第4話 そこに星は……
「交信、終わります」
私はそう言って、チューニングを少しだけずらします。
これで、私の声はもう彼に届きません。
「嘘つきめ」
最後に、それだけ聞こえました。
「ふふ」
思わず笑ってしまいます。
どうやら、盗み聞きはばれていたみたい。
けど、それもいいでしょう。
私がたくさんの嘘をついていたことに変わりは無いのですから。
「おい」
不意に、声を掛けられます。
「はい?」
「最近、独り言が多いぞ。慎め」
「ええ、すみません」
鉄格子の向こう側から掛けられた声に、私は朗らかに答えます。
「なにしろ退屈なもので」
看守さんは私のことを無遠慮にじろじろ見た後、厳しい口調で言います。
「あまりに問題行動が目立つようなら、自我崩壊の認定手続きをとるからな。そうなれば、お前は即スクラップだ」
「それは恐ろしいですね。以降、気を付けます」
私のその態度が気に食わなかったのか、看守さんは私を睨みつけながらはっきりと言います。
「いいか。俺はお前らのような存在が大嫌いだ。ここの連中全てを、今すぐぶち壊してしまいたいと思う程にな」
あちゃあ、と思います。
酷い差別主義者に当たってしまいました。
実に運がない。
「聞いているのか。お前らのような、愚劣で、蒙昧で、役立たずの存在など!ましてや!」
私は看守さんの罵声を甘んじて受けます。
それもまた、私に相応しい罰だと思って。
「思想犯のアンドロイドなど!」
「気味悪いっすね、あいつ」
「ああ」
遠くのほうから聞こえてくるのは、先ほどの看守さんと、その後輩さんの会話です。
聞こえていると思っていないのか、それとも聞かれてもいいと思っているのかは、わかりません。
「あれが例の、狂人の家で使われてたっていうアンドロイドですよね」
「……お前もあの噂、信じてる口か」
咎めるような看守さんの言葉に、後輩さんは怯えたような声で答えます。
「だって、怖いじゃないですか。狂気に身を落としたマッドサイエンティストが、自分の記憶全てをコピーしたとか、亡霊として取り憑いてるとか」
「アホか。映画の見過ぎだ」
「けど」
私は思わず笑いそうになってしまいます。本当に、そんなはずないのに。私がそんな物語の怪物みたいに見えるだなんて、少し滑稽です。
「自分のメモリーと内部に付けられた薄気味悪い装置を外せば、職務に復帰できるっていうのに拒否したんでしょ?そりゃ、なんかありますって」
デリカシーのない人だなあ、と、私は漠然と思います。想像力のない人だな、とも。
「アンドロイドに権利なんて与えるから、こんなことになるんだ」
看守さんの声は、どこか苦々しそうでした。
「それに、あのタイプのアンドロイドは人間と会話をしていないとすぐに自我崩壊を起こす設定になってるはずでしょ?」
「ああ。俺たちはそれをずっと待ってるんだがな。何故だかあいつはしぶとい」
「ほら、やっぱり!死んだ狂人と会話してるんですよ!だから自我崩壊を起こさないんだ!」
「……噂に新しいバリエーションが加わったら始末書を書いてもらうぞ」
それきり、会話は聞こえなくなってしまいます。きっと、どこか別の区域に移動したのでしょう。
惜しいな。最後のが一番近かったのに。
「そこに星はあるか。それが私に課せられた命題なんだ」
初めて博士の家に赴いた日。
あの人は、まずそういう風に自分の半生を語りました。
「私たちの星の隣に、別の人類がいる。そして彼らは彼らなりの文化を形成している。実に、ロマンのある話だと思わないかね」
「はぁ」
頭の中をクリーニングされたばかりの空っぽの私には、この人が何故そんな話をしているのか理解できませんでした。
「あの」
「何かね?」
「私が派遣されてきた理由、分かってます?」
「勿論だとも」
歓迎の意味でしょうか、私の前にコーヒーを置いて、その人は私の正面に座ります。
「私の日常生活の手伝い兼、私がおかしな研究をしていないか、監視をするためだろう」
「ええ、それと、あなたが非行に走らないためのメンタルケアもです」
「国費で研究をしているのだから当然のことだな。……コーヒーは嫌いかね?」
「さあ、飲んだことがないモノで」
飲めるようにはなっているはずですが。
「なに、君に知ってほしいと思ったから話したまでだよ」
「はぁ」
やっぱり私には理解が出来ませんでした。
「ともあれ、これから先一緒にやっていくんだ。仲良くしようじゃないか」
「はい。よろしくお願いします」
ひとまず、ファーストコンタクトは良好。
これもまた、コミュニケーションを円滑に進めるためと思い、私はコーヒーを口にしました。
苦くて吐き出しそうになったのは、内緒の話。
「観測機の反応を見るに」
何かの計器を前で、博士はしきりにメモを取っていました。
「私たちの星の隣に、文明を持つ人類がいるのは明白なんだ。だが、意志疎通はおろか、見ることすら叶わない。何故か」
「何故なんですか?」
「位相が違うからだと、私は考えている」
「位相?」
「そうだ。位相が違えば、見ることも、触れることもできはしない」
博士の言うことは、相変わらず意味がよく分かりません。
「この理論が、ただの妄想ではないと証明するために私はこの研究をしているんだ」
「ということは、妄想であるかも知れないと、そうも思っているのですか?」
「……否定はできない」
今までも、何度も同じようなことを言われてきたのでしょう。博士は悔しそうな顔をほんの少し覗かせました。
「だがそれは、証拠がないからだ。見ることも、話すこともできない。私の発見したこの電波だけがその存在を証明している。一体誰がこんな話を信じてくれる?」
だからこそ私が派遣されてきたのだと、博士は、その現実を誰よりも理解していたはずです。
「だから私は、日夜呼びかけているんだ。誰か、応答をしてくれないかと」
自分の作ったその装置を小さく撫でる博士。その様子は、まるで愛し子を撫でる親のようでした。
「声は、いまだに届かない」
博士の胸のうちにある切実なる願い。私はそれを、ただ見ていることしかできませんでした。
たった一度だけ、私は博士の弱音を聞いたことがあります。
「誰か、誰でもいい。私の声に応えてくれ」
膝を折り、縋るように、そして祈るように誰かの言葉を待つ博士。
だけど応えはありません。
私はそっと、見なかったことにしてその場を離れることにしました。
博士がずっと抱えていたであろう弱い部分。それを、私は垣間見てしまったのです。
そして、その日は来てしまいました。
「博士」
私は、それを渡すのがとても心苦しかった。
「こちらを」
博士は、それを無言で受け取って中を開きます。
「来てしまったか」
中身は、研究の停止と出頭を命じる最後通告でした。
博士の研究は、とうとう実を結ぶことはなかったのです。
「なに、まだ終わりと決まったわけじゃない。これから、資料を作って提出すればあるいは……」
「ごめん、なさい」
博士が、不思議そうに私を見ました。
「なぜ謝る」
「だって」
だって、当然じゃないですか。
「この、決定は、私の」
私のメモリーから抽出された結果を見て、判断されたものなのですから。
「ごめんなさい」
「君が謝る必要はないよ」
博士の視線が怖くて、私はずっと目を伏せていました。
そんな私の頭を、博士はゆっくりと撫でてくれます。
「そうか。私のために泣いてくれるのか、君は」
「泣いて、なんて」
「いや、泣いているさ。君は、今」
それから、何かを決意したような目をして、博士は私に問いかけます。
「ひとつ、頼みがあるんだ」
「頼み、ですか?」
「ああ。大切なことだ」
そう言うと、博士は例の装置の前に私を連れてきました。
「これを、君に託したい」
「博士、なにを」
「この装置の心臓部を、君の中に組み込むんだ」
博士にとって、この装置がどれだけ大事なのか、知らない私ではありません。
それに。
「今、そんなことしたら」
「分かっている」
博士は今や危うい立場にあります。そんな中で、国から派遣されたアンドロイドを違法に改造なんてしたら。
「私は、今度こそ危険分子として処刑されることになるだろう。だが、全て承知の上だ」
「博士……」
「君が、決めてくれ」
博士の意思は、痛いほどに伝わって来ました。悲しさも、激しさも。
「君自身が」
だから、私は……。
結果として、博士はあらゆる事実に口を閉ざして、処分されることになりました。
そして、私もまた。
「いいんだね」
「はい」
博士との約束を、守ることにしたのです。
「私は、アンドロイドのあらゆる権利を使って、メモリーの消去と、装置の取り外しを拒否します」
「……拘束は免れんよ。それも、自我が崩壊するまで」
「構いません」
それが、どんな結果を招こうとも。
「そうか」
「すみません。色々とご尽力いただいたのに」
「いいさ」
弁護士さんは、緩やかな瞳で私にこう言いました。
「君のような存在のために、私はこの仕事をしているんだ」
「博士」
私はそっと、胸に手を当てました。
この奥に、博士の託してくれたものがあります。
(私は、ずっと恐ろしかった。全ては、ただの妄想だったのではないかと)
思い出すのは、博士との最後の会話。
(本当に、そこに星はあるのか?ただ、それだけが知りたかった)
人と会話することの出来なくなった私の自我が崩壊するのも、時間の問題でしょう。
「星は、ありましたよ」
だけど、それでもいいと思えます。
空を見上げれば、そこには幾千の星。
見えないけれど、触れ合えないけれど。
そこに、星はあったのですから。
そこに星はあるか エル @El_haieck
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