第10話 花火と向日葵


「あ、姉の手紙、読んでくれましたか?」


「…はい。………。」


「やっぱり、うちのこと書いてありましたよね。」


「……。」


「私は、うまく姉と関わることができなかったんです。あんな状況下の家で、仲良くするなんて難しくて…。私は、姉に疎まれていても仕方ないな、と思ってますし。」


僕は、手紙を読んですぐに、彼女の妹に電話をした。何か特段話したいことがあるわけではなかった。ただ、僕は彼女の様子に全く気づけなかったことに悔やんでいた。…でも、一つだけ、気になったことはあった。彼女の姉妹仲だ。以前、彼女の妹に会った時も、礼儀正しい子だと感じたし、彼女の手紙にも、妹についてなんて思ってるかなんて、書いてなかったからだ。


「彼女は、君のことについて、ほとんど触れてなかった。とにかくご両親に失望しているようで、君を恨んだり、してないんじゃないかな。」


「どうでしょう。私は貴方よりも姉と関わる機会が少なかったかもしれないので、実際なんて思ってたのか、そもそもどんな人なのか、貴方よりも知らないと思います。」


…いや、僕だって、彼女がどんな人なのか、掴みそこねているのかもしれない。彼女の楽しんでいる様子も、彼女の家での様子も、どちらが本当の彼女なのかなんて、想像もつかない。


「…でも、君は、彼女のことをどう思っていたの?」


実は、この質問が1番したかったのかもしれない。


「私、ですか…?…そうですね、少し、羨ましいな、とは思いました。」


「羨ましい?」


「姉が受験で落ちた代わりに、私に、両親の期待がのし掛かったんです。それまで均等だった天秤の、いきなり片方の重りをごっそりとられちゃったんです。私は姉の代わりに勉強に縛られるようになりました。……それで、勉強から解放された姉は、少し羨ましいな、と思って。」


彼女の妹は、彼女の分の期待ものせられているのか。妹だったら、彼女も少しは頼れたのかもしれないとは思ったが、それ以上の負担はさせられない、ってことか。でも一つ、彼女の話を読んだ時から気がかりなことがある。


「それって、虐待、だよね?」


誰が見ても聞いても、必ずそう思うだろう。だが。


「…え?違いますよ、両親は、本当に私たちのことを考えてくれてるんです。虐待なんて粗暴なものじゃないです。これは、私たちが社会に出た時のために必要だって、思ってくれているだけなんです。」


電話から聞こえてきた声は、それが当たり前であるかのように話した。それはおそらく、親を心の底から信頼している様子だった。


「え……あ、うん、…そう、だね。……ごめんね、時間取らせちゃって。」


「はい、すみません、本当に。ありがとうございました。」


少しの困惑を隠しつつ、電話を切って考える。


虐待をされている子供本人は、それが本当に親の愛であると信じて疑わない。彼女は、それで裏切られたと感じたし、おそらくそれが虐待であったと気づいていただろう。…それなら、妹があの様子なら…。負担をかけさせるとかいう前に、信頼するなんてできない、か。


僕には、あのいじめが起きたあと、友達や先生には頼れなかったが、かろうじて家族に頼ることができた。あの頃から、家族は心強い味方だ。だから、僕は今立ち直れているのかもしれない。


…でも彼女は違った。親から被害を受けている。妹でさえ信頼できない。安易に頼れるような友達もいない。引き取ってくれた叔母夫婦でさえ、彼女の恐怖対象だ。頼れる味方がいなければ、信頼できる仲間がいなければ、人は生きていけない。そう教えてくれたのは彼女だ。だが彼女こそが、その仲間を欲していたのだ。


「…それが、僕だったって、いうのか。」


今更気づいたってもう遅い。彼女はこの世にいないのだから。


目の前で、大輪の向日葵が揺れている。空を見上げれば、まだ明るいのにも関わらず、くっきりと、二つの大きな花火が重なって見えた気がした。


僕の頬に一筋の涙が流れる。


本当に、彼女にとって、信じることは、僕という存在は、大きなものだったんだ。




『P.S. 私が君に話したように、この世の中は、確実に信じられるものなんてない。ましてや、情報の需要も供給も多い今の時代は、どこに嘘が紛れてるかなんて見分けがつかない。自分1人を信じて生きればいいのなら、気は楽なんだけど、どうしても人は1人じゃ生きていけない。他の人の考えなんて読めないけど、協力しあわないといけない。ほんとに、難しい世界だよね。でも、きっと、あるはずなんだよ。心の底から信頼できる、もの、言葉、人…。きっと、身近にあるって、私は信じたい。ただ、私にはできそうにないや。だから、君が絶対見つけてね。見つけて、それで、君は、幸せになってね。』

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僕と彼女、花火と向日葵 天海湊斗 @azarashi_y

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