら」

「消してあげよっか?」

「遠慮しておくわ。これから幸せな記憶を増やせばいずれ忘れられるから」


 そう。幸せになるのだ。

 皇族の姫として孤高な生活を送るよりもずっと、ささやかで温かくて価値のある生活が待っている。


 魔法使いは私の手を引く。私は笑ってその手を取って、王なき国の外――ありのまま生きていられる世界へと駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

謀反 竜花 @Root_nnla

現在ギフトを贈ることはできません

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画